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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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第26話 帰る合図を見せつけて

 二曲目の後、伯父様の挨拶が始まった。

 私は椅子へ戻り、静かに座った。

 周囲の人も、話をやめて前を向いた。大広間の端に作られた壇の上で、伯父様は胸を張った。


「本日は、冬の灯祭に際し」


 そこまでは、例年どおりだった。

 その後も、例年どおりだった。

 伝統。

 慈愛。

 若い世代への期待。

 私は杯を置いた。

 期待される若い世代の何人かが、料理の方を見ている。

 ロラン様が私へ少し顔を近づけた。


「壺は、いくつ要るでしょう」


 私は咳払いをした。


「おやめください」

「失礼」


 彼は前を向いた。

 口元だけが笑っている。


 伯父様は、自分が若者を育ててきた話を始めた。

 そこに、私たちの名前が出た。


「ヴェルヌ侯爵夫妻も、最近は小さな催しを開くまでになった。私どもも、陰ながら助言してきた甲斐がある」


 周りの目が、私たちへ来た。

 私はロラン様を見た。

 彼は伯父様を見ていた。

 否定するなら、今だった。

 けれど彼は、手を叩かなかっただけで、何も言わなかった。

 私も、そうした。

 伯父様は続けた。


「いずれはこのような大きな催しにも、相応の責任を」

「では、来年は譲られるのですか」


 後ろから声がした。

 ドゥーネ夫人だった。

 伯父様が止まった。


「いや、それは、まだ」

「若い方をお育てになったのでしょう? 楽しみですわね」

「経験というものが」

「もちろん、御自身がいつまでお務めになるかも、大切ですものね」


 夫人は柔らかく笑った。

 それ以上、何も言わなかった。

 伯父様の話は少し短くなった。

 私は前を向いたまま、彼女にお礼を言いたくなった。

 たぶん夫人は、私たちのためだけに言ったのではない。

 長かったのだ。


     *


 挨拶が終わった頃には、出る時刻になっていた。

 私はロラン様の袖を二度引いた。

 彼はすぐ頷いた。

 立ち上がると、伯母が近づいてきた。


「どちらへ?」

「次の約束がございますので」

「まだ晩餐も始まっていませんよ」

「御招待には、踊りからとございました。二曲、楽しませていただきました」


 伯母は眉を寄せた。


「皆様がお揃いなのに」


 私は周囲を見た。

 セリーヌ夫人はいない。母親に会うため地方へ戻っている。

 リゼットはいない。弟と劇を見に行く。

 私の皆様は、ここだけにはいなかった。


「お先に失礼いたします」


 伯父様もこちらへ来た。


「何を急ぐ。親族が早く帰っては、見栄えが悪い」

「私たちは、飾りではありませんので」


 ロラン様が答えた。

 伯父様の顔が赤くなった。


「また、そういう言い方を」

「長く失礼するより、今御挨拶をと思いました」


 私は微笑んだ。

 勝ち誇った顔をしないように、ではない。

 次の場所へ行くのが、楽しみだった。


「何の約束なの」


 伯母が尋ねた。


「通りの出し物を見に行きます」

「子供の?」

「ええ」

「こちらを途中で出てまで?」


 私は頷いた。


「楽しみにしていましたので」


 伯母の目が、私のドレスを見た。


「その格好で?」

「外套を着ます」


 ロラン様が少し笑った。

 伯母はその笑いを見て、ようやく私たちを別々にはできないと分かったようだった。

 彼女は声を低くした。


「貴女は、結婚してから本当に」

「幸せになりました」


 私は続けた。

 伯母の言葉を奪ったのは、久しぶりだった。

 でも、これは私の話だった。

 ロラン様の手が、私の手を強く握った。

 私は彼を見た。


「そうでしょう?」

「ええ。私もです」


 彼は答えた。

 そこにいた数人が、そっと目を逸らした。

 見ていられなかったのかもしれない。

 伯母には、少し長く見ていただいた。


     *


 玄関へ向かうと、ジュリエットが追いついてきた。


「私たちも出るわ」


 隣には彼女の夫がいた。背の高い、穏やかな顔の人だった。


「お母様が、席を移ってほしいと言うの。そうすると、この人とずっと離れてしまうから」

「晩餐は?」

「家で。まだ食べるものはあるでしょう」


 彼女の夫が笑った。


「なければ、探しましょう」


 ジュリエットは彼を見た。

 その顔に、私は初めて少し親しみを覚えた。


「よい夜を」

「貴女も」


 私たちは別々の馬車へ向かった。

 誰かの都合で分けられた席から、自分で選んだ隣へ戻っていく。

 その程度のことを、今日は大事にしたかった。


 外套を掛けてもらうと、肩が一気に温まった。

 ロラン様が襟を整えた。


「寒くありません?」

「大丈夫です」

「次は、外ですから」

「貴方も、暖かくなさって」


 私は彼の襟元へ手を伸ばした。

 黒い上着に残った黄色の飾りが、まだ綺麗だった。


「二曲とも、踏みませんでしたね」

「ええ」

「来年は、三曲?」

「四曲でも」


 私は笑った。


「自信がつきました?」

「貴女となら」


 馬車の扉が開いた。

 私は先に乗り、彼の隣を空けた。

 彼が座ると、すぐ肩へもたれた。


「最後の言葉は、予定していました?」


 彼が尋ねた。


「幸せになったという?」

「ええ」

「いいえ。でも、言いたかった」


 彼は私の手へ口づけた。


「私も、聞きたかった」


 私は彼の頬に触れた。


「愛しています」

「私も」

「伯母の前では、そこまで言えばよかったかしら」


 彼が笑った。


「倒れられたら、帰れません」

「それは困ります」


 私たちは笑い、窓の外を見た。

 星の灯りが、馬車を追いかけるように流れていく。

 帰る合図は、今夜も二人分だった。


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