第25話 悪女は最初に踊ります
ロラン様は、私を見て何も言わなかった。
黄色のドレスで階段を下りた私は、途中で止まった。
「何か、おかしいところが?」
「ありません」
彼はすぐに答えた。
それから一段上がり、私へ手を差し出した。
「お綺麗です」
今度は、私が黙る番だった。
襟元は広すぎず、袖は肘まで。飾りは少なく、髪には小さな金色の花を挿した。何かを着け忘れた気がしたのは、伯母の好みが一つもないからだった。
彼の目には、その足りなさがないらしい。
「帰るのが惜しくなりますか」
私が尋ねると、彼は首を振った。
「早く帰りたくなります」
「まだ出ていません」
「困りましたね」
私は彼の手を取った。
黒い上着の胸元に、黄色の小さな飾りがあった。
「それは?」
「ニナが」
私は女中頭を見た。
彼女はまったく悪びれない顔をしていた。
「色だけでございます」
「内緒に、と」
「お姿は、お見せしておりません」
ロラン様が笑った。
私は負けを認め、彼の腕へ手を添えた。
会場は、記憶より明るかった。
入口に灯りが並び、中央の天井には幾つもの星が吊られていた。私が以前飾りの数を数えた柱も、今夜はただ綺麗な柱だった。
馬車を降りると、案内の人が私たちを呼んだ。
ヴェルヌ侯爵夫妻。
私は、その名で階段を上がった。
伯母は入口の先に立っていた。
「よく来たわね」
「御招待ありがとうございます」
私は微笑んだ。
伯母の目がドレスへ走った。
「その色を選んだの」
「ええ」
続きが来るかと思ったが、ロラン様が口を開いた。
「よく似合っていますね」
伯母は、少しだけ笑った。
「ええ。侯爵のお好みなのね」
「妻の好みです。私も好きですが」
私は彼の腕を軽く握った。
伯母は別の客へ顔を向けた。
それで、終わった。
いつもなら一日残った言葉が、今日は入口に置いていけた。
伯父様は、広間の中央にいた。
胸の飾りが多く、灯りの下でよく光っている。
「来たか」
「こんばんは」
ロラン様が挨拶した。
「今夜は、余計な話はなしだ」
「音楽を楽しみに参りました」
「それならよい」
伯父様は私たちを見て、満足したようだった。
来たことで、自分の勝ちになったのだろう。
私は別に、それを取り上げるつもりはなかった。
私の勝ちは、今夜この人のそばで踊れることだった。
*
最初の曲が始まる前に、私は広間を見回した。
知っている顔がいくつもある。
私たちの不仲を信じた人。
親族と揉めたことを知っている人。
何も知らず、今夜の料理を楽しみにしている人。
その全部へ何かを説明する必要はない。
ロラン様が、私の前へ立った。
「踊っていただけますか」
私は手を差し出した。
「途中で足を踏んでも?」
「今夜の靴なら、耐えます」
「頼もしい」
彼は私を輪の中へ連れ出した。
腰に手が来る。
私は彼の肩へ手を置いた。
曲が始まった。
最初の一歩は、二人とも少し慎重だった。
「練習を、していらしたのですか」
私は囁いた。
「少し」
「誰と?」
「バジルと」
私は足を止めかけた。
彼がすぐ支えた。
「今、笑わないでください」
「想像してしまいました」
「私よりお上手でした」
「でしょうね」
「容赦がない」
彼も笑っていた。
それで肩の力が抜けた。
回ると、灯りの星が彼の向こうへ流れた。
私は彼の目を見た。
以前は、足を踏まないよう床を見ていた。今日は床を見なくても動けた。
「よくお顔を見ますね」
彼が言った。
「見たいので」
答えると、彼の歩幅がほんの少し乱れた。
私は笑った。
「貴方が崩してどうなさるの」
「不意打ちでした」
「結婚して、半年になります」
「慣れません」
その声が、嬉しかった。
私は彼の肩を握った。
「私もです」
半年。
婚礼の席で梨だったものを食べ、空箱を持つ夫と庭へ行った。壁の向こうの咳払いに笑い、犬の声を真似して、知らない人のように見えた夫と、今は眠っている。
変わったことを数えるより、今ここで彼が私を見ていることの方が大きかった。
曲の終わりに、彼は私を止めた。
最後の一歩も、踏まなかった。
私は少し息を弾ませて笑った。
「お上手でした」
「比較なしで?」
「ええ」
彼が目を細めた。
拍手が起きた。
私たちだけへの拍手ではない。それでも私は、二人で何かを終えたことが嬉しかった。
輪を出る時、ロラン様は私の手を離さなかった。
*
「ずいぶん、お熱いこと」
そう声をかけてきたのは、銀髪のドゥーネ夫人だった。
「寝癖の方はいかが?」
ロラン様が目を閉じた。
私は笑って答えた。
「本日は整えてまいりました」
「ええ。見事だわ」
夫人は彼の胸元の黄色を見て、満足そうに頷いた。
「お二人で選んだのね」
「半分は、我が家のニナが」
「よい人がいるのね」
私は頷いた。
そこを褒められるのも、嬉しかった。
私たちは飲み物を取り、窓辺の椅子へ座った。
伯母が近づいてきた。
「ヴィヴィアン、ちょうどよかった。控えの間で少し困っているの。席札が二つ、合わなくて」
私は反射的に立ちかけた。
ロラン様の手が、私の手を持っていた。
私は座り直した。
「本日の係の方へ、お尋ねください」
「すぐのことよ」
「私も、どなたがどのお席か存じません」
「前は分かっていたでしょう」
私は伯母を見た。
「前は、作っていましたから」
伯母が口を閉じた。
私は微笑んだ。
「今夜は、お客様です」
ロラン様が杯を置いた。
「妻を、お借りしていますので」
伯母は私たちを見比べた。
「ずいぶん、贅沢なこと」
「ええ」
私は答えた。
「楽しんでいます」
伯母は、今度こそ別の人を探しに行った。
私は深く息を吐いた。
「立つところでした」
「手を繋ぐ案が役に立ちました」
「ありがとうございます」
「報酬は?」
私は彼を見た。
「ここで?」
「後ほどでも」
私は彼の指を、一度強く握った。
「予約を承ります」
彼が笑った。
その顔を見ていると、もう一曲踊りたくなった。
時計を見る。
まだ、少し時間がある。
「もう一曲、お願いできますか」
私から尋ねた。
彼はすぐ立ち上がった。
「喜んで」
私は彼の手を取った。
伯母の呼ぶ声は、もう聞こえなかった。




