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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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25/33

第25話 悪女は最初に踊ります

 ロラン様は、私を見て何も言わなかった。

 黄色のドレスで階段を下りた私は、途中で止まった。


「何か、おかしいところが?」

「ありません」


 彼はすぐに答えた。

 それから一段上がり、私へ手を差し出した。


「お綺麗です」


 今度は、私が黙る番だった。

 襟元は広すぎず、袖は肘まで。飾りは少なく、髪には小さな金色の花を挿した。何かを着け忘れた気がしたのは、伯母の好みが一つもないからだった。

 彼の目には、その足りなさがないらしい。


「帰るのが惜しくなりますか」


 私が尋ねると、彼は首を振った。


「早く帰りたくなります」

「まだ出ていません」

「困りましたね」


 私は彼の手を取った。

 黒い上着の胸元に、黄色の小さな飾りがあった。


「それは?」

「ニナが」


 私は女中頭を見た。

 彼女はまったく悪びれない顔をしていた。


「色だけでございます」

「内緒に、と」

「お姿は、お見せしておりません」


 ロラン様が笑った。

 私は負けを認め、彼の腕へ手を添えた。


 会場は、記憶より明るかった。

 入口に灯りが並び、中央の天井には幾つもの星が吊られていた。私が以前飾りの数を数えた柱も、今夜はただ綺麗な柱だった。

 馬車を降りると、案内の人が私たちを呼んだ。

 ヴェルヌ侯爵夫妻。

 私は、その名で階段を上がった。

 伯母は入口の先に立っていた。


「よく来たわね」

「御招待ありがとうございます」


 私は微笑んだ。

 伯母の目がドレスへ走った。


「その色を選んだの」

「ええ」


 続きが来るかと思ったが、ロラン様が口を開いた。


「よく似合っていますね」


 伯母は、少しだけ笑った。


「ええ。侯爵のお好みなのね」

「妻の好みです。私も好きですが」


 私は彼の腕を軽く握った。

 伯母は別の客へ顔を向けた。

 それで、終わった。

 いつもなら一日残った言葉が、今日は入口に置いていけた。


 伯父様は、広間の中央にいた。

 胸の飾りが多く、灯りの下でよく光っている。


「来たか」

「こんばんは」


 ロラン様が挨拶した。


「今夜は、余計な話はなしだ」

「音楽を楽しみに参りました」

「それならよい」


 伯父様は私たちを見て、満足したようだった。

 来たことで、自分の勝ちになったのだろう。

 私は別に、それを取り上げるつもりはなかった。

 私の勝ちは、今夜この人のそばで踊れることだった。


     *


 最初の曲が始まる前に、私は広間を見回した。

 知っている顔がいくつもある。

 私たちの不仲を信じた人。

 親族と揉めたことを知っている人。

 何も知らず、今夜の料理を楽しみにしている人。

 その全部へ何かを説明する必要はない。

 ロラン様が、私の前へ立った。


「踊っていただけますか」


 私は手を差し出した。


「途中で足を踏んでも?」

「今夜の靴なら、耐えます」

「頼もしい」


 彼は私を輪の中へ連れ出した。

 腰に手が来る。

 私は彼の肩へ手を置いた。

 曲が始まった。

 最初の一歩は、二人とも少し慎重だった。


「練習を、していらしたのですか」


 私は囁いた。


「少し」

「誰と?」

「バジルと」


 私は足を止めかけた。

 彼がすぐ支えた。


「今、笑わないでください」

「想像してしまいました」

「私よりお上手でした」

「でしょうね」

「容赦がない」


 彼も笑っていた。

 それで肩の力が抜けた。


 回ると、灯りの星が彼の向こうへ流れた。

 私は彼の目を見た。

 以前は、足を踏まないよう床を見ていた。今日は床を見なくても動けた。


「よくお顔を見ますね」


 彼が言った。


「見たいので」


 答えると、彼の歩幅がほんの少し乱れた。

 私は笑った。


「貴方が崩してどうなさるの」

「不意打ちでした」

「結婚して、半年になります」

「慣れません」


 その声が、嬉しかった。

 私は彼の肩を握った。


「私もです」


 半年。

 婚礼の席で梨だったものを食べ、空箱を持つ夫と庭へ行った。壁の向こうの咳払いに笑い、犬の声を真似して、知らない人のように見えた夫と、今は眠っている。

 変わったことを数えるより、今ここで彼が私を見ていることの方が大きかった。


 曲の終わりに、彼は私を止めた。

 最後の一歩も、踏まなかった。

 私は少し息を弾ませて笑った。


「お上手でした」

「比較なしで?」

「ええ」


 彼が目を細めた。

 拍手が起きた。

 私たちだけへの拍手ではない。それでも私は、二人で何かを終えたことが嬉しかった。

 輪を出る時、ロラン様は私の手を離さなかった。


     *


「ずいぶん、お熱いこと」


 そう声をかけてきたのは、銀髪のドゥーネ夫人だった。


「寝癖の方はいかが?」


 ロラン様が目を閉じた。

 私は笑って答えた。


「本日は整えてまいりました」

「ええ。見事だわ」


 夫人は彼の胸元の黄色を見て、満足そうに頷いた。


「お二人で選んだのね」

「半分は、我が家のニナが」

「よい人がいるのね」


 私は頷いた。

 そこを褒められるのも、嬉しかった。


 私たちは飲み物を取り、窓辺の椅子へ座った。

 伯母が近づいてきた。


「ヴィヴィアン、ちょうどよかった。控えの間で少し困っているの。席札が二つ、合わなくて」


 私は反射的に立ちかけた。

 ロラン様の手が、私の手を持っていた。

 私は座り直した。


「本日の係の方へ、お尋ねください」

「すぐのことよ」

「私も、どなたがどのお席か存じません」

「前は分かっていたでしょう」


 私は伯母を見た。


「前は、作っていましたから」


 伯母が口を閉じた。

 私は微笑んだ。


「今夜は、お客様です」


 ロラン様が杯を置いた。


「妻を、お借りしていますので」


 伯母は私たちを見比べた。


「ずいぶん、贅沢なこと」

「ええ」


 私は答えた。


「楽しんでいます」


 伯母は、今度こそ別の人を探しに行った。


 私は深く息を吐いた。


「立つところでした」

「手を繋ぐ案が役に立ちました」

「ありがとうございます」

「報酬は?」


 私は彼を見た。


「ここで?」

「後ほどでも」


 私は彼の指を、一度強く握った。


「予約を承ります」


 彼が笑った。

 その顔を見ていると、もう一曲踊りたくなった。

 時計を見る。

 まだ、少し時間がある。


「もう一曲、お願いできますか」


 私から尋ねた。

 彼はすぐ立ち上がった。


「喜んで」


 私は彼の手を取った。

 伯母の呼ぶ声は、もう聞こえなかった。


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