第18話 悪女にも誕生日は来ます
私の誕生日には、雨が降った。
朝、窓の向こうが白く煙っているのを見て、私はもう少し眠ることにした。
隣で、ロラン様が身を起こした。
「お目覚めですか」
「いいえ」
「それは失礼しました」
寝台が少し揺れた。起きるのかと思って手を伸ばすと、彼の袖に触れた。
「お眠りでは?」
「眠っていても、逃げるものは捕まえます」
「頼もしい」
彼は戻ってきた。
私の額へ口づける。起きたばかりの髪を撫でられ、私は目を閉じた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「二十五歳ですね」
「貴方に近づきました」
「私も来月、逃げます」
「ずるい方」
彼は笑って、もう一度口づけた。
去年の朝は、伯母の客のために花を選んでいた。誕生日だと気付いたのは、夕方、エマが小さな砂糖菓子をくれた時だった。
思い出したけれど、今日はそれを悲しい話にしたくなかった。
今ここにいる人が、私の年を数えてくれた。
「今日は、何をする予定ですか」
「貴女の望むことを」
「難しいことをおっしゃいますね」
「外套は、先に渡してしまいましたから」
「取り上げて、もう一度くださっても」
「嫌われます」
私は彼の腕へ頬を押しつけた。
「では、午前中は何もしないでください」
「何も?」
「私と」
彼の指が止まった。
「午後からでも、よろしいですか」
「お仕事?」
「いえ。朝食は食べたいと思って」
私は顔を埋めて笑った。
「それは困りますね。お腹を空かせた方と一緒には、何もできません」
朝食には蜂蜜のパンが出た。
私は少し驚いて、ニナを見た。
「旦那様から」
彼女はそれだけ言った。
伯母の家で出された話を、私は確かにした。好きだったものを覚えていたのに、出さなかったのだ、と。
ロラン様はパンを私の皿へ載せた。
「気が変わりました?」
「いいえ」
私は小さく切って口へ運んだ。
蜂蜜は指についたし、皿にも落ちた。
それでも、とても美味しかった。
「手が汚れます」
「洗えます」
彼の返事が早かったので、私は笑った。
今年の誕生日を思い出す時は、この声になるのだろうと思った。
*
贈り物は、外套だけではなかった。
図書室の私の椅子に、小さな箱が置いてあった。
「また、箱だけではありませんよね」
結婚した夜、彼が持ってきた指輪の空箱を思い出して尋ねた。
「今回は中身があります」
開けると、銀の栞が入っていた。
先に、小さな狐が座っている。
私はそれを指に載せた。耳が少し尖りすぎていて、尻尾は豊かだった。
「ジルさんに、職人を教えてもらいました」
「あの方、仮面だけではないのですね」
「舞台では、偽物の宝石も必要だそうです。これは本物の銀ですが」
「偽物でも、狐なら分かりませんよ」
「妻は見抜きます」
私は栞を握った。
「何を?」
彼は私の顔を見た。
「私が、格好をつけた時」
少し意地悪を言おうとした。
けれど、嬉しさが先に来た。
私は椅子から立って、彼の首へ腕を回した。
「大好きです」
言ってから、息が止まった。
彼も、止まったようだった。
私は手の中の栞を見せた。
「これ」
「……ええ」
声がわずかに低くなった。
「分かっています」
そう言われると、なぜか残念だった。
分かってほしかったのか、分からないでいてほしかったのか、自分でも困る。
彼は私の背中へ手を置いた。
「もう一つ、あります」
「まだ?」
「物ではないのですが」
彼は私を椅子へ戻し、自分は向かいに座った。
机の上から、一冊の本を取る。
母の狐の本だった。
「読んでくださるの?」
「そのつもりです」
「動物の声は?」
「期待されると、著しく下回ります」
私は栞を胸元へ抱えた。
「では、普通に」
彼は最初の頁を開いた。
ロラン様の狐は、非常に真面目だった。
森で道に迷い、兎に尋ねる時も、まるで領地の境を確認している。
私は最初の三頁で笑ってしまった。
「おかしいですか」
「兎が、役人のようで」
「道を教えていますから」
「では、そのままお願いします」
彼は続きを読んだ。
狐は嘘をついて食べ物をもらい、最後に自分の尻尾を踏んで転んだ。母はその場面で、わざと驚いた声を出した。
ロラン様は、真面目に「たいへんだ」と読んだ。
私は目を閉じた。
同じ話なのに、違う声である。
昔のものが、新しい時間に混ざっていく。
最後の頁を閉じる時、彼が顔を上げた。
「寝ました?」
「起きています」
「静かになったので」
「聞いていました」
私は手を伸ばした。
彼がその手を取る。
「ありがとうございます」
今度は、何についてか説明しなかった。
彼も聞かなかった。
*
午後、雨が上がったので、私たちは外套を着て庭を歩いた。
まだ夏の終わりの暖かさが残っている。少し暑かったけれど、今日着たかった。
ドンは水溜まりへ行こうとして、ロラン様に止められた。
「今日はだめです」
「貴方の靴が?」
「貴女の外套が」
私は裾を持ち上げた。
「これなら」
「あまり高くは」
「足首しか見えません」
「存じています」
私は彼を見た。
彼は犬を見ていた。
こんな小さなところで独占したがるくせに、人前ではよく不仲の振りができる。
いや、できているのだろうか。
「芝居、続けられます?」
私は尋ねた。
彼がこちらを向いた。
「おやめになりたい?」
「伯母と伯父様には、一度困っていただきたいです」
「私もです」
「でも、人前で貴方に話しかけないのは、思ったよりつまらない」
彼の手が、私の手へ伸びた。
「私もです」
同じ返事なのに、二度目は違って聞こえた。
「次の集まりで、二人を同じ席へ座らせましょう」
私は言った。
「別々のことを言えないように」
「出演を頼まれた人たちにも、来ていただく?」
「来られる人だけ。私たちが何を言ったことにされているか、直接聞いていただければ」
ロラン様は頷いた。
「その後は、芝居を終えましょう」
「ええ」
私は彼の手を握り返した。
勝ちたい気持ちは、まだあった。
でも、そのためにこの人との時間を長く不愉快に見せるほどではなくなっていた。
夕食の後、誕生日の菓子が運ばれてきた。
いつもの焼き菓子より大きく、上に杏が並んでいる。私は二つに切ろうとして、真ん中が分からなくなった。
「こちらが少し大きいですね」
ロラン様が言った。
「お誕生日なので」
「もちろん」
私は大きい方を自分の皿へ取った。
彼の最後のひとくちを、今日は取り上げなかった。
そのまま食べるのかと思ったら、彼は私の皿へ載せた。
「多すぎます」
「お誕生日なので」
私は彼の皿へ半分返した。
「一人で太るつもりはありません」
「お供します」
彼はそれを食べた。
私は自分の分を食べてから、卓の下で彼の手を探した。
すぐに見つかった。




