第19話 仲直りのお値段
伯母と伯父様を同じ部屋へ招くと、二人は最初から相談済みの顔で座った。
北の小部屋では狭いので、今日は客間だった。
肖像画の伯父様まで連れてくる案は、二人で長く笑った末に諦めた。本人が二人になった時の声量を考えると、私たちの身が危なかった。
子爵夫妻と歌い手のセリーヌ夫人は、半刻後に来ることになっている。オクターヴ氏は都合がつかず、出演は約束していないという手紙を送ってくれた。
私は伯母の隣へ座り、ロラン様は伯父様の向かいに座った。
夫婦で離れる最後の芝居だと思うと、妙に落ち着かなかった。
「こうして相談する気になったのね」
伯母が言った。
「お二人のお話を、一緒に伺いたくて」
「そう。家族のことは、家族で話すべきよ」
私は頷いた。
来客を知らせる時、どんな顔になるのだろう。
意地悪な想像をしている自分を、私は隠さなかった。
まず伯父様が話し始めた。
若い夫婦は、互いに我慢が足りない。
世間には体面があり、家には役目がある。
自由な暮らしを望むだけでは、長くは続かない。
私は紅茶を飲んだ。
ロラン様がこちらを見た。ほんの一瞬、口元が動く。
長く続いているのは、伯父様のお話ですね。
声には出さなかったけれど、たぶん同じことを考えていた。
「灯祭は、よい機会だ」
やがて本題が来た。
「夫婦で役目を果たせば、周りも安心する。私たちが間に入った意味もある」
「私は音楽を?」
「そうよ」
伯母が答えた。
「お友達の方々も、貴女に頼まれれば嬉しいでしょう」
「頼んでいません」
「これから頼めばよいではないか」
伯父様は、些細な順番の問題だと思っているようだった。
ロラン様が言った。
「私の役目は?」
「もちろん、費用と会場の手配だ。若い人間が動く方が、皆も気持ちがいい」
「主催は、お二人ですね」
「長くやってきた経験がある」
伯父様は胸を張った。
私は卓の上へ、伯母から受け取った紙を置いた。
「では、私たちが名前を貸し、友人を呼び、支払い、御挨拶はお二人が」
「そういう言い方をするから、貴女は」
伯母の声が少し強くなった。
私は続きが来るのを待った。
「侯爵にも、愛想を尽かされるのです」
部屋の空気が変わった。
ロラン様が動いた。
私は彼の方を見た。
まだ、と目で言うつもりだった。
けれど彼は、私を見ていなかった。
「誰が、尽かしたのですか」
静かな声だった。
伯母が少し怯んだ。
「世間で、そのように」
「私はここにいます」
伯父様が手を上げた。
「落ち着きなさい。心配して言っているのだ」
「妻を侮辱すれば、夫が落ち着くと思われたのですか」
私は扇を閉じた。
芝居は、終わった。
*
ロラン様は立ち上がり、私の隣へ来た。
伯母が座っていたので、私は少しずれた。彼はその間へ座らず、私の椅子の背へ手を置いた。
いつもなら何でもない距離が、今はひどく嬉しかった。
「私たちは、不仲ではありません」
彼は言った。
「噂を訂正しなかったことは、失礼でした」
「では、私たちを試したの?」
伯母の顔が赤くなった。
「別々に、違うことをおっしゃるので」
私は答えた。
「一緒なら、同じ話になるかと思いました」
「まあ」
「なりましたね。私たちに、灯祭の仕事をさせたいという話です」
伯父様が膝を叩いた。
「善意を何だと思っている」
その時、バジルが来客を告げた。
子爵夫妻とセリーヌ夫人だった。
伯父様は、すぐに顔を整えた。
その速さだけは見習えると思った。
「お集まりでしたのね」
子爵夫人が微笑んだ。
「ちょうど、出演のお話を伺っていたところです」
私は立って迎えた。
「こちらの予定に、皆様のお名前がありましたので」
セリーヌ夫人は伯母を見た。
「私、冬は地方へ戻ります。母のところへ。そうお伝えしたはずですが」
「少しでしたら、お戻りいただけるかと」
「二日の道のりを、少しとは言いませんわ」
彼女は穏やかに答えた。
子爵夫人も紙を見た。
「私、伴奏を全曲?」
「お上手でしたから」
伯母は笑顔を保った。
「ありがとうございます。でも、一度弾いたことと、何曲でも弾けることは別よ。練習する時間が要るもの」
「皆様でお力を合わせれば」
「誰が、何を合わせるのでしょう」
夫人の声は柔らかかった。
伯父様が割って入った。
「まだ予定だ。相談の段階だよ」
「では、私の名前を消してください」
セリーヌ夫人は、はっきり言った。
「当日、いない人を待たせるのはお気の毒ですから」
子爵が紙を指した。
「私は挨拶をするのか。鶏で?」
誰も答えなかった。
「鶏なら、挨拶は短いよ」
私は俯いた。
笑ってしまえば伯母が余計に怒ると分かっていたけれど、今日はそれを困ると思わなかった。
予定表は、卓の上で一枚ずつ裏返された。
出演者がいない。
伴奏の了承もない。
費用を持つ夫婦も、引き受けていない。
残ったのは、主催二人の名前だけだった。
「御自身でお開きになる催しでしょうから、御自身でお決めください」
ロラン様が言った。
伯父様は立ち上がった。
「もうよい。若い者がどれだけ身勝手か、よく分かった」
「お役に立てて何よりです」
私が答えると、伯母が私を睨んだ。
昔なら、その目だけで胃が縮んだ。
今日は、ロラン様の手が私の背にあった。
「後悔しても、知りませんよ」
「はい」
私は頷いた。
もう少し立派な返事もできたと思う。
でも、帰っていただけるなら、それで十分だった。
*
伯母たちが去った後、私は椅子へ座った。
「申し訳ありません。お茶の席を、こんなことに」
「呼ばれなければ、冬に弾かされていたのね」
子爵夫人は肩をすくめた。
「それより、御夫婦の噂は?」
私はロラン様を見た。
彼もこちらを見た。
「放っておいたら、面白いことになるかと」
「なったわね」
「少し、面白くなくなりました」
正直に言うと、夫人は笑った。
「それで、お二人は?」
ロラン様が私の隣に座った。
「妻が可愛くて困っています」
私は息を詰めた。
子爵が大きく頷いた。
「分かるよ」
「夫は、こういう時だけ話が合うのね」
夫人が言った。
セリーヌ夫人まで笑っている。
私は紅茶を頼み直した。今度こそ、熱いうちに飲みたかった。
夕方、客が皆帰ると、私はロラン様の書斎へ行った。
彼は机に向かっていなかった。窓辺で、外を見ていた。
「怒っていらっしゃる?」
「ええ」
「私に?」
彼は振り返った。
「少し、自分にも。あの言葉まで待たせたことを」
「私が考えたことです」
「私も、面白がりました」
私は彼に近づいた。
手を取ると、彼の指が強く絡んだ。
「貴方がああ言ってくださったので、私は嬉しかった」
「愛想を尽かすはずがありません」
早い返事だった。
私は彼を見上げた。
「これからも?」
軽く聞くつもりだったのに、声が弱くなった。
彼は私の頬へ触れた。
「これからの私の台詞を、伯母上に決めさせたくありません」
「では、貴方が」
彼の目が、私を見たまま動かなかった。
言ってほしい。
私も言いたい。
そんな顔で見つめ合って、結局、彼が先に私を抱き締めた。
「……今、少し上手く言えません」
「いつも、お口は達者なのに」
「貴女の前でだけ、役に立たない」
私は彼の背中へ腕を回した。
「今は、それで十分です」
彼の心臓が早かった。
私の方も、同じだった。




