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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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第13話 招かれない人の才能

 私たちの最初の仮面の音楽会は、招待状を出す前に知られた。

 原因は鶏だった。

 フィリップ子爵が、次はヴェルヌ家で歌うつもりだと話したのである。誰かが何を歌うのか尋ね、彼は「鳴くかもしれない」と答えた。その話が三人を経由する間に、侯爵夫妻は名高い歌手を招いていることになった。


「名は高いが、歌は怪しいな」


 ロラン様が手紙を読みながら言った。

 伯父様からの手紙だった。珍しく私宛てである。

 末尾には、ご夫君は人を招くということをよく御存じない、年長の親族の助言を仰ぐのがよい、とあった。


「経験は豊富でいらっしゃいますものね」

「他人の家で、が抜けています」


 私は手紙を裏返した。


「お返事、どうしましょう」

「次の便が来るまで待っては」

「来ます?」

「伯父は、答える機会を一度で諦める人ではありません」


 実際、午後には二通目が届いた。

 誰を呼ぶのか。

 いつ開くのか。

 伯父様が招きたい人の名前が、七人書いてある。

 私たちが用意した椅子は、十八脚だった。


「明日はお客様が十人に増えますね」

「その前に返しましょう」


 ロラン様が私の方へ紙を押した。


「どうぞ」

「私が書いても?」

「貴女宛てですから」


 私は筆を取った。

 ――親愛なる伯父様。御関心をお寄せくださり、ありがとうございます。今回は夫婦の友人を招く小さな私会ですので、お取り計らいには及びません。音楽をお聞かせできず残念です。

 横から、夫が読んでいる。


「残念なのですか」

「書いてあるだけです」

「なるほど」

「ここまでにいたしましょうか」


 私は筆を浮かせたまま、彼を見た。

 彼はとても真面目な顔で考えた。


「北の小部屋でしたら、いつでもお越しいただけると」

「肖像画がお待ちですね」

「一日中、お話を聞いてくれる親族です」


 私は筆を置いた。笑いが収まるまで、署名ができなかった。


 その返事が伯父様の機嫌を損ねたことは、三日後に分かった。

 仕立屋が、仮面の飾り布を届けられないと言いに来たのだ。

 私たちは狐と猫を使うので、大袈裟な衣装はいらない。客が仮面を持ってこなかった時のために、数枚だけ注文していた。

 年配の女主人は帽子を膝で握り、ニナを見るように私を見た。


「代金ではございません。その、あちらの冬の衣装もございますので」

「ガストン卿に何か言われました?」


 ロラン様の声が急に冷たくなった。

 女主人の肩が上がる。


「いえ、私どもはただ」

「仕立屋の選択にまで口を出すとは」


 彼が立ちかけたので、私は袖へ触れた。帰る合図ではない。彼はこちらを見て、椅子へ腰を戻した。


「失礼しました。貴女へ言ったのではありません」


 女主人は、それでもすぐには喋らなかった。

 ニナが茶を勧めた。湯気が少し減った頃に、ようやく女主人は言った。


「卿のお言葉は、社交の分からない若い御夫妻へ手を貸すと、皆様にも誤解を招く、と」

「皆様、は便利ですわね。お一人でも名乗れますもの」


 私が言うと、女主人の唇が少し動いた。

 笑わせようとしたのではない。でも笑えないほど恐ろしい話でもないと、思ってほしかった。


「ご注文は取り下げます。作っていただいた分は、お受け取りします」

「いいえ、まだ」

「布を切っておいででしょう?」


 彼女は膝の帽子を見た。

 ニナが言った。


「私が受け取りに伺います。昔からのお付き合いですから、私の用事で」


 女主人は、初めてほっとした顔をした。

 私はその顔を見て、自分の方がほっとしていることに気付いた。伯父様へ勝つために、この人を伯父様に逆らわせなくてもよかったのだ。

 帰り際、女主人は扉のところで振り返った。


「一人、お仕立てのできる者を御紹介してもよろしゅうございますか」

「ええ」

「私の弟です。今は大きなお得意先がございませんので、こちらへ伺えるかと」

「お願いします」


 彼女はロラン様を一度見て、それから頭を下げた。

 何かが残る見方だった。


     *


 紹介された人は、翌朝来た。

 片方の眉に傷のある、五十歳ほどの男だった。帽子を取ると、髪は灰色が多い。布鞄だけを持っていて、仕立屋の人というより古い椅子を直す職人に見えた。


「アルベール・ジルと申します」


 ロラン様が顔を上げた。


「ジル?」

「以前、舞台の衣装を納めておりました」


 夫の指が、椅子の肘掛けで止まった。

 私は二人を見比べた。


「伯父の演目の」

「左様です」


 男は私の方へ向き直った。


「仮面でございますね。幾つほど」

「六つ。できれば目元だけの、軽いものを」

「御婦人用、殿方用を三つずつでよろしゅうございますか」

「誰でも着けられるものがいいです。孔雀になりたい殿方がいらしても困らないように」


 彼の口元が動いた。


「孔雀の羽は、雄のものですから」

「では、むしろ婦人にお借りすることになりますね」


 鞄から見本が出た。小さな羽と、銀糸の縁飾り。私は手に取って、重さを確かめた。

 男の手は、爪の際まで色が染みていた。生地に触れる時だけ、速く動く。


「納めていたのは、いつまででしたか」


 ロラン様が尋ねた。


「五年前でございます」

「私が継いだ頃ですね」

「はい」


 声には、あえて何も含めていないようだった。

 ロラン様は少し考えてから、言った。


「伯父の催しの注文を、全て断った時でしょうか」

「そう伺っております」

「その前に受けていた分は?」


 ジル氏の指が、銀糸の巻きを押さえた。


「取り消しでした」


 私は仮面を膝へ下ろした。


「作った後でしたか」

「半分は」

「代金は」


 ロラン様の声が、低くなった。


「卿からは、侯爵家へ。侯爵家からは、卿へと」


 窓の外でドンが吠えた。

 いつものように、庭師が水を撒き始めたのだろう。部屋の中でその日常の音がひどく大きかった。


「私が止めたのでしょう」


 ロラン様は、誰にともなく言った。

 ジル氏は答えなかった。

 やがて彼は、見本を少し片付けた。


「今日は仮面のお話に参りました。前の件を持ち出すつもりはございません」

「ええ」

「姉に余計なことを申しましたでしょうか」

「何も伺っていません」


 私が答えると、彼は深く息を吐いた。

 ロラン様が私を見た。私は彼の代わりに言う言葉を持たなかった。


「注文したものを、取り消したと知らせるだけで済ませていました」


 夫はジル氏に向き直った。


「伯父の贅沢を終わらせることしか、考えていなかった」

「皆、そういう時でございました」

「皆で薄まる話ではありません。すみませんでした」


 職人の目が、初めて真っ直ぐ彼を見た。


「今からでも、払わせてください。記録がこちらになければ、貴方の分かる額で」

「記録はございます」


 早い返事だった。

 捨てなかったのだと思った。

 この人が五年持っていた紙について、私たちは今日初めて話している。


「持ってまいります」

「お願いします」


 彼は頷いた。それから、片付けた仮面をもう一度広げた。


「孔雀でしたね」


 私は背を伸ばした。


「ええ。ほかにも、少し嫌な顔のものを」

「嫌な顔」

「お行儀のいい顔は、普段お使いでしょうから」


 ジル氏は、今度ははっきり笑った。


「それなら、得意なものがございます」


     *


 彼が帰ると、ロラン様はしばらく窓辺に立っていた。

 私は卓に残った小さな布屑を集めた。


「何か、言ってください」


 彼が言った。


「今、何か言われる顔をなさっています」

「ええ」

「伯父様のお金を止めた時、気分がよかったのでしょうね」


 彼は目を伏せた。


「とても」

「私も、お返事を書いた時は気分がよかったです」

「でも貴女は、あの婦人を」

「貴方に止めていただくまで、誰かの家で子供たち全員へ夕食を出す約束をしました」


 ロラン様は少し口を開き、閉じた。


「誰かの家ではありません」

「知っています。それが嬉しくて、何でもできる気になったの」


 私は集めた布屑を小皿に入れた。


「今は、ジルさんに支払ってください。それから、私と一緒に伯父様を招かずに楽しんでください」

「反省が足りないと言われそうですね」

「誰に?」


 私が尋ねると、彼はゆっくりこちらを向いた。

 そして、少しだけ笑った。


「皆様に」

「お一人ずつ来ていただきましょうか。北の小部屋へ」


 彼は私のところへ戻ってきた。両腕が背中へ回る。私は彼の胸に頬を寄せて、少し黙っていた。


「今夜、少し遅くなります。バジルと昔の帳面を」

「寝室でお待ちしています」


 その言葉で、彼の手に力が入った。

 私は顔を上げた。


「急いで間違えないでくださいね」

「それは難しいお願いです」


 不完全な悪党が、こんな顔で私を欲しがる。

 その喜びまで取り上げる気は、私にはなかった。


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