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冷遇された令嬢の政略結婚、旦那様と悪口の趣味が合いすぎます  作者: 星舟能空


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第12話 猫は詩人を食べません

 鶏が階段を下りてきた時、私はこの夜会が好きになると確信した。

 尾羽が壁に触れ、頭の鶏冠が揺れている。中の人が階段を見ようとするたび、鶏全体がお辞儀をした。


「ようこそ!」

「見事ですわ、子爵」

「今夜は名前なしでお願いするよ、狐さん」

「では、大変ご立派な食材」


 蝶の仮面を着けた夫人が横を向いた。笑いを堪えている肩が震えたので、鶏は胸を張った。


「食べがいがあるだろう」

「私一人では食べ切れません」

「猫さんと分ければいい」


 隣のロラン様が、小さく咳払いをした。


「妻は、私の分まで食べます」

「最後のひとくちだけでしょう」

「先日、半分取られました」

「差し上げた方までお忘れになるのね」


 夫人が私の腕を取った。


「どうぞ中で続きを。ここにいると、夫の尾がいつまでも上のお客様を通してあげられないわ」


 広間には二十人ほどが集まっていた。大きな夜会なら控えの間にしか使わない広さで、椅子も卓も互いの顔が見える距離にあった。

 梟が二羽いたため、早速揉めている。


「私が本物だ」

「本物は喋りませんよ」

「では、君も偽物だ」


 孔雀の婦人が「どちらでもいいから窓を開けて」と言い、二羽が揃って従った。

 私は笑いすぎて仮面の縁で頬が痛くなった。今日の手袋は誰のためにも選んでいないし、卓の皿の数も知らない。ここで私が忘れていいのは、お行儀を少しだけだった。

 ロラン様が飲み物を渡してくれた。


「機嫌がいいですね」

「貴方も」

「顔が見えないでしょう」

「口は見えます」


 口を見ると言ってしまうと、そこから目を逸らすのが難しくなった。

 彼がゆっくり杯を口へ運ぶ。わざとかもしれない。


「帰ってから、存分にどうぞ」

「何をですか」

「見たいものがあるようですから」


 私は彼の靴を踏もうとして、やめた。今夜の靴はよく磨かれていたし、踊りの最中でもないのに踏むのは証拠が残る。

 代わりに彼の杯を取って、私のものと交換した。


「こちらの方が甘いです。貴方には甘すぎると思って」

「妻は親切ですね」

「よく言われます」

「誰に?」

「これから貴方に」


 彼は笑って、私の飲んだ方を飲んだ。


 最初の芸は、梟二羽による即興の決闘だった。剣の代わりに匙を持って、相手の欠点を褒める。二人とも相手を褒め慣れていないため、三度目にはただの口喧嘩になった。

 次の婦人は歌がとても上手かった。孔雀の羽飾りを着けたまま真面目な恋の歌を歌うので、最初こそ笑いが起こったけれど、最後は誰も話さなかった。

 私は彼女の声に引かれて前へ出た。

 傍らにロラン様が来る。

 歌の中では、恋人が何日も帰ってこない。待つ方は怒り、忘れると誓い、それでも窓辺の花を毎朝替える。

 私なら花の代わりに、帰ってきたら投げるものを置く。

 そう思いながら、隣の人が今ここにいることに安堵した。

 歌い終わると、私は真っ先に拍手した。


「お嫌いではなさそうですね」


 背後から声をかけられた。

 振り返ると、鹿の仮面の男がいた。私たちより少し細身で、口元には笑うためというより、何かを言わずにおくための皺がある。


「ええ、とても」

「よかった。次が私なので、帰られると困るところでした」


 ロラン様が杯を卓に置いた。


「オクターヴ」

「今夜は鹿です」

「失礼」

「貴方は猫でしたか。もっと大きな獣を想像していました」

「妻が似合うと言いました」

「それは賢明だ。飼える大きさから始めるべきです」


 私は思わず笑った。

 ロラン様も、少し遅れて笑った。

 鹿がこちらを向いた。


「本を読んでくださったそうで」

「窓の詩が好きです。あと、焼き菓子の詩も」

「あれを気に入る方は、少し焦がす人が多い」

「私は食べる方です」

「では、ぜひ作る人の前で褒めてください」


 彼は軽く頭を下げ、広間の奥へ向かった。

 ロラン様が声をかけた。


「後で、少し話せますか」


 鹿は振り返った。


「朗読が終わってからでよければ。先に聞くと、声に出るかもしれない」

「分かりました」


 私は夫の横に立ったまま、手を繋がなかった。

 彼が逃げないことは、もう分かっていた。


     *


 詩人は、小さな紙を二枚持っていた。

 一篇目は新しい靴の詩だった。大事に履こうとした日に雨が降り、濡らさないよう急いだら踵が抜ける。裸足で振り返った時、拾ってくれた人もまた片足を上げている。

 最後の一行まで聞いて、私は少し遅れて笑った。

 横を見ると、ロラン様がこちらを見ていた。


「これは好きです」


 囁くので、私は頷いた。

 二篇目は短かった。眠った人の寝顔に何か言おうとして、結局寝息を数えてしまう。それだけの詩だった。

 昨夜の自分を思い出し、私は咳払いをした。


「お好きでは?」

「声を出さないで」


 彼は肩を揺らした。こちらを見たまま笑うので、私は拍手でごまかした。


 詩人と夫は、庭へ出る扉の近くで話をした。

 私は夫人の隣で菓子を選んでいた。全部を聞くためにそこにいたのではない。それでも、声の切れ端は届いた。


「昔、君の書くものを」

「覚えています」


 鹿の声は静かだった。


「今でも、焚きつけにする前に読み返します」

「すみません」

「捨てる原稿はありますから、役には立ちましたよ。ただし、貴方のおかげとは言いたくありません」

「ええ」


 私は菓子を一つ皿へ載せた。夫人は何も尋ねなかった。


「何年も経ってからで、申し訳ない」

「結婚は、人に本を読ませるんですね」

「妻に言われました」

「奥様の手柄を横取りしないのは、昔よりいい」


 少しの沈黙があった。

 それから詩人が言った。


「今の二篇は?」

「靴の方が好きです」

「眠る人の方は?」

「思い当たりすぎます」


 私は菓子を落とした。

 夫人がすぐに拾って、自分の皿へ載せた。


「まだ食べられるわ」

「申し訳ありません」

「いいの。そちらのお話、気になるものね」


 彼女は、わざと声を落とさなかった。

 庭の扉の方で、ロラン様がこちらを向いたのが分かった。

 私はどうして仮面に耳まで付いていないのかと思った。


 帰り際、オクターヴ氏は私たちに一枚の紙を渡した。


「靴の方です。奥様も笑ってくださったから」

「ありがとうございます」

「原稿ではなく写しなので、気を遣わないでください」


 ロラン様が受け取って、内ポケットへ丁寧に入れた。


「食事でも、改めて」

「今度は詩を持たずに伺います。聞く側も好きなので」

「ぜひ」


 握手はしたけれど、急に親友になったわけではない。それが、私にはよかった。

 鹿は他の客へ混ざっていった。

 黒い猫は、しばらくその背中を見ていた。


     *


「仮面を着けても、貴方だと分かりますね」


 馬車で私が言うと、ロラン様は猫を膝へ載せた。


「歩き方でしょうか」

「口のきき方」

「直せませんね」

「直していただきたいわけではありません」


 私は彼の肩にもたれた。今夜は何も管理していないのに、笑いすぎたせいか少し疲れていた。


「楽しかった」

「ええ」

「貴方も?」

「貴女が楽しそうでしたから」

「それではご自分の感想になりません」


 彼は考えてから言った。


「鶏に、人生の一部を費やす人がいてよかったです」


 私は肩に額を付けて笑った。


「うちでもしたい」

「鶏を?」

「仮面を。小さな音楽会でも、朗読でも。何をするか、お客様が少し迷うようなもの」


 言ってしまってから、彼を見上げた。


「これは御相談です」

「分かっています」

「楽しそうにお見えだったので」

「賛成です。私が何か披露しなくてよいなら」

「それは卑怯では」

「猫なので」


 彼が私の頭の上へ口づけた。


「貴女は、あの声を?」

「犬だけにと言った方がいます」

「心の狭い男ですね」

「ええ。お気をつけになって」


 彼は返事の代わりに、私の顎をそっと持ち上げた。


「寝息を数えるのは、いつですか」


 口づけの前に尋ねると、彼の手が止まった。


「聞こえていましたか」

「少し」

「貴女が眠った後です」

「それは知っています」


 窓の外を街灯が流れた。彼の頬を明るくして、また暗くする。


「起こすには、あまり気持ちよさそうなので」

「でも、何か言おうとなさるの?」

「……はい」


 今聞かせてほしいと思った。

 けれど彼の困った顔を見ていると、今ここで答えを取ってしまうのが惜しかった。


「今夜は、私が寝た振りをしているかもしれません」

「それでは何も言えません」

「困りましたね」


 私は笑った。

 彼が私を抱き寄せた。狭い馬車の中で、今度こそ口づける。

 言葉を後回しにするやり方を、夫は覚えすぎていた。


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