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凄腕スパイは甘い嘘を焼き上げる 〜秘密の菓子店を営んでいたら、冷酷公爵様が常連になりました〜  作者: 美並ナナ


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第30話 明かされた秘密②

「そちらの彼女が、コーデリアの娘だというのは分かる。まるで生き写しのように似ているからな。……だが、妹はいつ出産したのだ? それに相手の男は? 私は身籠っていたことすら知らされていないぞ」


その言葉に、エレナだけでなく、ジークヴァルトや王太子も目を見張った。


国王が何も知らなかったとは思いもよらず、衝撃を受けたのだ。


「……ええ、陛下はご存じなくて当然でしょう。なにしろコーデリア様が隠しておられたので。このことを知っているのは――私とシスター・メイベルの二人だけです」


そう切り出すと、総長は当時のことをぽつりぽつりと語り始めた。


コーデリア王女はその頃、身分違いの秘密の恋人がいた。


王女は密かに逢瀬を重ね、やがて二人は一線を越えた。


だがその直後、恋人は亡くなってしまう。


王女のお腹に子を残して。


「――懐妊に気づいたのは、当時王女付き筆頭侍女だったシスターでした」


「コーデリア様はおっしゃったのです。どうしても彼との子を生みたいと。だから秘密にしてほしいと涙ながらに懇願されて……」


総長とシスターが悲しげに目を伏せる。


二人は苦しげに顔を歪めながら、王女を偲ぶように言葉を紡ぐ。


「私どもはその主の思いを汲み、懐妊について口を閉ざしました。……その後、コーデリア様は体調が思わしくないという理由で、王城から離れた静養地へ赴かれ、極秘での出産を計画されました」


「わたしは侍女になる前、助産師をしておりました。その経歴をご存じだったコーデリア様に頼られ、出産に対応いたしました。けれど……無事にお子様をお産みになり喜んだのも束の間。コーデリア様は産後の肥立ちが悪く……お亡くなりになってしまったのです」


二人の言葉の節々からは、主を大切に思っていたことが伝わってくる。


今もなお、王女の死に深く心を痛めているのだろう。


その瞳には隠しきれない哀惜の色が浮かんでいた。


「……なるほど。あの頃、急にコーデリアが静養地にひとりで籠り出したのは出産のためだったのか。病死ではなかったのだな……」


国王は明かされた真実を噛みしめるように頷いた。


当時の王女は実際に衰弱しており、国王も疑わなかったという。


「……それは最愛の恋人を亡くし、コーデリア様が臥せっていらっしゃったからでしょう」


「そうか。……それで、イザーク。一体コーデリアの恋人とは誰だった? お前は知っているのだろう?」


「ええ。陛下も知っている者ですよ。……いや、王太子殿下も、シュタルク長官も、そしてエレナも。皆、その存在はご存じのはずです」


そう言って総長は、全員の顔を見渡した。


いち早くハッと顔を上げたのは、ジークヴァルトだ。


彼はここまでの話からすべてを察し、エレナの手を握りしめる。


(コーデリア王女の秘密の恋人……つまり私の実父ってことよね。私も存在を知ってるって……?)


エレナが小さく首を傾げた直後。


「彼の名は、カシアン」


総長が静かに告げた。


その名は、すぐにエレナの記憶に引っかかった。


そう、総長から見せてもらった資料に綴られていた名前だ。


(ということは、もしかして……)


「彼の別名は、コードネーム・シクタ。――二十二年前、黒鷹会に潜入し、命と引き換えに情報をもたらした男です」


つい最近まで二十二年前の事件と因縁のある騒動を追っていた面々は、息を呑んだ。


シンとその場が静まり返る。


「……カシアンは、私の親友でした。私がコーデリア様の護衛騎士だったからこそ、二人は出会い、惹かれあったのです」


ああ、だからかとエレナは納得した。


総長が二十二年前の事件を詳しく調べていた理由も、インメル王国へ強い感情を抱いていた理由も――親友を亡くした過去にあったのだろう。


「イザーク、最後に聞かせてくれ。……コーデリア亡き後、なぜこれらの事実を今日まで隠していた? そしてなぜ今になって話そうと思った?」


さっきまでとは打って変わって、厳しい面持ちをした国王が、真意を問うように総長を見据える。


王家の血筋を故意に隠していたのだ。


簡単に済む話ではない。


それも承知の上だったのか総長はふっと肩から力を抜くと、束の間、慈愛に満ちた温かな眼差しでエレナとジークヴァルトを見つめた。


その後、再び表情を引き締め、国王に向き直る。


「――それがコーデリア様からの、最後の命令だったからです」


「最後の命令だと?」


「はい。コーデリア様はおっしゃいました。――『この子は、私のように愛する人と結ばれない人生を歩んでほしくない。だから王族として生きさせないで』と」


王族となれば、政略結婚を余儀なくされる。


それを王女は懸念したのだという。


その命令に従い、存在を隠すため、生まれたばかりのエレナを孤児院に託すことにしたらしい。


王女の筆頭侍女だったメイベルは職を辞し、孤児院でシスターをしながらエレナを見守る道を選んだそうだ。


(知らなかった……。私、生まれた頃から、総長にも、シスターにも見守られていたのね……)


温かなものが込み上げてきて、エレナは胸を詰まらせる。


その様子に気づき、ジークヴァルトはエレナの手の甲をそっと指先で撫でた。


二人がそうしている間にも、国王と総長の会話はさらに続く。


「イザーク、なぜ今になって、そのコーデリアの命令を破ったのだ? ……私は真実を知ったからには、それなりの対処をしなければならぬ身だ。彼女はもうただの平民ではいられなくなるぞ?」


「……そうですね、それは覚悟の上です。私がこの話をしようと思った理由は、コーデリア様の願いが叶い、もう隠しておく必要がないと判断したからです」


「それはどういう意味だ?」


「陛下は、シュタルク長官とエレナの関係をご存じで?」 


そう問われた国王は、一瞬二人の方に視線を向け、ニヤリと唇の端を上げた。


「いや、ジークから特に何も聞いてはいないが……先ほどからの二人の様子を見ていれば、察するものはある」


「ええ、おそらくお察しの通りでしょう。コーデリア様の望んだ通り、エレナは自分が選んだ愛する人と心を通い合わせました。そして二人は人生を共に歩む約束まで交わしています。……たとえエレナが王族になろうとも、相手がシュタルク長官ならば問題ありません。逆にエレナに身分がある方が何かと不便がないのではと思います」


そう締めくくると、総長は最後にエレナをまっすぐ見つめた。


その眼差しは、上司ではなく、一人の保護者のものだった。


「エレナ、お前はもう子供ではない。先般も立派に任務をやり遂げた。だから私は、ひとりの大人として、お前には自分の出自を知る権利があると判断した。……今まで隠していてすまなかった」


「いえ、それが王女殿下の……母の望みだったのですから、総長は何も悪くありません。むしろ――私を引き取って育ててくださったことに感謝しています」


「だが、その結果お前を諜報員の道に引きずりこんでしまった……。もっと普通の生き方もできたかもしれないのに」


「総長、私はこの仕事を誇りに思っています。多くのことを身につけられましたし、図らずも父の無念も晴らせたようですし、それに……最愛の人にも巡り会えましたから」


エレナは隣に座るジークヴァルトを見上げ、花咲くような笑顔を浮かべた。


そのエレナの満ち足りた様子に、総長はそっと目を瞑り、瞼の裏に亡き主と友人を思い描く。


いつの日か、天国で二人に胸を張って会えそうだと、口元をゆるりと綻ばせた。





数日後、バスティア王家から三つの公式発表がなされた。


一つ、買収されていた開戦派貴族の爵位剥奪。


二つ、故コーデリア王女の娘の存在公表および王族復帰。


そして三つ、その娘とシュタルク公爵の婚姻。



この発表からさらに数ヶ月後――エレナとジークヴァルトは正式に夫婦となった。


王姪と公爵の結婚は、当初政略だと受け止められた。


だが、二人の仲睦まじい姿はすぐに知れ渡り、多くの者が憧れの眼差しを向けたのだった。


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