第29話 明かされた秘密①
「本当に、私がこんなところへ赴いても……大丈夫なんでしょうか?」
「指定の場所がそこなのだから問題ないはずだ。――行こう」
エレナはジークヴァルトに支えられながら、恐る恐る一歩を踏み出す。
ここは王城の中でも奥深く、王族の私室がある区域だった。
初めて来る場所に、エレナはわずかに身を強張らせ、慎重に歩みを進めた。
そもそもなぜ今、このようなところにエレナがいるのか。
それは数日前に届いた――総長からの手紙が理由だった。
◇◇◇
あのジークヴァルトと想いを交わし合った日。
二人はしばらく菓子店で穏やかなひとときを過ごした。
だが、終わりはやってくる。
エレナに会うために無理を押して帰還したジークヴァルトは、事後対応に当たらねばならなかったし、本調子ではないエレナも体を休める必要があった。
しかし、どうにも離れがたい。
もっと一緒にいたい。
その想いは二人とも同じだった。
そこでジークヴァルトが提案したのだ。
公爵邸で療養生活を送らないか、と。
それならば、忙しいジークヴァルトも無理なく顔を出せるうえ、エレナも公爵家の使用人たちの手が借りられる。
初めは「さすがに、それは……」と難色を示したエレナも、利点を上げて説得され、最終的に首を縦に振った。
しかし、じゃあ今すぐ……というわけにもいかない。
その日は別れ、エレナは本部へ戻ると、総長へすべてを報告した。
ジークヴァルトを本気で好きになったこと。
彼と将来を約束したこと。
これからの療養は公爵邸でお世話になるつもりであること。
これらを包み隠さず打ち明けたのだ。
ただの上司であれば、ここまで全部を話す必要などなかっただろう。
だけど、総長は上司であると同時に、エレナにとって養父みたいな存在だった。
(また反対されるかな……?)
「本気でないなら距離を置け」と忠告された時のことが頭をよぎる。
だが、この日の総長は様子が違った。
話を聞き終えると、目を閉じ、目頭を押さえた。
「……総長?」
「……ああ、悪いな。少々思うところがあってな。――とりあえず、お前の気持ちは分かった。療養期間を長官の邸宅で過ごすことも問題ない」
さっきのは見間違いだったのかと思うほど、すぐに総長はいつも通りに戻った。
そして今回は何の苦言を呈することもなく、あっさりと認めてくれたのだ。
そうしてさっそく翌日から公爵邸に赴くことになったのだが――エレナは思いのほか大歓迎を受けた。
特にジークヴァルトを幼少期から知るという、家令のウォルターと、乳母のマアサの喜びようは凄まじかった。
「おぉ、なんと! 婚約者がご滞在になると聞き及んでおりましたが、ジーク坊ちゃまの妄想ではなかったのですな! これはめでたい!」
「ええ、本当になんて喜ばしいことでしょう。ジーク様にこんなにも可愛らしいお嬢さんが寄り添ってくださるなんて。さぁさぁ、どうぞお入りくださいな」
「爺、マアサ……」
共に出迎えてくれたジークヴァルトがたじたじになっている珍しい姿に、エレナは思わず目を丸くした。
けれど、彼の新たな一面を垣間見れて胸が甘く高鳴り、気づけば緊張がほぐれていた。
その後の公爵邸での生活も、ウォルターやマアサが細やかに気をかけてくれたおかげで、実に快適だった。
エレナは日に日に元気を取り戻し、腕の三角巾が外れ、杖なしでも歩けるほどに回復した。
まさにそんな頃のことだ。
エレナとジークヴァルトの両名宛に、総長から一通の手紙が届いたのは。
その内容は――二日後の夜、国王陛下の私室に二人で来てほしい、というものだった。
◇◇◇
「用件は書かれていませんでしたけど……なぜ私まで呼ばれたのでしょう? 任務というわけでもないんですよね?」
「私は何も命令していない。おそらく任務とは関係のないことだろうが……正直、私にも想像がつかないな」
あの手紙は間違いなく総長の直筆だった。
だからこそ従って来たものの、二人はまったく用件に心当たりがなく、困惑を顔に滲ませている。
そして指定の場所へ入ると、その戸惑いはさらに深まった。
(えっ、あそこに座ってるのって、総長と……国王陛下!? しかも王太子殿下まで!?)
場所が場所だから「まさか」とは思っていたが、そのまさかだった。
威風堂々とした壮年の男と、その面影を残す穏やかな青年が、総長とともにソファへ腰かけている。
「ああ、ジーク。お前もイザークに呼ばれたんだったな。……ん? 連れがいるのか?」
部屋に入ってきたジークヴァルトに顔を上げた国王は、続いて視線をエレナに向ける。
その瞬間、彼は目を見開き、ガタッと勢いよく立ち上がった。
(えっ、何……!?)
自分を見て言葉を失った国王に、エレナはパチパチと何度も瞬きを繰り返す。
「イ、イザーク、もしや話というのは……」
「陛下、順を追ってすべてをお話いたします。シュタルク長官たちも、そちらへお座りください」
声を上擦らせる国王をいなし、総長はジークヴァルトとエレナを席へ促した。
言われた通りに腰を下ろすも、自分だけ場違いなところにいるような気がして、エレナはどうにも落ち着かなかった。
とりあえず、いつもの癖で部屋全体に視線を走らせる。
(あら? もう一席空いているということは……)
そう思った刹那、部屋の扉が開く。
どうやら総長によって呼び出された、最後のひとりがやって来たようだ。
「遅かったですね。――シスター・メイベル」
現れたのは、深い皺を刻んだ優しい顔立ちの老女だった。
エレナは咄嗟に声を出しそうになり、慌てて手で口を覆う。
(な、なんでシスターが!?)
総長に促されて席についたシスターから、エレナは目が離せなかった。
彼女はよく見知った人物だ。
なにしろ、このシスターこそ、エレナに菓子作りを教えてくれた人なのだ。
(一体、今から何が始まるの……?)
これで全員が揃ったようだが、この顔ぶれを集める意図が読めない。
エレナは瞳を揺らしながら、総長を見つめた。
「では始めましょう。本日は皆様に、私から大事な話があります。それはこちらにいる――エレナの出生の秘密についてです」
「えっ!」
声を発したのは、名指しされたエレナである。
他の者は察していたのか、知っていたのか、皆軽く頷くだけだった。
(私の……出生の秘密って、どういうこと!?)
動揺を隠せないエレナの手に、そっとジークヴァルトの大きな掌が重なった。
彼は「大丈夫、私が傍にいる」と視線で伝え、エレナの手を優しく握る。
その温もりにどうにか冷静さを取り戻したエレナは、こくりと頷いた。
その様子にいつになく優しげに目を細めた総長は、エレナを見据えて口を開く。
「……エレナ、お前を孤児院から引き取る前の私について、今まで話したことはなかったな」
「……はい」
「私は影の一員になる前は……王女付きの護衛騎士だった。王女コーデリア様が私の主だ」
「コーデリア王女殿下とは……」
「王族の系譜を頭に叩き込んだお前なら分かるだろう? ――そう、こちらにいらっしゃるレオポルド陛下の妹姫だ」
国王が肯定するよう深く頷く。
総長が言った通り、影として王族の家系図についても把握しているエレナは、その名前を聞いてすぐに気づいた。
(その王女は、若くして亡くなられているはず……)
そこまで考えて、話の流れからある可能性に思い至り、エレナはわずかに体を揺らした。
「気づいたようだな? そうだ、お前は亡きコーデリア様の……唯一の忘形見だ」
「……!!」
明確にそれを総長から告げられ、エレナは言葉を失った。
あまりに突拍子もない内容で、到底すぐには信じられない。
(私が王女様の娘……? なら私は、陛下の姪で、王太子殿下の従姉妹ということ!?)
でもそれならば、なぜ王女の兄である国王は、エレナの存在を知らないのか。
先ほど驚いていたのはそのせいだろう。
エレナの脳裏にそんな疑問が浮かんだ、ちょうどその時。
ここまで口を閉ざして耳を傾けていた国王が、総長に問いかけた。




