#1静かな日常
※理解できない相手と、離れられない話です。
アストラ王国最大の港町、マレディア。
海の向こうから、人も、物も、噂も流れ込んでくる場所だ。
貿易の拠点であるこの地には、外国から色々な人や物が集まってくる。
その日、僕はカライス君と予定を合わせて、またマレディア港へ薬の材料を物色しに来ていた。
ここでは外から入ってくる珍しい薬草や、魔物の素材をたくさん見つけることができる。
ここで大量に材料を仕入れ、家に帰って実験する流れが僕の日常であり、楽しみとなっていた。
そして、もう一つの楽しみが、作った薬を実際に使ってみることだ。
「カライスくん。今日は、『風向きが感情で感じ取れる薬』を飲んでみたんだ。」
「……風を、感情で?」
「うん。……今日は北風が不機嫌だね」
「……風だろ」
そんな話をしていると、ポツリ、ポツリと雨が降ってきて、あっという間に大降りになってしまった。
店に入って雨宿りしようと思ったけど、皆考えることは同じらしく、どの店もいっぱいだ。
とりあえず、道の途中にあった大きな木の下に入って雨宿りする。
「さっきまでいい天気だったのにねぇ」
「そうだな……。ハルモン、『雨に濡れても風邪を引かない薬』とかはないのか?」
「ないなー。『雨に濡れても、寒さを感じない薬』なら作れるかも」
「……それ、結局風邪引くんじゃないか?」
「言えてる」
しばらく二人で黙って雨を見る。
ふと、カライス君が口を開いた。
「俺の家が近くにある。雨が収まるまで寄って行くか?」
「あ、そうなの?助かるよ〜!ありがとう!」
カライス君は「こっちだ」と言うと先に走り出す。
僕は外套を深く被り、先に行くカライス君の背中を追いかけると、本当にすぐに到着した。
石材と木材を組み合わせて作られた、小ぶりな民家だった。
カライス君は素早く鍵を開け、扉を開くと、僕に先に入るよう促した。
「カライス君悪いね、お邪魔しま――」
家の中の様子が目に入った瞬間、僕は驚いて言葉を失った。
きれいに整った部屋の中に、若い女性の姿があったからだ。
カライス君と何度か行動を共にしたが、彼から女性の話は一切聞いたことがなかった。
だが状況的に、彼女はカライス君の恋人か奥さんで間違いなさそうだった。
そして女性は、突然の来客にも全く驚いた様子がない。
「エルナ、雨が止むまでハルモンを匿うことにした」
「そうなのね。……ハルモンさん、はじめまして。急な雨で大変でしたね。あ、外套預かりますよ。帰りまでに乾くように、暖炉の近くに干しておきますね」
「あ、ありがとう……」
固まる僕を見て、カライス君は言う。
「そういえば、話したことなかったな。あいつはエルナ。幼馴染で、一緒に住んでる」
「そうなんだ。……恋人?奥さん?」
「まだ結婚はしてない」
まあ座れ、と促され椅子に腰を下ろす。
何気なく見渡すと、生活に必要な実用的なものだけが置いてある。
簡素で飾り気のない、カライス君らしい部屋だと思った。
暖炉で薪が燃える音と、雨の音だけが、この家の静寂を包んでいた。
台所に立っていたエルナさんが、お茶を持ってこちらに来て、テーブルに置いた。
「よかったらどうぞ。……カライス、さっきミラがうちに来てね、店が忙しいから手伝ってくれって。ちょっと行ってくるね」
「わかった。……店まで送ろうか?」
「ありがとう。でも大丈夫。ハルモンさん、私はこれで。ゆっくりしていってくださいね」
エルナさんはそう言って微笑むと、外套を羽織り出かけて行った。
カライス君が、ふと何かに気づいたように台所に向かい、小さな紙切れを手に取った。
サッと目を通すと、クシャッと丸めて屑籠に放る。
丸めた紙は、きれいな放物線を描いて籠の中に収まった。
「店を手伝うから、昼飯が要らなくなったそうだ。ハルモン、一緒に食っていくか?」
「え?」
「二人分あるから、さすがに俺一人では食い切れん。手伝ってくれ」
エルナさんが作ってくれた料理を、温め直して二人で食べる。
野菜と魚介を使ったブイヤベースのスープと、こんがり焼いたバケット。
素朴だけど、味の相性は抜群。
王都の自宅では食べられない料理だ。
何も言えず感動していると、カライス君が口を開く。
「そういえばお前、都会の人間だったな……。口に合うか?」
「……と、とんでもない!美味しいよ、すごく。感動しちゃってた」
「そうか」
時々短い会話を挟みながら黙々と食べ終わり、空になった食器を台所に片付けた。
「……天気は相変わらずだな。ハルモン、この後どうする?」
「そうだなぁ……。止みそうにないし、今日はもう諦めようかな。一旦宿に戻って――」
そのとき、外でラッパが鳴った。
ほどなくして、部屋の戸を叩く音がした。
カライス君は干してあった外套を手に取る。
「ハルモン、すまんが招集のようだ」
「そのようだね。……今日はこのまま退散するよ」
僕も立ち上がり、干してあった外套を手に取って羽織る。
街頭は暖炉の火で暖まっていたが、まだ少し湿っていた。
「また連絡するよ。それじゃ、ご武運を」
「ああ」
カライス君と短く挨拶を交わす。
激しく降り注ぐ雨の中、それぞれ目的地へと急いだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
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