「通行の邪魔だ」
※理解できない相手と、離れられない話です。
俺の人生は、この男に壊される。
相手は、未来を外さない魔導士だった。
……もっとも、その頃の俺には、ただの危なっかしい変人にしか見えていなかったが。
——それでも、なぜか離れられなかった。
アストラ王国は、大陸の半島に位置する国だ。
その東に位置する港町——マレディア。
僕は、薬作りに使える珍しい材料を求めて、数日かけてこの街へやってきた。
住宅が立ち並ぶ区画を通り抜けて港に向かうと、立派な帆のついた船が見えてきた。
思わず近づいて、その形や造りを観察する。
普段住んでいる王都も海に接しているので、時々船を目にすることはある。
でも、こんなに近くで見たのは初めてだった。
(すごいな、これで海を渡るのか)
しばらく眺めていたら、少し離れた位置で数人の人が立ち止まり、ヒソヒソと話し出す。
皆、こちらを見ていた。
(……これは、あまりぼんやりはしていられないかも)
僕は視線を下げると、その場からそそくさと立ち去った。
港に接した市場は、たくさんの人でごった返していた。
人の間を縫うようにして歩き、並べられた商品を確認していく。
(あ)
香草を置いている店を見つけ、歩み寄る。
並べられた品々は、王都の店では見られない珍しいものばかりで、ちょっと興奮した。
(もっと大きい鞄を持ってくればよかったな……)
僕は並べられた品々の中からいくつか手に取り、視線を上げた。
「こんにちは。これでいくらになりますか?」
商品を手に、店主に尋ねる。
しかし、目が合っているのに返事が来ず、沈黙が流れた。
(……あれ、聞こえてない?)
「あのー」
もう一度声をかけてみる。
すると店主は慌てた様子で「は、はい!?すみません、何か言いました?」と返事をした。
「ええと……」
もう一度口を開くと、後ろを通りがかった人たちが立ち止まり、ヒソヒソと話し出す。
「きれい……」「女の人?」などと話す内容が聞こえてくる。
(……まずいかも)
一旦その場を立ち去ろうかと思ったその時、小さな悲鳴が聞こえた。
何かが地面に落ちるような物音がして、空気がざわつく。
とっさにそちらを向くと、数人の男たちが近づいてきた。
粗暴な雰囲気で、僕の顔や首元をジロジロと見てくる。
商品を置いて立ち去ろうとしたが、取り囲まれて逃げ道を塞がれた。
「あんた……ちょっとこっちに来いよ」
そう言って、腕を掴まれる。
(……まずい。どうする?)
声を上げるべきか迷ったが、かえって事を大きくする気がして、口を閉ざした。
僕が抵抗を試みようとしたそのとき。
「おい、通行の邪魔だ」
振り向くと、背が高く大柄の男がいた。
僕の周りを取り囲んでいた粗暴な男たちは、その姿を見て後ずさる。
「おい、まずいぞ……。あいつは"森を歩く災い"を一人で倒したって有名な……!」
「まさか、『獣哭のカライス』か!?」
そう言うと、男たちは怯えたようにすぐ逃げ出した。
大柄の男は、「全く……」と深く息を吐き、走り去る男たちを見ていた。
僕は彼に近付いて、軽く頭を下げる。
近づくと、本当に背が高い。
僕もそんなに小さくはないはずだけど、見上げる形になった。
「助かりました!ありがとう」
すると、彼は少し驚いた顔をした。
「別に。……お前、男なんだな」
その言葉に、思わず苦笑いしてしまう。
「……それ、よく言われるよ」
大柄の男は「気をつけろよ」と言い残すと、スタスタとその場を立ち去って行った。
僕は、その後ろ姿を少しの間眺める。
彼は、周りの人たちと比べて、頭ひとつ分くらい背が高い。
無駄のない歩き方で、その立ち振る舞いだけで強そうに見えた。
(すごいな……。騎士、とかなのかな)
彼は歩きながら、通行人や店の人と会釈したりもしている。
たぶん、この街の人間なのだろう。
小さく息を吐く。
(……ちゃんとここに来た目的を果たさないとね)
僕は気を取り直し、薬の材料探しを再開した。
市場を騒がしていた海賊を追い払った後、俺は予定していた買い物を済ませ、家に帰ろうとしていた。
すると、市場の方から悲鳴や罵声が飛んできた。
「……一体何の騒ぎだ」
今日は非番なので行く必要はない。
だが、もはや諍いを仲裁することは習慣になっていた。
道の途中、知り合いを見つけて声をかける。
「何があった?」
「ああ、カライス!何でもすごい美人がいるって聞いて見に来たんだ」
「……まさか……」
そのまさかだった。
ついさっき、海賊に絡まれていた“女のような顔をした男”が、今度は街の女たちに取り囲まれている。
「……おい。お前たちいい加減にしろ」
低い声で睨みをきかせると、人だかりはすぐに消えた。
まるで、蜘蛛の子を散らすかのようだ。
真ん中にいた男は、先ほどよりも服が乱れており、後ろで纏められた金髪も、ゆるんでほどけかけていた。
近づいて、声をかける。
「……おい。行くぞ」
男はきょとんとして動かない。
俺は男の腕を掴み、そのまま商店街を通り過ぎて街の出口の方へ向かう。
「あの….…どこへ……?」
「人目のないところへ行く。……少し黙ってろ」
先ほど助けてくれた大柄の男にまた助けられ、腕を引かれていく。
そのまま街を出て、森の中へ連れて行かれた。
力が強く、全く振り解けない。
(どこに連れていかれるんだろう……)
僕の不安とは裏腹に、連れてこられたのは、見晴らしの良い丘の上だった。
その場所からは、街と港、そして海を一望することができた。
心地の良い風が吹いて、胸のつかえが解けていく。
「……あの、また助けてくれてありがとう」
「別に。ただの習慣だ」
習慣。
そうなのかもしれない。
だけど、僕はその言葉の中に、彼の優しさを感じずにはいられなかった。
「……あのさ」
海を見ていた彼が、ちらりとこちらに目を向けてくる。
「僕、顔が目立つんだよね。だからいつも絡まれて大変なんだ。……ここへは、買い物しにきただけなんだけどね」
彼は、僕のことを他の人達みたいにジロジロ見てこなかった。
だからなのか、つい気が緩んでそんなことを言ってしまった。
言ってから少し不安になって、彼の顔を覗き見る。
でも、彼は表情一つ変えない。
「それは災難だったな」
それだけ。
ほっとして、つい笑顔になってしまう。
「……君が一緒にいてくれたらはかどりそうなんだけどな。今日だけ護衛してくれない?」
なんて冗談ーーと言いかけたところで、彼からの返答は予想外のものだった。
「別に構わん。今日は非番で、用も済んだところだ」
「ほ、ほんとに!?」
「……このままお前を放置したら、またあちこちで騒ぎが起こるのは目に見えている」
彼は、「さっさと済ますぞ」と言い、丘を下っていく。
僕は慌ててその後ろ姿を追いかけた。
「へぇ、やっぱり君は騎士なんだね。さっき初めて会った時、強そうだなって思ったんだ」
「……別に大したことじゃない。たまたま、他のことより剣が得意だっただけだ」
お互いのことを話題に、雑談しつつ港の市場を見て回っていた。
……この男、見た目は大人しそうな風貌なのだが、口を開くとよく喋る。
「……あ! これ探してたんだ! 今作ってる『集中力が散る煙』にも使えそう」
「集中力が散る……? 何に使うんだ」
「思考が横道に逸れるようになるから、逆の薬を作る前段階になるかと思って。まだ使い道は決めてないけど」
俺は、何て返していいか分からず黙った。
今日、ここまで同行したことで、この『女のような顔をした金髪のとても目立つ男』はハルモンという名であること。
そして、薬作りや呪いを生業とするいわゆる『魔導士』で、王都から薬の材料を求めてこの街を訪れていたことが分かった。
あと、真面目な顔でよく分からないことを考えている奴だということも、分かった。
しばらく連れ回され、ようやく買い物が終わったらしい。
こちらへ向くと、ハルモンはにっこり微笑んだ。
「今日は本当に助かったよ! …はい。これ今日の護衛の報酬」
そう言うと、皮の巾着袋から銀貨を取り出し、こちらの手に押し付けてきた。
「報酬?後ろに立ってただけだぞ」
「それでも助かったから受け取って。……ねえ、この街に来た時は、またお願いしてもいい?」
その言葉に、少し黙った。
でも、断る理由も思いつかなかった。
「ああ……非番の時ならな」
「ありがとう! ……あ、あとよかったらこれもいる?『声が一音だけ低くなる薬』なんだけど」
「……なぜ」
「君が、今よりもさらにカッコ良くなるかと思ってさ!でもまあ、効果は一時間くらいしか保たないんだけどね」
「俺の声で遊ぼうとするな」
この出会いの後、街ではこんな噂が聞かれるようになった。
「この前、市場であの『獣哭のカライス』がものすごい美人を連れて歩いてたって話、聞いた?」
「ずいぶん絵になる組み合わせだったらしいよ」
俺は、すべてを聞こえなかったことにした。
その後、ハルモンは数ヶ月に一度、カライスの住む街を訪れるようになる。
彼は人目を避けるために宿を隣町に取り、さらに顔を半分ほど覆うフードが付いた外套を身につけるようになった。
そのため、前ほど目立つことはないと思うのだが、俺は相変わらず『護衛』として彼の後ろに立っている。
その日も、ハルモンの作る『意味があるのかないのか分からない薬の話』を聞かされながら、港の市場を連れ回された。
そしてその帰り際。
「今日は君にプレゼントがあるんだ」
ハルモンはそう言うと、大きい鞄を地面に置いた。
ゴソゴソと、手探りで何かを取り出そうとしている。
「……プレゼント?」
「うん。しばらくここに通ってて思ったんだけど、せっかく来るなら、事前に君の非番の日を知りたいなーと思ったんだ」
そう言うと、鞄の中から手のひらに乗るくらいの青い石を取り出した。
「それ……魔道具か?」
「うん。これは《連結子》って言ってね、最近開発されたやつなんだ。遠くにいる人と会話ができるよ」
「遠くにいる人と、会話?」
「そう。僕も同じ物を持ってるんだ。相手からこの道具で連絡が来ると、少し光って温かくなる。手に乗せたら、もう喋れるからね」
「なるほど……?」
「これ、材料が貴重でけっこう珍しい品物だから。大切に扱うように! ……それじゃ、またね!」
「あ、おい……」
ハルモンはこちらに手を振ると、フードを深く被り直して行ってしまった。
俺は、押し付けられたそれに視線を落とす。
(流れで受け取ってしまった……)
事前に連絡を取れるのはたしかに便利だろう。
……いや、便利とは……?
少し考えたが、俺はハルモンの話を否定できなかった。
俺は息を吐くと、それをポケットにしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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