#8隠し事
ハルモンが夜中に吐いてから三日が経った。この三日間、俺は極力ハルモンから目を離さないようにしていた。ルーカスから寝かせておけと言われていたのもあるし、また隠れて何か危険なことを始めるかもしれないと思ったからだ。
研究の邪魔をしたら、追い出されるかもしれない。そんなことを思ったこともあったが、実際に追い出されることはなかった。ハルモンは、側から動かない俺のことを見て、「ライ君、なんだかルーカスみたい」と少し笑った。笑ったのはその一度きりで、あとはずっと俺に背を向けて寝ているだけだった。
ずっと寝ていた甲斐あってか体調は戻り、食事も取れるようになった。今日から、ハルモンは研究所に復帰する。
いつもより早く家を出て、早くに研究所に着いた。魔法薬学室の扉を開けると、まだ誰も来ていない。いるのは、部屋の奥のルーカスただ一人だった。
ルーカスはこちらに目を向けると、立ち上がって歩み寄ってくる。ハルモンはルーカスを気にすることもなく自分の席に向かい、机の上に荷物を置いた。
ハルモンが鞄からノートを取り出したり、作業の準備をしたりしているところをルーカスはしばらく見つめていた。やがて、静かに口を開く。
「ハルモン。お前、やってるな?」
ハルモンは、準備の手を止める。少し間を置いてから、「何のこと?」と言った。ルーカスは鼻で笑う。
「私の目を誤魔化せると思っているのか。お前は、『魔力増幅薬』の副作用が強いものを自分の体に使い続けている。……そうなんだろう」
ハルモンは何も言わない。黙って、ただ自分の手元を見つめていた。
ルーカスは少し考えてから、再び口を開く。
「以前、個人的に使いたい用事があると言っていたが……一体何が目的だ。お前が趣味で研究をするのはいつものことだが、今回の件は度を超している。なぜ、研究所の設備の外で研究を続けているんだ」
ルーカスの問いに、ハルモンは答えない。黙ったまま、ぎゅっと拳を握った。
「……もしかして、繋ぎ手様の代替の方法を探っているのか」
ハルモンは少し目を丸くして、ルーカスの方に目を向けた。
「ルーカス……知ってるの?」
「ああ。繋ぎ手様の治癒が受けにくくなってきているという話を聞いた」
「……ああ、うん。僕も聞いた」
「やはりそうか。それでお前は、適性以外の魔法を使う方法を探ろうと考えたのだな」
「うん……。ただでさえ魔物の被害が増えているのに、人々が治癒を受けられなくなれば、各地で混乱が広がることになる」
ハルモンの言葉に、ルーカスは深く息を吐く。
「……事情は分かった。だが、これ以上個人でやろうとするな。これは、この国全体の問題だ。お前一人で抱えるものではない」
「そう……かもしれないね」
「お前が開発した魔力増幅薬のさらなる改良を、室全体で進める。……もしくは、全く別の方法が見つかるかもしれん。私の方でも手を回しておく。……一人で突っ走るなよ」
「……分かったよ」
ルーカスが奥に戻っていく。ハルモンはすとんと椅子に腰を下ろし、しばらくの間無言で座っていた。少しして、手を動かし始める。
魔法薬学室の扉が開き、他の魔導士たちが続々とやってくる。今日も、いつもの研究所の一日が始まった。
俺は壁際に立ったまま、先ほどの二人の話を思い出していた。
ハルモンは、ルーカスに本当のことを言わなかった。繋ぎ手はもう三人しかいないことも、教会の本当の役目も。
たぶん、もう時間がない。国で研究を進めていても間に合わないだろうとハルモンが考えていることは、容易に予想がついた。
それに、隠し事をされているのは自分だけではない、ということも分かった。そもそも、ハルモンは誰にも核心を渡さない。一人で抱え込むやつだったんだ。
研究所での時間は、いつも通り過ぎていった。夕方になり、ハルモンと二人で帰路に就く。
帰り道は、静かだった。王都の夕方の喧騒の中、ただ黙々と家に向かって歩いていく。
途中、横からハルモンの顔を覗き見てみる。今日のハルモンは、表情が読めない。まっすぐ前に向けられた目は、冷たくもないけれど、温かくもない。
本当に、何も読み取れない。何を考えているのか分からない。ハルモンは、こんな顔をしていただろうか。
あの日から、ずっと隣にいる。この三日間は特に、片時も離れず側についていた。それなのに、俺はこいつのことが分からない。
今が、今までで一番遠い。そんな気がしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『選ぶということ』。
来週月曜日の11時に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




