第六十七話
伸ばした先さえ見えないぐらい深い霧の中に二人の姿があった。
「ちょ……早いって、トンマーゾさん。足元見えないんだから。って、よくこんな中普通に歩けるね?」
「俺には霧なんて見えないからな」
「何それ」
「それより手を離すなよ。一生彷徨う事になるぞ」
「本当にこんな魔術があるなんて……」
ぶつぶつと文句を言いつつ、しっかりとトンマーゾの背中を掴むエイブ。
「ついたぞ」
「え? ……眩しい」
一瞬で霧が晴れ、太陽の光が差し込み眩しい。目がなれ見えた目の前には屋敷が建っていた。
「今度はここに隠れ住む訳?」
「あぁ。やっと霧の魔術が出来上がったんでな」
トンマーゾはそう言うと、ドアを開け建物中へ入って行く。それにエイブも続いた。中に入ると直ぐにドアがあり、その先は居間になっているのか広い。左手にキッチンがあるようだ。右手には階段があり二階へと続いている。
その二階へと足を運ぶ。
二階は左右に三つずつドアがあった。
「手前の右が俺の部屋。お前の部屋は俺の向かいだ。基本的にドアには鍵はかからない」
「そう。今までと変わらないってことね」
「だな。それとこれ」
トンマーゾは指輪をつまんで見せた。
「あの霧を抜けるアイテムだ。無くすなよ」
「あのさ。普通抜ける前にくれない?」
「一度、深い霧を体験させてやろうと思ってな。思いやりだよ」
「どこが!」
トンマーゾは、文句を言うエイブの手の平に指輪を乗せた。
「でだ、この近くをティモシーが通りそうだから迎えに行ってこい」
「なんで、俺? 自分で行けばいいだろう。俺、魔術使えないというのに……」
「お前のいう事なら聞くだろう? 多分一人だと思うし」
「そこまでわかるの!?」
トンマーゾはニヤッとする。
「わかる訳ないだろう。今、ルーファス王子はヴィルターヌ帝国にいるという情報が入っている。俺の勘だがあの魔術師の王子も一緒だろう。だから一人。さっさと行って来い」
「わかったよ……」
ルーファス王子が出掛けているのならランフレッドも一緒だろう。そしてレオナールがそれに同行しているのならブラッドリーも一緒かもしれない。そう仮定するとティモシーは今一人で行動しているだろうという事だ。
「この予測が外れたら俺、魔術師の王子と鉢合わせになるんだけどなぁ」
ため息をつきつつエイブは指輪をはめ、今来た道を戻って行く。トンマーゾが言っていた通り、指輪を付けていると霧は見えない。
「さて、ティモシーさんはどっちから来るかな?」
精神体でなくとも、ある程度の距離ならいる方向はわかるのだった。
「こっちか……これ、歩きじゃないんじゃ……。馬車だったらどうするんだよ」
よく考えれば、馬車の可能性の方が高い。もしそうだった場合は、盗賊の様に襲わないといけないのだろうかと、またため息を漏らすのだった――。
◇ ◇ ◇
「ティモシーちゃん、ちょっとここいらで休憩いいかな?」
「え?」
ティモシーは声を掛けて来た中年のおじさんに振り向いた――。
彼は、途中からティモシーを乗せてくれた商人だった。
王宮を出たティモシーは、自分が生まれ育ったモニ村に向かうつもりだったが、村までの馬車は小さな村だった為なかった。取りあえず近くまで行く馬車に乗り、降りた町で一泊する。
次の日、仕方なく徒歩で向かっていると声を掛けられ、村まで行きたいというと連れて行ってくれると言う。下心ありで言われているのはわかっていた。ティモシーは、初めてそれを利用しようと思った――。
そして今、相手はティモシーに襲い掛かろうとしている。だが予想していたのとは違っていた――相手はナイフで切りかかって来たのである!
咄嗟に避けるも右肩らへんに激痛が走る。慌てて荷馬車の座席から降りた。
(なんで?! どういう事?)
再び襲い掛かって来る相手の腹に蹴りを入れるもティモシーも倒れ込む。
(……体に力が入らない)
ティモシーは上半身を起こすも相手は立ち上がる所だった。と、突然辺りが煙に包まれる!
ドサッと倒れる音が聞こえ、誰かが近づいて来る気配がする。
(逃げないと……)
「ティモシーさん、起きているよね? 行くよ!」
ガシッと右手を掴まれ引っ張られるように走り出す。右腕に痛みはあるものの鈍い。
(エイブさん……?)
さっきのは黒い石なのか? と考えていると森の中へ入って行く。森に入ったはずなのに辺りは白くもやがかかり、ティモシーは体が痺れてただ引っ張られて進んでいる感じだった。
「エイブさん……」
(俺、死ぬのかな……)
ティモシーは倒れ込んだ。
自分はあの時に刺され、夢でエイブに会っているとティモシーは思っていた。そしてそのまま気を失う。
「ちょ……ティモシーさん?!」
エイブは慌ててティモシーを抱き起すもぐったりしている。
「マジ?! そんなに出血多くないのに!」
エイブは焦る。まだ完治していない彼には、ティモシーを抱きかかえ運ぶだけの体力がなかった。そして、霧の中だとはいえさっきの男が襲ってこないとも限らない。トンマーゾを呼びに行きたいが、ティモシーを一人残して行くわけにもいかない。
「どうしたら……」
ガサッ。
後ろから人の気配を感じエイブはハッと振り返った!
「お前はティモシー一人も満足に連れ帰られないのかよ……」
「トンマーゾさん!」
ため息をしつつトンマーゾは、片膝をついたと思ったらティモシーを肩に担ぎ立ち上がる。
「何をしている。行くぞ」
「え? あ、うん……」
トンマーゾ達は隠れ家に向かった――。
ティモシーが目を覚ますとそこは見た事がない部屋だった。
(あれ? 俺、生きてる?)
体を起こそうと手に力を入れると、右肩付近に激痛が走る。
「っいった……」
前襲われた時の傷がと思ったが、反対側の肩の下らへんに包帯が巻いてあるのに気が付き、商人に切りつけられた事を思い出した。
左手だけで体を起こし、辺りを見渡す。
ベットが二つ。それ以外にあるとすれば、ベットの間にテーブルがありそこに照明が置いてあるだけ。
窓からは森の木しか見えない。
病院でもなさそうだと思った時、ドアが開いた。
「ティモシーさん起きた? 起き上がって大丈夫?」
「エイブさん!」
「おぉ、起きたか?」
声を聞きつけたのかトンマーゾも顔を出す。
(トンマーゾさん! じゃここは、魔術師の組織のアジト!)
「エイブさんが生きてた! よかったぁ!」
「何言ってるの? それはこっちの台詞だよ」
「お前、殺されかけたんだぞ」
それを聞きハッとする。途中から記憶が曖昧だが、商人に切り付けられた事は事実だ。
「トンマーゾさんにまた助けて貰ったんだ、俺……」
「トンマーゾさんって、助けたの俺だけど、覚えていない?」
エイブは不服とばかりティモシーに言う。
(あれは夢じゃなくて現実!?)
エイブに手を引かれ走った事は夢だと思っていた。でも不思議な事に森の中を走った記憶がないのである。
「えっと。ごめんなさい。記憶が曖昧で……。助けてくれてありがとう」
「まあ、痺れ薬がナイフに塗られていたみたいだからな。少しでもタイミングがずれていたらお前は刺されて死んでいたな」
体が動かなくなったのは、痺れ薬のせいだったのかとティモシーは納得する。
「俺がいう事じゃないけど知らない人について行っちゃだめだよ。相手は下心があって誘っているんだから。男だと気づけば、そりゃ逆上もするよ」
「え?! 俺、気づかれたから襲われたの?」
大抵の者は、ティモシー自身が男だと言った所で信じない。何故バレたのだろうと凄く驚いた。
「多分違うだろうな。あいつは身分を証明する物を持っていなかった」
腕を組み壁に寄しかかり、相変わらず偉そうにトンマーゾは言った。
「何それ。俺を見張っていたわけ?」
「一応な。一緒に逃亡の恐れもないとは言えないしな」
「ふ~ん。まあ、いいや。疑われているのは前からだし。ところでさっき、また助けてもらったって言っていたよね? 襲われた事あったの?」
エイブは、ジッとティモシーを見つめる。
「えっと……」
「どうやらハルフォード国に狙われているらしいな。何故狙われているかは知らないがな」
「嘘。知っている癖に!」
ティモシーは俯いて叫び、その後トンマーゾを睨んだ――。




