第六十八話
ティモシーが睨み付けるが、トンマーゾはそんな事では動じない。
「ハルフォード国になんて持ち掛けたの! この組織が母さんを必要としている事がわかって俺達は命を狙われているんだ!」
それを聞いたトンマーゾは眉を顰める。
「誰がそんな事を言ったんだ? 詳しくは知らないが手を組もうと持ち掛けただけのはずだ。何故それがそうなる? 大体お前の母親が生きている事など知らないと思うが?」
トンマーゾにそう言われティモシーはハッとする。
命を狙って来るのは、ハルフォード国とヴィルターヌ帝国だとミュアンが言った。そして、本当にハルフォード国が襲ってきた。だから彼女が言っている事は本当だと思ったのだ。だが、本当に襲って来るとは思わなかったとも言っていた。
もし襲って来る事が嘘だったとしたら? 自分をどこかに連れて行こうとしていた? それとも刻印があったとしても居場所がバレれない方法でもあったのだろうか?
しかし、ミュアンが言った事が嘘だった場合、自分達が狙われた理由がわからない。別な理由とは何か?
「何それ……トンマーゾさんに聞けば、少しはわかるかもと思ったのに……」
「お前……俺に会う為に王宮出て来たのか?」
少し驚いたようにトンマーゾは言う。彼の言う通りティモシーは、ミュアンと会えなくともトンマーゾは現れるだろうと考えていた。
ミュアンが話してくれないのであれば、追っている本人から聞き出そうと思ったのだ。
「そうだよ。母さんは殆ど何も話さず、語った事さえ嘘だったみたい……。もしハルフォード国が俺達を狙う理由が組織と関係ないならば、一体何故狙われているかという疑問もあるけどね。ねえ、どんな理由で母さんを追っているの?」
「お前、ギブアンドテイクって言葉知ってるか?」
ため息交じりにトンマーゾは返す。
「………」
ティモシーは黙り込む。トンマーゾの言いたい事もわかるが、ティモシーが協力できる事などない。
そしてする気もなかった。助けてもらった事には感謝してはいるが、母の敵だとも聞いている。色々悪い事をしている事も知っている。
ティモシーには、レオナールのように言葉巧みに聞きだす術など持ち合わせていない。
「ねえ、ティモシー。この組織に入ったら?」
「え?」
エイブの言葉に驚いて彼を見た。前にエイブはこちら側には来るなと言っていた。皇帝を助け出したら組織を抜けるとも言っていた。
「な、なんでそんな事……」
「状況が変わったからかな? ここに居れば君は安全でしょう? 命狙われているんだよね?」
ティモシーは心が揺れるもランフレッド達の言葉を思い出す。エイブに騙されている。だとしたら、皇帝を救い出したと言ったあれも嘘なのだろうか? もしそうだとしたら、大変な事になる。レオナール達はヴィルターヌ帝国に向かったのだから。
「ねえ、前に言った皇帝を助け出したって言った事は本当だよね?」
「君はもう……。それ、今聞いちゃうの?」
本当であって欲しいと懇願するように聞くと、深いため息と共にエイブは言った。
「あ……」
ハッとしてティモシーは、トンマーゾを見た。もし本当に助け出していたとして、その犯人がエイブだと教えた事になるからである。だがトンマーゾは驚いたり怒りを露わにするどころか、腹を抱えて笑っていた。
(もしかして、助け出したって伝えたのって作戦だったの……)
トンマーゾの姿にティモシーはそう思い愕然とする。
エイブは、ベットに腰掛けティモシーにほほ笑んだ。ティモシーは泣きそうな顔つきだ。
「心配ないよ。助けたのは本当で俺が勝手にやった事。あいつが笑っているのは、ティモシーの行動がおかしくて笑っているだけだから。でもできれば、もう少し考えて行動したほうがいいよ、君は……」
「ティモシーにそんな事を言っても無駄だろう? 思い付きだけで行動している。学習能力もない。お前、未だにあの時生き延びたのってエイブのお気に入りだからだと思ってるだろう?」
笑いが落ち着きトンマーゾは言った。
「え……?」
トンマーゾは、刻印を刻み解放した時の事を言っていた。ティモシーがわからないという顔つきで彼を見たのでやれやれとトンマーゾは語る。
「あの時解放したのは、ミュアンの子かもしれないと思ったからだ。ミュアンに子供がいるという情報を得てな。お前、皇女と逃げた時に結界を張ったよな? あれはお前だろう?」
その言葉にティモシーは驚いた。気づかれていたとは思わなかった。いやブラッドリーが気が付いていたのだから気が付いていてもおかしくはない。
「そして、あのペンダント。あれ、封印のペンダントだった。なのにレジストの付与……」
それもバレていたのかとティモシーは更に驚く。つまり泳がされていた。
「へえ。封印ねぇ。そう言えばそのペンダント今してないよね? どうしたの?」
「母さんが壊した……」
ティモシーは俯いてボソッと返した。
「っち。壊してしまったのかよ。それで追えるかもと思ったんだがな」
その言葉に、あの時成り行きを見ていてあの場に現れたのではなく、本当にギリギリ助けに入ったのだと知った。
「何故あの時、ハミッシュ王子を殺さなかったの?」
「何故殺さなくてはいけない?」
「何故って……イリステーナ皇女は殺そうとしたじゃないか!」
トンマーゾに顔を向けティモシーは叫んだ。
「そういう命令だったからな。あ、そう言えばレオナール王子の方はどうした?」
「生きているよ!」
「ほう。よくお前を王宮から出したな」
「今、この国にいないんで……」
「という事は、情報通りヴィルターヌ帝国に行ってるって事か」
トンマーゾの言葉にティモシーはしまったと思った。彼は、レオナールが母国に帰れないのを知っていたからだ。
「王宮を襲う気?」
キッとして睨み付けティモシーは問う。
「お前、大きな勘違いをしている。俺は別にエクランド国を貶める為にここに潜伏している訳じゃねぇ。担当地域がここだからここにいるだけだ!」
「へぇ。そうなんだ……」
関心したように言ったのは、ティモシーじゃなくてエイブだった。
「この際だ。教えてやる。俺の任務は、この国での魔術師と薬師の確保だ! 組織の者は、各国に数名ずつ潜伏している。俺達の最終目的は、魔術師の世界の復活だ」
エイブがティモシーに言っていた事は本当だった。だが、確保と目的との関係がよくわからない。
「なんで、魔術師の世界の復活に魔術師と薬師の確保なの?」
「それを聞くって事は、仲間になるって事でいいか?」
トンマーゾは質問を質問で返す。
「そうしなよティモシー。君はここから逃げ出せないから……。だってこの森からは抜け出せないからね」
エイブはそう言って窓の外の森を指差した。ティモシーは、視線を窓の外に向けた。
「迷いの霧があって森に入れば森から抜け出せなくなる。だから、ここから逃げ出せない。また逆にここに居れば追っ手はこない」
窓からエイブに視線を移すと彼は、真剣な顔つきでティモシーを見つめていた。
「………」
ティモシーは俯き、ふとんをギュッとつかむ。どうしていいかわからなかった。魔術は封印されていない。エイブが言っている事は本当だろう。逃げ出す事は出来ない。そしてどちらにしても、王宮に戻るつもりはなかった。
「協力は出来ないけどここには居るよ。だからせめて母さんを追っている理由を教えてほしい……」
「仕方ねぇなぁ。お前の母親は、魔術師復活の為のアイテムを持っているらしい。亡命時に持って逃げたみたいだな。詳しい話は聞いてないから知らんが……」
(アイテム? じゃ、狙いは文献ではない。全部母さんの嘘!)
「……ありがとう」
結局全てミュアンが言っていた事は嘘だった。
ティモシーは、ミュアンに沸々と怒りが湧いてきた。そして王女とバレてもなお、嘘を付き通している。何故そこまでするのかがわからなかった。
(そう言えば……レオナール王子って母さんの事知っている風だった)
「ちょっと、街で凄い噂広がってるわよって……。あら、この子……とうとう拾って来たの?」
騒がしく現れたのはクレだ。後ろにはザイダもいる。
「あら、ティモシーじゃない。また怪我したの? あ、させられたのか」
ザイダがチラッとトンマーゾ見て訂正する。
「逆だ。助けてやったんだ。で、噂って?」
「この国とハルフォード国が戦争になるかもって話!」
「その話向こうで聞く」
ちらっとティモシーを見てトンマーゾは部屋を出て行く。
それに伴い、エイブも部屋を後にする。
「じゃ、ゆっくり寝てなよ……」
「待って! エイブさん、お願いがあるんだけど……」
「なーに?」
ティモシーに返事を返したのは、エイブではなくザイダだ。
「えっと……」
ザイダに睨まれティモシーは口ごもる。
「ザイダさん。で、何? お願いって」
「レオナール王子の情報が入ったら教えてほしい」
さっきのクレの言葉に、自分が王宮を飛び出すきっかけを思い出したのだ。レオナールは命を狙われている。ヴィルターヌ帝国にルーファス王子と一緒に出掛けたが、こんな噂があるのでは一緒に帰ってこないだろう。
知った所でどうする事も出来ないが知りたかった。
「別にいいけど……。わかってるよね? 知ってもここからは出れないよ?」
ティモシーは頷く。
「俺、あの人に助けてもらってばかりだし、迷惑もいっぱいかけて……この噂はハミッシュ王子が捕まった時に流す事になっていたかもしれないんだ。母さんのせいでこんな噂が流れた……」
「ほう。そこまで用意してお前達を消しにかかったのか? あの国は」
ティモシーはギョッとしてドアの方を向いた。勿論そこにはトンマーゾが立っている。部屋から出たが立ち去っていなかった。
「探りを入れてやろうか?」
「え?」
トンマーゾの意外な言葉にティモシーは目を丸くする。
「俺はしないからな!」
エイブは、もうごめんだと先に断っておく。
「俺がするから大丈夫だ」
「な、なんで?」
「興味があるからさ。今あいつは行くあてもないだろうし。まあ、この国に居れば連れて来てやるよ」
ティモシーは、静かに頷いた――。




