第六十六話
レオナール達がヴィルターヌ帝国に着いたのは出発してから七日目の朝だった。宿には泊まったが夜明けと共に出発し先を急いだ。
帝国に着くとすぐにレオナールとルーファスは、謁見の間に通され二人は無事モゼレスに直接会う事が出来た。
ルーファスは少し緊張していた。エクランド国には、謁見の間などないからだ。グスターファスと会うのは薬師が多い。普通の会社の様に応接室にて対応していた。国王としてではなく、薬師のトップとして接していたのだ。
「長旅、ご苦労だった。それと、娘を助けてた頂きありがとう」
座ったままだが、モゼレスは軽く頭を下げた。
レオナール達は、片膝を付き彼らもまた軽く頭を下げる。
「して、協定の件だが、その前に結界を完成させてほしいのだが宜しいか?」
「はい。構いません」
モゼレスの問いに、ルーファスは答えた。
「では、レオナール殿。最後の仕上げを頼む」
「はい。お任せください」
城に結界を張る為の魔法陣をそれぞれ違う紙に書きだし、一足先に向かったイリステーナが持って行き、魔法陣を描き終えていたのである。彼女達は馬だった為四日で着いていた。細い道も走る事が出来る彼女達は、近道をすること出来たからだ。
後は、レオナールがトライアングルを描き、発動させるだけだった。
レオナールとルーファスは、モゼレスに一例すると謁見の間を出た。
「早かったな」
ランフレッドがルーファスに声を掛ける。
「先にレオ殿が結界を張る事になった」
「お身体は大丈夫ですか? レオナール様」
それを聞き、心配そうにブラッドリーはレオナールに声を掛けた。
「問題ありません」
その後、レオナールは三つの魔法陣を見渡せる高台に登り、トライアングルを描いた。そして、魔法陣を起動させ三つの魔法陣を中心に寄せる。それはちょうど城で重なり、一つの新たな魔法陣になる。トライアングルは消滅した。これで完成だ。もう一つのトライアングルの使い方だ。
魔法陣を発動させ続けるのには魔力が必要だが、それは漂う魔力を使う。
これでもう精神体を連れ出される心配はなくなった。
「大丈夫ですか?」
ベットに腰を下ろしたレオナールは、そのまま体を横たえる。
「大丈夫です。薬も飲みました。魔力を大量に消費したので脱力感があるだけです」
ブラッドリーは、レオナールの姿を見て大きなため息をついた。
「これだけの事をしたのと見合う情報を提供して頂けるのでしょうか? 逆に裏切りにあう事も考えられませんか?」
「余程の事がなければそれはないでしょう。ここには、ルーファスもいるのですから。まあ、エクランド国と協定を結ぶどころか、戦争を吹っ掛ける気なら別ですが。そうなったらルーファスの命も危ういです。ですがもう、これしか方法がないのですから仕方がありません。陛下もルーファスもわかってここに来たはずです……」
トントントン。
ドアがノックされ、慌ててレオナールは体を起こした。
「はい」
レオナールが返事をすると、失礼しますとドアが開いた。
開けた兵士はビシッと頭を下げる。そして、モゼレスとピルッガが部屋に入って来た。
「下がっていろ」
「っは!」
ピルッガの指示で兵士はドアを閉めた。レオナールとブラッドリーは、まさかの事態になるのではと警戒する。
「そのままでよい。お疲れでしょう」
「はい……」
「そこに座っても宜しいか?」
そことは、設置されているソファーの事だ。
「どうぞ……」
モゼレスとピルッガはソファーに腰を下ろす。
「結界は助かった。ありがとう」
「いえ。お役に立てて光栄です」
モゼレスの言葉にレオナールはそう返すのが精いっぱいだった。ここはエクランド国ではない。皇帝自ら訪ねて来る事は普通はないのだ。
「そんなに警戒しないでほしい。私も魔術師だ。あれだけの事をすれば、身体がどういう状態になるかはわかっている。だから出向いたまでだ」
「お気遣いありがとうございます」
「で、何を聞きたいのだ? 見返りもなしにここまではしないであろう?」
レオナールはジッと二人を見つめた。
普通なら自分の体調を気遣うにしても別に回復するまで待てばいいだけだ。わざわざ情報を提供しに来る事もない。しかも、ルーファスと協定を結ぶ事になっている。その後でもいいはずなのである。
何故後回しにしないのだろうかと、レオナールは不安になった。
しかし相手の気が変わらないうちに聞いた方がいいだろうとレオナールは素直に質問をしようと口を開いた時だった。
「オレ……私が先に質問しても宜しいか?」
ピルッガそう聞いた。
「はい。何でしょうか?」
「魔術師だと名乗ったのは何故だ?」
「え?」
まさかそんな質問を今されると思っていなかったレオナールは驚いた。
「何をしようとしている?」
「いえ……。私はただ、魔術師達の逃げ場を作ろうとしただけです」
「では、魔術師をかき集めている訳ではないと?」
ピルッガは鋭い目つきでレオナールを見つめた。
レオナールは彼が言いたい事がわかった。魔術師を集め世界を牛耳ろうとしているのではないかと疑っていると。
しかし実際に逃げて来る者は、力ない者達がほとんどだった。脅威になるような魔術が使えなくとも、魔術が使えるだけで見つかればそこに居られなくなる者達だ。能力でいえば、レオナールよりずっと下の者達。
確かに魔術師ではない者達から見れば脅威だろう。だがレオナールは、文献で魔術師の国が他にもあるのを知っていた。世界を手中に収めるつもりなら、こっそり裏でやるだろう。それにヴィルターヌ帝国や魔術師の組織には、その者達がいくらいようが戦力にはならない。
「国は関係なく、私の独断でやっている事です……」
「はぁ?」
今度は、ピルッガが驚いて見せた。
「どのような経緯でそこに至ったのだ?」
モゼレスも驚いて質問をする。
「どのようなと言われましても……」
「突然思いついた訳でもあるまい。きっかけを聞いている」
そう問われレオナールは何がきっかけだったか考える。
「いやその前に個人で集めるのは無理だろう。居場所を提供しなくてはならい。それにお金だってかかるだろう?」
「それは協力者がおりまして……」
「協力者? どなたですか?」
レオナールの側でぼそっと呟いた。振り向けばブラッドリーも驚いた顔をしていた。
「そんな事に加担する者がいたのですか?」
レオナールはブラッドリーと目が合うもそらし俯いた。
「その協力者があなたにそれを提案したのではないか?」
モゼレスは訪ねる。
直接言われてはいない。するなら協力しようと言われた。だがきっかけが何だったか思い出せなかった。突然決意した訳ではなく、気が付くとそう言う話になっていた。
「何故そうなったんだろう……」
レオナールはぼぞっと呟いた。
あの時はここまでの事態になるとは思っていなかった。逆にその内認められるを思っていたのである。でもそうはならなかった。
「あなたもその協力者も頭が悪すぎるな。善意でやったとしても悪意を持って来る者がいるかもしれないと言うのに……」
「ピルッガ!」
ふんとピルッガは鼻を鳴らす。
「それは……わかっております……」
「で、その話が本当なら魔術師の組織とは繋がりはないんだな?」
「え?」
「裏で手を組んでいるんじゃないかと言っている!」
「何を言って……」
裏で繋がっているかもしれないと思う相手に結界を張るのを許した事になる。普通ならあり得ない。結界と言いながら、どんな魔法陣を使われるかわからないからだ。
「ピルッガ!」
「上等手段だろう? 相手に協力するそぶりを見せ近づき懐に入る」
「そんな……」
レオナールは愕然とする。信用を得るどころか疑われていたのだ。今回はそこまで考えが及ばなかった。何せ知ったのは、偶然だった。イリステーナが助けを求めにきたからだ。
「すまないレオナール殿。気を悪くしないでほしい。ピルッガ失礼が過ぎるぞ!」
「ふん。俺は可能性を言ったまでだがな」
ピルッガはレオナールを疑っている様子だった。
「違います。私はエクランド国に頼まれ魔術師の組織の情報を集めていたのです! そこにイリステーナ皇女が助けを求めやってきました。だからこうして……」
「ほう。随分お人好しだな。だが、それはおかなしな話だな」
「おかしいとは?」
「エクランド国がハルフォード国の王子を拘束しているという噂を耳にしたのだが?」
「なんですって!」
ピルッガの言葉にレオナールとブラッドリーは驚く。
やっとレオナールは、ピルッガがここまで自分を疑っている理由がわかった。だが噂は見る人が見れば事実だった。
「一体父上は何をお考えで……」
「エクランド国を手に入れたいのではないのか? イリスに聞いた。協定を一方的に解約されたそうだな」
「……そうでしたね。彼女も知っておりました」
レオナールは小さくため息をついた。本来は他国に話す事ではないが、成り行きでイリステーナは話を聞いていた。
「彼女は全て話しておいでなのでしょう? ハミッシュの事も聞き及んで?」
レオナールの質問に二人は頷く。
「そうですか。それでは、信用頂けないはずです」
ピルッガは、レオナールが始めに相手の懐に入り、その後卑怯な手を使って相手を貶める。そうやってエクランド国を貶めたと思っている。そして、今度は同じ事をヴィルターヌ帝国でやろうとしていると思っているとレオナールは推測した。
だったら結界は本当に精神体が入れない結界を張る。そして、この作戦を実行するにあたり、魔術師の組織は協力関係かハルフォード国の差し金という事になる。
こうなるともう、自分を信用してもらう手立てがなかった。いや、下手すればこの国に拘束される恐れもあった。
「ピルッガはそう言っているが私はあなたを信じています」
「え?」
レオナールは、驚いてそう述べたモゼレスを見た。
「何故ですか?」
「タイミングだ。もしピルッガの言う通りだとしても、こんな噂を流してはあなたがやった行為が無駄になるであろう? だが、ハルフォード国の真意がわからない。もしかして、あなたは父親と仲違いしておいでか? しかもエクランド国を巻き込んで……」
先ほどの魔術師宣言や魔術師の受け入れが個人的な考えで行っていると聞いて、モゼレスはそう行きあたった。
確かにそれが原因で仲違いはしているが、そこにはエクランド国は本来関係ない。あるとすれば、ミュアンだろうとレオナールは思うもそれは言えない。何故ならば、彼女を亡き者としている理由が、この国にもあるからだ。
「確かに父上との関係は良好ではありませんが、そこにエクランド国は関係ありません」
「ほう。ではなぜこうなった?」
ピルッガはギロリと睨んで言った。
モゼレスが言った言葉を聞いても疑いは拭えてはいないようだ。
「魔術師の組織に何かを吹き込まれたのだと思っております。お願いがあります。魔術師の組織は何と言って接触をしてきたのでしょうか?」
「本当に白々しいな。第三の国が魔術師の組織なんだろう? そしてあなたの国ともう手を組んだんだろう?」
「え……」
「イリスから聞いた。亡命した王女の国が第三の国だと。密かに組織と手を組み彼女を殺すつもりだった。だが彼女見つけ接触していた事がばれた。だから作戦を変えた。そしてハミッシュ王子を使い……」
「何を言っておいですか! 確かに二人を殺そうとしたかもしれない! でも殺されかけたのはハミッシュです! しかも相手は魔術師の組織の人間です! もう宜しいです! 信じて頂けないのはよくわかりました!」
レオナールは立ち上がりピルッガに叫んでいた。
「レオナール様落ち着いて下さい……」
「……手を組もうと言われた。手を組んでこの世界を一緒に治めようと言われたのだ。それを拒否し監禁されたのだ」
立ち上がっているレオナールを見上げモゼレスは言った。
「それで、私の国と魔術師の組織は手を組んだと言ったのですか……?」
「あり得ると思ったのだがな」
魔術師の組織が同じようにハルフォード国にも接触し、ハルフォード国はそれを受け入れ手を組んだ。そうピルッガは思っていた。
「イリスが大まかにしか覚えてなくてな。……まさかハミッシュ王子をやったのが魔術師の組織とはな……」
ピルッガもそれを聞き、やっと違うかもしれないと思ったようだった――。




