第六十五話
一晩明けて翌日の朝。
ティモシーは、ランフレッドのベットに振り返る。
(いないんだよなぁ……)
特段物足りない訳でも寂しいわけでもない。最近は顔を合わせる事が少なかったから、逆に実感がわかない。
「はぁ……。母さんが話してくれれば……」
ティモシーは溜息を付きながらポーチの中を確認する。そこには黒い石がなくなった代わりのようにアンクルが入っていた。
結構ごっつい。三センチも幅がある。これはレオナールが置いていったものだった。もし万が一に魔術を使う事があったら付ける様に言われた。ティモシーは魔力の容量が少ないので、補充してくれるマジックアイテムらしい。
アンクルはそのままにポーチをティモシーは付けた。
トントントン。
ドアがノックされる。ダグだ。もう朝の迎えはいらないが迎えに来てくれていた。
「おはようございます」
「ティモシー! おはよう」
ティモシーが部屋に入るとアリックが嬉しそうに挨拶を返した。
「もう体調は大丈夫なの?」
ティモシーは頷く。
「よかった。ベネットさんは他の部屋の手伝いだからいないって、オーギュストさんが言っていたから」
「そうなんだ」
「おはようさん。じゃ、今日は三人で頑張るか」
「おはようございます。荷物も薬師じゃなくて警備の人だけで届ける事になったみたい。……あの事件の事まだ解決してないんだね。いつまでこの状態続くんだろう」
アリックは不安げに言った。
「……って、ティモシー足どうしたの?」
ティモシーは、足をひょこひょことして歩いていた。
「え? あ、えーと……。階段で転んで……」
「え? 転んだの?」
ティモシーの説明にアリックは驚いた。本当はハミッシュの剣に斬られた傷だ。軽傷だが少し痛い。
「大人しくしてないからだ」
いつものごとく、ダグはそう言葉を投げて来る。
「もうダグさんは、可哀想とかないの?」
アリックはダグの言葉にそう返す。
「あ、これ自分は悪いから……」
「……立って出来そう?」
心配そうにアリックは声を掛ける。
「大丈夫」
ティモシーは大きく頷いた。
久しぶりに薬師の仕事は楽しかった。だがここにいつまで居られるのだろうかと思う不安な気持ちもあった。
その日の仕事を終えティモシーとダグは部屋に戻る。ティモシーは、寝るまでダグと一緒にいる事になっているので、そのままダグの部屋に行った。
「久しぶりに仕事して疲れていないか?」
「うん? 大丈夫。楽しかった」
「そうか。まあ楽しく仕事出来るのはいいこだな」
「……ハミッシュ王子、目を覚ましたかな?」
「見に行ってみるか?」
ダグの言葉にティモシーは頷いた。
二人はハミッシュが寝ているレオナールの部屋に向かった。部屋の前にはカミーユが立っていた。彼はここに残り、ハミッシュの護衛につくようにレオナールに言われていた。
二人が部屋に入ると、ヒースにグスターファスも居た。
「二人共仕事ご苦労だった。ハミッシュ殿は先ほど目を覚ましたが今は寝ている」
グスターファスの労いと報告に二人は頷くと、彼が座るの前のソファーに腰を下ろす。ヒースはハミッシュの横に佇んでいた――。
レオナール達が出発して七日目。ティモシーは、今日も薬師の仕事に励んでいた。ベネットはずっと他の手伝いになり、三人で仕事をしていた。
「ねえ、噂聞いた?」
「噂?」
アリックの言葉にダグは彼に顔を向ける。ティモシーも彼を見た。
「やっぱり知らないか。街で今噂があるんだよ。ハルフォード国との戦争の話……」
「戦争だって!」
アリックの言葉にティモシーが驚きの声を上げる。
「なんだよそれ……」
ティモシー達はずっと王宮内にいた。配達もしていないし噂を耳にする機会がなかった。
「なんでもこの国でハルフォード国の王子を拘束しているっていう話で、その王子を取り返す為に戦争になるんじゃないかって……。知ってる? その国って魔術師の国なんだって! あり得ないよね? 王子って魔術師って事でしょう? どうやって拘束するんだって話……って、え?」
アリックの話を聞いていたティモシーが、突然部屋を出て行った。
「おい、待て!」
ダグは慌ててティモシーの後を追う。
「え?! ちょっと二人共!」
ティモシーは速かった。だが彼がどこに向かおうとしているのかダグはわかっていた。ハミッシュの所だ。ダグも彼が居る部屋に向かった。
ティモシーはノックもなしに、ハミッシュが居る部屋のドアを開けた!
そこにグスターファスもおり、驚いてティモシーに振り向いた。
「どうした?」
慌てた様子のティモシーにグスターファスは問う。
「すみません。失礼します」
そこに追いかけて来たダグも入って来る。
「噂! 戦争の噂の話を聞きましたか?」
グスターファスの問いには答えず、逆にティモシーは聞いた。
「その事か。先ほど耳にした。それで少しハミッシュ殿に話を聞こうと思ってな」
グスターファスはそう答えた。
ハミッシュは、今は体を起こせる程に回復していたが、一切話さず口を閉ざしていた。勿論、ヒースもそうである。
「僕を開放したほうがいい。戦争になる」
「別に拘束をしているつもりはない。治療をしているだけだが……」
「父上はそれを知る由もないだろう?」
ハミッシュはそうグスターファスに返す。
グスターファスは、返答に困った。帰れば殺されると聞いていた為、ハルフォード国には何も知らせてはいなかった。だがもし、殺されると言うのが嘘だった場合、エクランド国で拘束していると思われても仕方がない。何せ、失敗したとハミッシュは知らせを国に送っていたのだから。
「まさか、嵌めたのか!」
ダグは驚いてヒースを見た。彼がそう言っていたからだ。ヒースは何も語らない。
「失敗して戻ったら殺されるんじゃなかったの?」
「僕が何故殺されなければならない?」
ティモシーが問うと、ハミッシュはそう返して来た。ヒースを見ると彼は驚いた様子だ。ハミッシュの態度とは違う。
ヒースの態度は今も殺されると言った時も演技には見えなかった。彼はそう聞かされていた?
戦争の噂も故意に流したモノに違いない。戦争をしたくなければ、ハミッシュを返せという事である。真実を知らない者達が、今の状況を見ればハミッシュを拘束していると捉えるだろう。
ハミッシュが刺されたのは、予想外の出来事。もしかしたら失敗して拘束された時の事を考え、最初から決まっていたのかもしれない。
ティモシーはそういう考えに至った。
「ごめんなさい、陛下。母さんの言う通りここに居てはダメだった……。巻き込んでごめんなさい」
そう謝ったかと思うとティモシーは翻し、部屋を出て行こうとする。
「待て!」
ガシッとティモシーの腕をダグが掴む。
「離せよ!」
「どこに行くきだ! 今更出て行ってもどうにもならないだろう!」
「離せって言ってるだろう!」
ダグの説得にティモシーは耳を貸さず、手を振りほどく。
「………。っち。ダメか」
「もしかして眠らせようとかした?」
ダグの呟きを聞きティモシーはそう聞く。
「こうなったら……うわぁ!」
ティモシーを捕らえようと手を伸ばした途端、ダグはティモシーに投げ飛ばされた!
「ごめん……」
「………。マジかよ」
一言謝るとティモシーは部屋を出て行った。
「ティモシー!」
ティモシーが正門から出て行こうとすると後ろから声が掛かった。振り返るとアリックが近づいて来る。
「やっと見つけた! どこ行くき? ダグさんは?」
「アリックさん、今までありがとう。さようなら」
今回はちゃんとお別れが言えたとティモシーはほほ笑む。
「ちょっと待って! ここ辞めるの? どういう事?」
「ここに居ると迷惑が掛かるし、やっぱり聞きに行く事にしたんだ……」
アリックには、何を言われているのかわからなかった。
「待って……」
引き留めようと掴んできたアリックの手を振りほどくと、ティモシーは走り去る。それを茫然とアリックは見送った――。




