第六十四話
次の日ティモシーは目を覚まし驚いた。ミュアンの姿が見当たらない。
昨日の夜部屋に戻ったティモシーは、ミュアンを問い詰めた。もし本当にミュアンが持ち出した文献を組織が狙っていたとしたならば、きっとミュアンは彼らが何を知りたくて追ってきているか知っているはずだと思ったからだ。
だがミュアンは、知らないと言うだけだった。
何も話さないミュアンに怒りティモシーは布団に入りふて寝をすると、ミュアンは近づいて言った。
「ごめんね、ティモシー。あなたはここに居て……」
そう聞こえた途端、ティモシーは眠りに落ちた。ミュアンが魔術を使ったのは明白だった――。
ティモシーは昨日の事を思い出しながら慌てて着替え、ポーチを装着しようと手を伸ばす。そのポーチは口が開いて驚いた!
「え?」
ティモシーは中を覗いた。何かが足りない気がすると考えると、トンマーゾからもらった黒い石が無い事に気が付いた!
(母さんが持って行った? 何の為に?)
ティモシーは、ポーチの中にトンマーゾから貰ったものよりも大きい紙が入っているのに気が付いた。それを出して確認する。
紙には三角形が書いてあり、その中心に『城』と書いてある。そして角の内側にそれぞれ違う魔法陣が描かれていた。
「何だろうこれ?」
図の下に文字が書いてあった。
これを使えば精神体の出入りはできないでしょう。
注意:魔法陣はそれぞれ違う者が描く事!
「これってもしかして!」
ティモシーは紙を手に、急いでレオナールの部屋に向かった!
ドアをノックすると返事と共にドアが開けられ、ヒースが姿を現した。彼を見てティモシーは気がつく。
(そうだった! 今レオナール王子はここにいないんだった!)
「あ、ごめんなさい。レオナール王子の所に行こうと思って……」
「おりますよ」
間違えたと謝ったティモシーは驚く。レオナールは、朝早くからハミッシュの様子を見に来ていたのだった。
「どうそ。……昨日は申し訳ありませんでした」
中に入って来たティモシーにヒースは囁いた。驚いて振り向くと彼は深々と頭を下げる。
「おや、ティモシー。おはよう。早いですね。どうされました?」
ソファーに座っていたレオナールがティモシーに気がつき声を掛けた。
「あ、おはようございます」
ハッとしてティモシーはレオナールに挨拶を返し彼に近づく。そして手紙を見せた。
「母さんがこれを置いて出て行きました……」
「読んでも宜しいのですか?」
手紙だと思って言ったレオナールの言葉にティモシーは頷く。
「これは……結界?」
「やっぱりそうなんですか……」
「何故、彼女はこんなものを残して……」
「多分、ランフレッドが母さんを引き留めた時に、ヴィルターヌ帝国がまた狙われても大丈夫な様に結界を教えて欲しいみたいな事を言ったからじゃないかな……」
ランフレッドが連れ戻したが、二人のやり取りなどはレオナールは知らなかった。
「……私がトライアングルを使えると知って置き土産にして下さったのですね……」
レオナールがポツリと呟いた。
(やっぱりこの三角はトライアングルだったんだ!)
ティモシーはジッとレオナールを見つめた。彼はその視線に気づいていないのかヒースに声を掛ける。
「ヒース。申し訳ありませんが皆さんを呼んできてもらってもよろしいですか」
「はい」
ヒースは頷くと出て行った。
「その三角形ってトライアングルだったんですね。それって確かレオナール王子が考えたと言いませんでしたか? 何故母さんが知っていたのでしょうか?」
確かにミュアンの前で使って見せたが、このような使い方ではなかった。ティモシーは、最初からトライアングルがどんな魔術か知らなければ、この結界は思いつかないのではないかと思ったのである。
ジッとレオナールを疑うような眼差しで見つめた。だが彼は何故か顔を赤らめ俯いた。
「す、すみません。見栄を張りました……」
「え? 見栄?」
思った反応と違った為、ティモシーは驚く。
「私はあなた達と違って、魔術能力は平均なのです……」
「えっと……。でも、トンマーゾさんの魔術を封印してませんでしたか?」
「それだけです。それしかずば抜けているモノがありません。ですのでトライアングルを教えて頂いたのです。あれは私のような者の結界でも強化し安定させられる。これさえ覚えれば、平均的な魔術を補助し高める事が出来ると何とか覚えたモノだったのです」
レオナールはそう辛そうに返した。
「わからないって顔をしておりますね。炎で襲われた時の結果を見れば一目瞭然でしょう。私のは一瞬で破られた。あなたはどうでした? 炎を吸収しましたよね? あれは本来見て習得出来るモノではありません。あなたはそれだけ優秀なのですよ……」
ティモシーが張った結界は、ブラッドリーを真似たモノだった。一番最初に見た結界がたまたまそうだったからだ。だがそれは、普通は真似できないものだった。
ティモシーは、自分が本当に魔術に長けているのだと驚いた。
トントントン。
ドアがノックされた。
「失礼します。お連れしました」
ヒースがドアを開けると、グスターファス、ルーファスにランフレッド。それからイリステーナとフレア。最後にブラッドリーが部屋に入って来た。
「何かあったのですか?」
ルーファスが問いかける。
「ミュアンさんがこれを置いて王宮を出て行ったようです」
レオナールは立ち上がり、結界が書いてある紙をグスターファスに渡した。それを皆覗き込む。
「これってもしかして私の城に張る結界ですか?」
イリステーナは驚いて言う。レオナールは頷いた。
「それを使えば、城の外から精神体で入る事が出来なくなるようです。この三角は、トライアングルと言う結界の一種です。私が扱えます。今すぐ向かいましょう」
「お待ちください! レオナール様はまだ体調が万全ではありません! あまりご無理をなさりますと、また発作が起きます!」
ブラッドリーは、レオナールを案じ止めた。
「それはわかっております。ですが、いつまた捕らわれるかわからないのですから……」
「そうですが、我が国の馬車を使って向かえば、相手に知られ結界を張る前に捕らわれる恐れもあります!」
「では、私も馬で向かいます。彼女達も各々それできたようですし」
「それこそダメです! 許可できません!」
「許可ですって! それを決めるのは私です! それとも彼女にトライアングルを教えますか? でも一日やそこらでは無理です! それはブラッドリーもわかっているでしょう!」
「二人共落ち着きなさい!」
言い合いになっている二人をグスターファスが止めた。あまり見ない光景に皆は唖然としていた。
レオナールは昨日と違い、いつもの彼に戻っていた。
「お騒がせして申し訳ありません。陛下、これはミュアンさんの願いでもあるのです」
「え、母さんの?」
レオナールは頷く。
「私の国に続いてヴィルターヌ帝国に襲われない様にする為の策でもあるでしょう。自分の身を守れれば、他の者を命を狙おうとしないと考えたのでしょう。浅ましいですが、それに私も便乗しようと思っております」
「父上がティモシー達を襲うと?」
今度はイリステーナが聞くと、またレオナールは頷いた。
「ないとは言い切れません。現に私の父上が襲ったのですから……。私は今、父上に会う事が出来ません。聞きたくとも魔術師の組織の事も、邪なる物の事も聞く事が出来ないのです。ミュアンさんも話して下さらない。もう皇帝に聞くしかないのです。皇帝がこの結界を望むなら少しは話を聞けるかもしれません……」
「なるほど。その手があったな。よし、わかった。ではこうしよう。レオナール殿は我が国の馬車でルーファスと一緒に向かってもらう。だがこれは、我が国がヴィルターヌ帝国と協定を結ぶ為に向かう。……表向きはな」
「ありがとうございます! 陛下」
「あの協定を結ぶのですか?!」
レオナールはグスターファスに深々と頭を下げるが、ブラッドリーは溜息をつく。
イリステーナは、提案の内容に驚いていた。実はあの協定内容は、彼女が作り勝手にハンを押した物だった。これは、グスターファスにも正直に話してあった。
「勿論、協定の内容は少し変えさせて頂く。その旨も伝えそちらで協議して頂きたい」
「わかりました……」
イリステーナは頷いた。
「レオナール殿。今回表向きはとなってはいるが、同意があれば本当に協定を結ぶ事になるがよろしいか?」
「なぜ、私に許可を……」
グスターファス言葉に驚いてそうレオナールは返した。
「今回、あなたの国との協定は解約された。もし事が落ち着いたとしてもまた協定を結ぶのには、ヴィルターヌ帝国も交える事になるだろう」
「構いません。それは仕方がない事ですので……。私としては、このようなご配慮をありがたく思います。必ず魔術師の組織の情報を持って戻ってまいります!」
「宜しく頼む」
「はい」
レオナールは、もう一度グスターファスに頭を下げた。
「イリステーナ殿達は、先に国に戻りこの作戦を伝え、魔法陣を描く準備をしておいてほしい。魔術師の者は付けられないが、数人護衛をつけよう。宜しく頼むな」
「はい。父上にご報告し協力を仰ぎます!」
イリステーナは、力強く頷いた。
「ルーファス。うまく頼むぞ」
「お任せ下さい。父上」
「ランフレッド。ルーファスを宜しくな」
「はい。お任せください!」
「で、ブラッドリー。あなたはどう致す? レオナール殿と一緒に向かうのなら許可するが……」
「……ついて参ります。ご配慮ありがとうございます」
ブラッドリーも深くグスターファスに頭を下げた。
事は上手く纏まり、イリステーナとフレアは、午前中の内に自国に向かった。そして午後、レオナールとブラッドリーもこっそりと乗り入れ、エクランド国の馬車はヴィルターヌ帝国に向かった。
ティモシーはダグに託されるが、今まで通り二人は仕事をすればいいだけだった。




