第六十三話
もう夕刻だが、グスターファス以外は何となくレオナールの部屋にいた。イリステーナとフレアも来ている。聞こえてくるのは溜息ばかりだ。
「失礼する」
ノックと共に声が聞こえ、グスターファスが部屋に入って来る。そして、その後ろに驚く人物がいた。レオナールだ!
皆驚き一瞬シーンと静まり返る。
「レ、レオ殿! ご無事でしたか!」
ルーファスはソファーからガバッと立ち上がり興奮して叫んだ。
「レオナール王子が生きていた! よかった……」
ティモシーもルーファス同様ソファーから立ち上がる。その顔は今にも泣きそうである。
「陛下もそうですが、皆さん大袈裟ですね。体調はもう大丈夫ですよ」
「大丈夫ではないでしょう!」
レオナールが言うとブラッドリーが強めに否定する。チラッとレオナールはブラッドリーを見てから視線をベットに移す。
「ハミッシュがここを使っているときいたのですが……」
寝ているハミッシュを伺う様にベットをレオナールは見た。そして、ただ寝ているだけではないと気づくと、小走りでベットに近づいた。
近くで彼を見たレオナールの顔は顔面蒼白になる。
「一体何が……。国に連絡用の魔術が送られたようなので、ティモシー達が襲われたのかもと思い戻って来たのですが……。何故ハミッシュがこんな事に? 失敗したと送ったのはハミッシュだったのですか……?」
そう聞くレオナールの声の最後は震えていた。
ハミッシュが最後に放った魔術は、連絡用の物だった。それを見たレオナールは、ティモシー達が襲われたと思い途中で引き返して来たのだった。レオナールの体調が悪かった為に結局は宿に泊まり、まだエクランド国内にいたのである。
「トンマーゾに刺されました。一瞬の事で対応できず……申し訳ありません」
ランフレッドがそう頭を下げた。
彼のせいでもないし、あの時は逆に敵対していた。だが、元々ランフレッド達はハミッシュを傷つけるつもりなどなかった。取りあえず諦めさせようと思ったのである。しかしきっと、それは叶っていなかっただろう。彼はどんな手段でもという感じで襲ってきていた。自分の命が掛かっているのだから当然なのかもしれないが。
「トンマーゾは、私に恩を売ったのよ」
そう言ったミュアンに驚いて皆振り向く。
「彼なら魔術でハミッシュ王子を殺せたでしょう。でもそうしなかった。急所もはずして刺していた。あの場を納める為にした事よ。彼がしなければ、私がしていたでしょうね……。何せもうあの場を切り抜けるには、それしか方法がなかったのですから」
レオナールは、そう説明するミュアンをジッと見つめていた。彼女の言葉を誰も否定しない。それは、ハミッシュが本気でミュアン達を襲い、彼を倒さなければ止める事が出来なかった証拠だ。
「ち、父上は何を考えて……」
視線をハミッシュに戻しレオナールは呟く。
「レオナール殿、ギデオン殿に近づく者はおりませんでしたか? 自分の子供達を殺そうとするなど、誰かがそそのかしたとしか思えん」
グスターファスの言葉にレオナールは驚いて振り向いた。
「殺そうとした……?」
グスターファスは真剣な顔で頷いた。
「ま、まさか……」
「ハミッシュ殿は、そう言っていました。ティモシー達を庇い立てすれば、あなたは死罪になると……。そして、殺すのに失敗して戻っても同じ処遇だとも」
失敗してもというのはヒースが言った事だが同じ事だ。レオナールは信じられないと首を横に振る。
「そ、そんなはずはありません! ハミッシュは跡取りです! ハミッシュを殺そうとする訳がありません……」
「何故第一王子のあなたを差し置いてハミッシュ殿が継ぐのです! そんな段取りが正式に伝えられていたのですか?」
ルーファスも驚きの声を上げる。
「……言わずとも知れた事です。私は体が弱かった。決定的なのは魔術の能力。だからコーデリアさんを側室に迎えたのですから……」
「側室?」
ティモシーは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「私の国は、一夫多妻制なのです。ですが余程の事がなければ、妻を複数もちません。私は見限られたのです……」
ハミッシュはレオナールの弟だったが母親が違ったのである。
「それは違います! 確かにレオナール様に何かあったらという思いはあったでしょうが、継ぐのはレオナール様です!」
ブラッドリーがそう言うもレオナールは首を横に振り、その場に膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
「レオナール様」
「私が……私が全て壊してしまったのですね……」
レオナールは俯き焦心して呟いた。
「しっかりなさって下さい! レオナール様は十分責務を果たしております!」
ブラッドリーは、レオナールの肩に手を置き語り掛ける。
「……いえ。父上を変えてしまったのは私なのです。私が、魔術師だと名乗ったばっかりに……」
ティモシー達は、ハミッシュが言った言葉を思い出す。国の意思ではなく、彼一人の判断だった。
「陛下に王宮専属になる口添えを頂いたというのに……。結局は、父上から信頼をなくしてしまったのです。コーデリアさんが毎回庇ってはくれたのですが……」
「まさか、度々この国に来ていたのは……」
ルーファスの呟きにレオナールは弱弱しく頷いた。彼は、ギデオンの態度に居たたまれなくなり、エクランド国にその度に来ていたのだった。そうしている内にどんどん溝は広がって行った。
魔術師だと隠したい理由があったのだから激怒して当然だった。だが文献を見る限りはそこまで読み取れなかった。
「レオナール殿。その件があったとしても今回の事はおかしい。後継ぎがいなくなっては国が存続できない。そうなれば、ミュアンさんを狙う意味もなくなる。そうは思わないかね?」
「……そですね。私はともかく、ハミッシュまではおかしいですね」
グスターファスの言葉に、レオナールは俯いたままそう答えた。覇気はない。
「ミュアンさん。このままでは埒が明かない。もう知っている事は全て話して欲しい」
ルーファスがミュアンに向き、真剣な趣でそう言った。ミュアンは困り顔だ。
「あなた方は勘違いなさっています。私は何も知らないのですよ? 魔術師の組織の事だってレオナール王子から聞いて初めて知ったのです。ただ、組織の名前に聞き覚えがあっただけです。勿論、他国の文献やどう伝わっていたかなど知る由もないです。皇女が言った私の話と同じ内容だと聞いて、そうだったのかと知ったぐらいです。私も正直、困っています」
ミュアンが本当の事を言っているとなると、もう何も手がかりない。
「嘘だ! 少なくとも追っ手はあると思ったから俺にペンダントを作ったんだよね? 組織を作った国が母さんを探しているを知っていたんだよね? それは何故? トンマーゾさん達は文献を欲しがってはいなかった! じゃどんな理由で母さんを探しているの?」
何も言えなくなったルーファスの代わりにティモシーがミュアンに食って掛かる。
「知りません! 私は文献を持って逃げただけです!」
「では、国を滅ぼされた原因は文献なのか? それに封印が解けるとタダの人になると言っていたな。その場合、魔術師の組織の連中もそうなるが、どうしてあなたはそれで組織の連中が封印を解こうとしていると思ったのだ?」
今度は、ルーファスがミュアンに訪ねる。
「相手の目的など予想でしかありません。それ以外思いつかなかったのです!」
まるで睨みあう様にルーファスとミュアンはジッと相手を見つめる。
「待って! 魔術師の組織の目的は、魔術師の世界の復活って言っていたよ!」
ティモシーは、そう言えばとルーファスの言葉に訂正を入れる。
「お待ちなさい! それは聞いておりませんよ!」
ティモシーの言葉に驚いて、レオナールは彼を見た。
「え! あれ? 言ってなかったっけ? エイブさんがそう言っていました」
「そっちの方がタチが悪いですね……」
「たしかに。突然使える様になれば、混乱もする。治安も悪くなるだろう」
レオナールの言葉に頷き、ブラッドリーはそう言った。
「どちらにしても魔術師の組織にメリットはないように思えるのだが……」
ルーファスは、ミュアンの方を向いてまるで問うように言った。
「私も組織の狙いなど知りません。私は亡命したのですから見つかれば殺されるかもしれないと思っていたのです。組織の名前にチミキナスナなどと名前をつけていた事から文献に関わる何かをする組織で、私の国を滅ぼした国が関係していると予測しただけです!」
「わかった。あなたを信じよう」
その場を納める為かグスターファスはそう言った。
「ミュアンさんの言う通り、組織の目的など彼女に聞いても知らないはずだ。ただ一つだけお聞きするので正直に答えてほしい。あなたは、邪なるモノの封印の場所を知っておりますか?」
グスターファスの質問にミュアンは、目をそらしつつも正直に『はい』と答えた。
ミュアンの返事を聞いて皆驚く。知っているという事は、ミュアンの国にあった文献にはかなり詳しく当時の事が書いてあった事になる。
「ミュアンさん。ありがとう」
グスターファスは礼を言うも他の者は文献の話を聞きたかった。だが、グスターファスがこの話は終わりとばかりに締めくくったのだから誰も聞けない。
「レオナール殿。部屋をご用意するのでそちらで休んで下さい。ハミッシュ殿の事は責任を持って診ますので」
「ありがとうございます」
グスターファスにそう言われ、レオナールは立ち上がり礼をする。
ひと悶着あったが、こうしてレオナールの安否も確認され皆安堵した。
ティモシー達もそのまま王宮に泊まる事になった――。




