第三十二話
それからレオナールは、ティモシーの話からダグの話に移った。
「私は始め、あなたもエイブの仲間かもしれないと疑っておりました。ですが、二人の死因で違うと確信したのです」
「死因ですか? ……窒息死じゃなかったからですか?」
ダグの質問は、至極自然だ。首を絞めて殺した訳ではないと確信できる死因だったのだろうと思ったのだ。
「えぇ。心臓まひです」
「え! それって!」
レオナールの答えに、声を上げたのはティモシーだ。刻印が発動した事による死。死因がそう告げていたからだ。それを知らないダグは、レオナールとティモシーを交互に見つめた。
「先ほど話した刻印ですが、それを施された者で発動によって死亡した者の死因は心臓まひなのです。発動すると刻印は消えてしまいます。確実とは言えませんが、ほぼ間違いないでしょう」
それを聞いたダグは驚いた。
「そ、それって……。何があったか話す前から俺が殺してはいないって、わかっていた事になりませんか?」
「それについては、申し訳ありませんでした。ですが、あなたが信用に足りる人物か判断させて頂きたかったのです」
ダグに言われ、レオナールはそう答えを返して来た。
彼を見定める為だった。
「それと、私はあなたに感謝しております」
レオナールは、ニッコリとダグにほほ笑んだ。全て話したからかと思ったが違った。
「もう一人の男にも刻印がありましたが、発動を免れました」
「免れた?」
ダグが聞き返すと、ティモシーも不思議そうにレオナールを見た。
「おそらくですが、男の魔力がなかった事により発動しなかったと思われます」
「え? 俺が奪い取ったからって事ですか?」
レオナールは頷く。
「これは憶測ですが、彼らの行動を監視する程度の魔力は刻印にあるのでしょう。ですが、裏切った時に死に至らしめる為に必要な魔力は、刻まれた者から奪い発動する仕組みになっているのでしょう。ずっとそこが謎の部分でした。小さいとはいえ、同時に十名以上の刻印を発動させるとなると、かなりの魔力の消費になりますからね」
そういう事例があった。数名の魔術師で行えば問題なく出来るかもしれないが、人数が多ければこちらも相手に気づけるはずである。だが、魔術師の姿は確認されていなかった。
今回の事で、特段目視で見張っていないのかもしれないという結論にも至った。
「魔術師組織チミキナスナは、魔術の知識は我々より持っているのは確実です。こちらの力が勝っていたとしても、それを封じる策を講じる知識はあるかも知れません。ですので、彼らが使っている刻印や黒い石の事について知らなければ勝てないかもしれないのです」
そうレオナールが締めくくった。
「あの、質問宜しいでしょうか?」
レオナールの斜め後ろから声が掛かった。ランフレッドだ。
「どうぞ」
本来護衛兵は、空気の存在でなければならない。勿論、質問をする権利すらない。だが、それをレオナールは許した。珍しい事である。
ランフレッドは知っていた。彼の機嫌がいい時は、融通が利く事を。それは、今の様に語っている時だった。
「魔術師ではない人間にも魔力はあるのでしょうか?」
ランフレッドは、ティモシーが魔術師だと気づいていない。そして、エイブもそうだった。それに、今まで刻まれて亡くなったと思われる人物が、全員魔術師だとは考えづらい。なので刻印は、魔術師ではない者に刻まれていた事になるが、もし魔術師にしか魔力がなければ、先ほど言っていた『刻まれた者から奪い発動する』という結論は覆される。
「その事ですが、結論から言いますとあります。文献を読むとわかりますが、その昔、世界の人々が魔術を使えたようです」
レオナールが言う言い伝えとは、『一部の者を除き魔術が使えなくなり、魔術師がほとんどいなくなった』という説である。だがこれは一般的ではなかった。
『薬師の研究途中の事故で魔力を使える者が出てしまった』これが、世に広まっている説で、この事故とは不老不死のような研究の事である。
つまりは、『最初から魔術師がいた』という説と『薬師の力で魔術師が生まれた』という説の二通り存在していた。レオナールは前説を信じ、グスターファスも同じ意見だった。
エクランド国は薬師の国だが、ここにある文献には『魔術師が生まれた』とする物は一切なかったからである。
どちらにしても、魔術師が忌み嫌われている存在には変わりはない。
「それは、魔術師ではなくなったけど、魔力はあるという事なのでしょうか?」
ダグも一応二通りの説は知っていた。レオナールが言う通りだとすれば、今ダグが質問した答えはイエスという事だろう。
「そうですね。正確には、魔力を練れなくなったという事でしょう」
「練る?」
レオナールの言葉に、疑問符を浮かべたのはティモシーだった。
それにはレオナールも軽くため息を漏らした。彼だけはティモシーが魔術師だと知っているからである。レオナールにすれば、何故知らないのかと反対に思う事であった。
「魔術師は、魔力を体に巡らせ魔術を使うのです。それを練ると言います。これを上手く出来れば、優秀な魔術師という事になるでしょう」
ティモシーはレオナールの説明になるほどという顔をして頷いていた。
(俺は知らずに練っていたって事か)
「因みに、マジックアイテムで魔力を封じる時は、その練る行為を封じますので、魔術が使えなくなります。ですが、直接魔術で封じる時は、魔術を使おうとする行為を封じます。ですので、相手が自分より各上ならば、レジストされるでしょう」
「うーん……。なんとなくわかった……」
ダグは頷くが、ティモシーはそう答えた。
「まあ、お前はわかんなくてもいいんじゃないか?」
ティモシーの答えに、ダグはそう言った。魔術師ではないのだから関係ないと言う意味である。
「私は明日一度、国に戻る事にしました」
「え? 帰られるのですか?」
唐突に言ったレオナール言葉に聞き返したのは、ずっと静観していたルーファスだった。
「ダグのご両親もお連れしなくてはなりません。二人は、私がいない間にここの本は全て読んでくださって結構です。本棚の魔術の解除の仕方は、ブラッドリーが知っています。もしよろしければ、ダグにもお教えしましょう」
「え? 俺に? いいんですか?」
レオナールは頷く。
「この部屋から本を持ち出さなければ構いません。また、この部屋を使用しても宜しいです。それこそ貴重な物は本だけですので……」
「はい。わかりました。で、いつお戻りの予定なのでしょうか?」
「一週間ほどで戻って来る予定です」
ダグの質問に、レオナールはそう答えた。移動に三日かかる。往復すると六日。
「私がずっと自分の国にいるのなら、トンマーゾ達も連れて行くのですが、今回は置いていきます。一応、ブラッドリーが監視しておりますが、万が一という事もありますので、あの二人には絶対に近づかないで下さいね」
レオナールは、真顔で二人を見ていった。ダグもティモシーもはいっと頷く。普通、そんな所には近づけないし、ティモシーは近づきたくもなかった。




