第三十三話
部屋には、ペラペラとページをめくる音が静かに響いていた。
話が終わったが、ダグとティモシーはそのまま残り、魔術師に関する本を読まされていた。ダグもティモシー同様、自分で翻訳しながら読んでいる。
その彼の手が止まった。腕にはもうブレスレッドはない。
「あの……」
「何です?」
レオナールは読むのをやめ、顔を上げてダグを見た。ティモシーも彼を見る。
「捕まった二人って今、どうなってるんですか?」
ダグはふと思った。ここは、魔術師の国ではない。ただ牢屋に入れてあるだけなのだろうかと、疑問が湧いた。
ティモシーもその質問を聞いてそういばと思い、レオナールを見た。
「問題ありませんよ。魔力を封じ込めるアイテムを付け、結界の中にいます」
「ブラッドリーさんが張っているんですか?」
彼が、建物に結界を張ったのを見たことがあるティモシーは聞いた。
「そうですね。結界は彼が張ったモノです。それを維持しているのは、私の魔力です。トライアングルを使っています」
「トライアングル?」
ダグが復唱すると、レオナールは頷いた。
「私が命名しました。魔法陣の文献にあったのですが、そこに魔法陣の外周の円は、魔力を供給する役割もあると書いてあったのです」
魔法陣とは、円を描きその中に文様を書く事によって、条件が揃った時に発動できる魔術である。今は使われておらず、それを記した書物も少ないので使える者がいないと思われていた。
だが、エイブは魔法陣を応用して刻印を施していたとみられる。
「実は綺麗な円を描かなくては、魔力を供給する力が発揮されないようなのです。そこで、円でなくともいいのではと思い、三角を描いて試してみたのです。三つの点を直線で結ぶ方法で、綺麗な直線が描ければ、円同様に魔力を供給出来ると確認できました」
レオナールは更に詳しく説明した。
魔力で描いたトライアングルは、その内側の結界などの魔術に魔力を供給し維持する事が出来る。それは、トライアングルが消える前にそれに、魔力を注げば半永久的に維持が可能だった。
そして、トライアングルのもう一つの特徴は、見つかりづらいというところにあった。つまりは、関知されづらいのである。その為、トライアングルの中にある結界もまた、みつかりづらい。
二人はそれを聞き、感心して頷いていた。
「この部屋も結界が張られています。トライアングルを使っていると、中に入っても気づかないでしょう? まあ、これが魔力を封じるモノであれば知れるところでしょうが」
二人は、部屋を見渡した。レオナールに言われるまで、二人は気づけなかった。
「凄いな。全然気づかなかった」
ダグは、ボソッと感想を漏らした。
「もし万が一の事を考え、出来るだけ気づかれない様にと行ったモノだったのですが、本当にブラッドリー以外に魔術師が内部にいて、私も驚いているのです」
エイブにティモシー、そしてダグにトンマーゾと次々に現れ、他にも潜んでいるかもしれないと、警戒を強めたところである。
ティモシーも王宮内に魔術師がいて、いや同じく試験を受けていた。襲った相手も助け出してくれた相手も王宮内の人物。驚くほど自分に関与していると、ふとティモシーは思った。
もし受けた試験が普通の薬師の試験だったならば出会う事もなった人達。何となく運命的なモノを感じ取った。
(俺、大丈夫だよな?)
普通の薬師としての生活に戻れるだろうか? と不安に思うティモシーだった。
翌日、ダグの両親を連れてレオナールは、自国のハルフォード国に帰って行った。
ダグは両親を見送ると、第一倉庫に向かった。ティモシーとアリックは暫く仕事が休みの為、彼は午前中はメジドルクの補佐を午後はベネットと一緒に護衛付きで配達をする事になったのである。そして、ティモシー同様王宮に暫く泊まる事になっている。
ティモシーは、大人しくレオナールの部屋に行き、本を読むことにした。部屋の鍵は預かっている。ブラッドリーが解除した本棚から本を取り出し、昼間はずっと魔術の本を閲読する。静かにその日は過ぎ去った――。
☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆
ティモシーは、ドアがノックされる音で目を覚ました。
トントントン。
まだ夜中で薄暗い部屋の中、ティモシーは上半身を起こし、ベットから立ち上がった。
(こんな時間に誰だよ。ランフレッドか?)
そう思ってふと、歩みを止めた。そして、周りを見渡す。
薄暗いが自分の部屋だとわかった。
(え? どうして?)
王宮の部屋に泊まっていたはず。ランフレッドも一緒だ。どういう事だろうと考え込んでいると、ドアがまたノックされた。
「誰だ!」
ティモシーがドアに向かって叫ぶも返事はない。その代わりまた、ドアがノックされた。
心臓がドキドキと静かな部屋に大きく響いているように感じる。
(これ、夢なんだよな?)
そうでなければ、自分がここにいるはずがないと思いティモシーは自問した。
トントントン。
開けるまで辞める気がないのか、またノックの音が聞こえ、開けてはダメだと思いながらもティモシーはドアを開けた。
ティモシーは息を飲み固まる。目の前にはエイブがいた。それを確認した途端、周りが闇に包まれる。
「こんばんは」
エイブはニッコリとあいさつを交わして来た。
(これ、夢なんだよな……)
二度目の問い。夢でなければあり得ない。真っ暗な中に二人は向き合いポツンといた。
「やってみるもんだね。リンクできたよ。ほんと君は警戒心がないね?」
ティモシーは、エイブの言葉に、これは本当に夢なのだろうかと疑問に思う。
「驚いたよ。君、魔術師だよね? もっと思慮深くペンダントを見ておけば、あの時気づけたんだろうね? まあ、どちらにしても俺は逃げきれなかったと思うけど……」
レオナールに色々聞かされたからこんな夢を見ているのだろうかと、ただただエイブの声を聞いていた。
「ブラッドリーさんって何者? あの後何か聞いた? それより君、どこにいたの? 今日、ずっと結界の中にいたよね? この体だから気づけたよ。そのペンダントのお蔭でコンタクトしづらいし、それで結界に入ると君の気配が消えちゃったからね」
「な、何を言っているかわからない……」
夢のはずなのに、リアリティーがあった。それでつい返してしまった。
「少しは興味を持ったみたいだね? 知りたい? 教えてあげるよ。俺は今、精神で話しているんだよ。そこに俺の魔力が刻まれているからね。刻めてよかったよ。お蔭で君と繋がりを持てた」
ニッコリ微笑み、エイブはティモシーの左胸を指さした。ティモシーは、驚きで目を見開き、一歩下がろうとした。だが体が動かない。
「な、なんで? なんで魔術が使えるんだ……」
「魔術? 動けないのは俺のせいじゃないと思うよ? でもまあ、こうやって話せるのには訳があるけどね。ここでは種明かしは出来ないから、知りたいのなら俺についてくればいい。一緒に行く?」
「行かない!」
ティモシーは、行きたくないと首すら横に振れなかった。
「どうして? 怖い? そう言えば君、怖がりだったね」
「これ、どういう事? 夢じゃないのか?」
エイブは、はぁっとため息をつく。
「さっき言ったよね? 精神で話しているって。俺はずっと寝た状態だから、一日中こうやって自由に動けるんだよね。っと言っても何も出来ないけどね。まあ、こうやって話をするぐらいさ。君優しいから、相手してくれるよね?」
「は、話す事なんてない!」
「そう。じゃ聞いてくれるだけでいいや」
ティモシーは逃げ出したいのに動けない。聞きたくないのに聞こえてしまう。もう、どうしたらいいかわからなかった。
「ところで……」
『……モシー』
(今、エイブさん以外の声が聞こえた?)
ティモシーはキョロキョロを辺りを見渡した。自分で気づいてはいないが、動けていた。
『ティモシー……』
「っち。仕方ない。また会いに来るよ」
「え?!」
エイブの姿が目の前から消えた――。




