第二十六話
翌日の朝、ティモシーは作戦を決行する。っといっても大した作戦ではない。レオナールの部屋には行かずに、調合室に行くだけである。つまりは仕事をする。アリックは休むだろうが、ダグは来るかもしれない。そうすれば、ベネットもいるだろう。という思惑である。
たった今、ランフレッドはルーファスの元に向かった。後は、見つからずに調合室に行くだけだ。
ティモシーとランフレッドは、同じ部屋で三階。調合室には階を移動せずに向かえる。気を付けるなら、ブラッドリーだけだろう。
そっと廊下を伺い、誰もいないのを確認する。
(よし! 誰もいない)
ティモシーは、足早に調合室に向かった。
「ティモシー?」
しかし、暫くして後ろから声が掛けられ、ティモシーはビクッとして振り向いた。そこには、ダグが立っていた。彼は驚いた顔をしている。
(なんだ。ダグか……)
「あ、えっと、おはようございます」
「あぁ、おはよう。って、お前怪我はいいのか?」
ティモシーは頷く。
「俺はてっきり休みかと思った。しかし、あの人思ったよりスパルタだな……」
あの人とは、ランフレッドを指すのだろう。
「あ、えっと。実は王宮に泊まって……暇だから……」
「あ、なるほど! ってお前、暇で仕事するのか……。俺なら、これ幸いと寝て過ごすけどな」
っと、ダグはいつも通り笑う。ティモシーは、ふうっと安堵する。だが、今日に限ってまた声が掛かる。
「おや? ダグだけじゃなくティモシーもいるのか……」
微かに聞き取れた声に二人は振り向いた。その相手に驚く。ルーファスだったのである。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます……」
ダグは軽く頭を下げ、ティモシーはスッとダグの後ろに下がる。
ティモシーは、やばいと思った。調合室につく前に見つかったと。だがよく見ると、ランフレッドはいなかった。
「ティモシー。君はレオ殿の所に行ったのではなかったのか?」
ルーファスもレオナールの所に行く事を知っていたのかとティモシーは焦る。
「レオって確か……。うん? 殿?」
『レオ』の名に聞き覚えがあるダグは、ルーファスが『殿』を付けて呼んだ事に疑問を持ち、ボソッと零す。
「まあ、いいか。今日はベネットは休みだが? 二人共どうする事になっている?」
「え! 休みなの!」
「うんじゃ、帰るかな……」
ティモシーは驚くも、ダグの方はそれこそ幸いと、家に帰って寝る気なのだろう。
「夕方まで馬車は出ない。今、ここも兵士が少ないからな」
「マジかよ……」
「連絡の行き違いがあったようだな。……では、暇だろう。どうだこれから、私の用事に付き合わないか?」
ルーファスの突然の誘いに二人共キョトンとする。ティモシーはともかくとして、ダグに声が掛かるとは思っていなかった。ルーファスに招待を受けるほど接点などないからである。
「あの……どちらに? お供のランフレッドさんは……」
「居た! ルー……ファス王子! ここにお出ででしたか!」
ダグの質問と被るように、遠くから声が響いた。言うまでもなく、ランフレッドである。
(げ! とうとう来た!)
「お探ししたのですよ! どうして部屋にいらっしゃ……って、ティモシー、お前! どうしてここにいる! レオ……ふがふが」
「君は煩い!」
ランフレッドの口を突然、ルーファスがパっと塞いだ。これには、塞がれた本人もそうだが、ティモシー達も驚いた。
「これから三人で森に行くことになった」
「はぁ? 森? いやいや、この状況下で森って……」
ルーファスは、ランフレッドの口を塞いだ手を服にこすりつけながら言うと、ランフレッドは驚いた。ティモシー達も行き先が森でこちらも驚く。
「ランフ、地に戻ってる。……森と言っても敷地内のそこだ。問題ない。暇そうだし見せてやろうかと思ってな」
「違う日にして頂けませんか? 森の見回りの兵士も昨日の夜から街の見回りに当てております。危険です」
「行きたいです!」
ダグはランフレッドの意見に賛成して頷くが、ティモシーはルーファスの意見に賛成した。森に行けないと、レオナールの部屋行きが確定だからである。
「大丈夫だ。剣も持って来た。それにこの頃警備が強化されて、うさぴょんが怯えて姿を現さない。今日なら見れるかもしれない」
「………」
「はい! 見たいです!」
「……兎より自分の事を考えてくれよ」
大賛成のティモシーだが、ランフレッドはボソッと呟き、大きなため息を漏らす。ダグは、少し眉をひそめるだけだった。
「では、行くぞ」
「はいはい」
話は決まったとルーファスが歩き出すと、仕方なしにランフレッドは彼の後ろを歩く。ティモシーは意気揚々とダグは緊張気味に後をついて行った。
四人はバルコニーの下にあるドアから広場に出て、そこから森に繋がる道に進んで行った。
道なりに進むと、十分ほどで二手に分かれた道に差し掛かり、ルーファスは迷わず左側の道を選び進む。
「こちらの方は、手つかずになっていて、たまに野生の動物も見られる」
ルーファスは歩きながら、そう説明する。そうして更に十分ほど進むと、歩みを止めた。
「ここらへんだな」
ルーファスがそう言うと、ティモシーとダグはぐるっと辺りを見渡す。
「ティモシー、野生動物は音に敏感だから静かにすれよ」
ランフレッドは、先に釘をさして置く。
「わかってるよ」
少し小さな声でティモシーは答えると、ダグが笑いを堪えて肩を振るわせる。
サァっと優しい風が吹くと、森も優しく囁くように感じる。
ティモシーは、久しぶりの森林浴だと、目を瞑り空を仰ぐ。ふと視線を感じ目を開けると、三人がジッと見つめていた。
「そうしていると、ホントお前……」
――女の子に見えるな。っと続いたのだろうが、ティモシーが睨んだのでランフレッドはそこで口を閉じた。
「少しぐらいなら、森に入ってもいいが、迷子になるなよ」
と、ルーファスがそう言うと、ティモシーは嬉しそうに頷く。
「ちょっと待て!」
ティモシーは、木の間隔が広い場所から森へ入って行こうとするが、慌ててランフレドが追いかけ手を取った。ティモシーならドンドン奥に入って行きそうだからである。
「俺は今、ルーの護衛してるからお前はルーから離れるな! もし何かあってもルー優先なんだからな!」
「わかってるって。それに見ていいって言ったのルーファス王子だろう?」
「大丈夫だ。私ならついてきている」
二人の会話にルーファスがそう言って割り込んだ。見るとルーファスもダグもついてきていた。ランフレッドは、ティモシーの手を離した。
何故かティモシーを先頭に少しだけ森の中へ進む。三分ほどでティモシーは止まった。
「わぁ。すごい! エール草だ! 流石王宮内にある森だ!」
ティモシーは、くるっと左側を向き目を輝かせる。
エール草は最上級のランクの草で、治療に効果があるが栽培が難しいと言われ高額なのである。
「いや、この森にエール草などないはずだが……」
ルーファスがそう言うと、ティモシーはエール草に近づき膝をつく。
「間違いない。こんなにいっぱいあるなんて!」
「本当にこれ、そうなのか?」
ランフレッドは、ティモシーの後ろに立ち、そこからのぞき込む。ダグとルーファスも近づき、ランフレッドの後ろに立ち見渡す。
「これって、棲息してるっていうか。栽培している感じじゃないか?」
「そうだな、摘んだ跡もあるな……」
ダグが目の前に広がるエール草を見て言うと、ルーファスもその言葉に頷いた。
エール草は、きちんと等間隔に生えていた。自然に棲息したのならこうはならないだろう。
「何! だったら! ここは危険かも……」
二人の意見を聞いたランフレッドがティモシーの手を取った時、ティモシーは魔力を感じ、そちらを振り向こうとするが辺りに影が落ちる。ハッとした時には、眠りに落ちたランフレッドが、ティモシーの上に倒れた来た! そしてそのまま、ティモシーも下敷きになり、二人はエール草の上に倒れた。
(なんだよこれ! また下敷きって!)
ティモシーからは、ルーファスの足しか見えない。しかもその足は、地上を踏みしめていた!
(え! ルーファス王子も魔術師! 聞いてないけど!)
ティモシーはその驚きで、誰が魔術を使ったんだろうかという疑問など一瞬吹き飛んだ。
「まさか、ルーファス王子が魔術師なんてな……」
だがその台詞を聞いて、ハッとした。当たり前だがダグも魔術師だ。起きている。いや、もしかしたら魔術を使ったのは彼かもしれない……。ティモシーは、そんな疑惑が頭を過った。




