30
ドアを開けると、ベルの綺麗な音がする。
この音を、毎日のように鳴らしていた。
「いらっしゃい」
「……………………違和感、全開。違和感仕事しろ」
「意味不明だが、いい加減に慣れてくれ」
無理かもしれない。
ドアを潜ったその先に、違和感がわたしを出迎える。彼が微かに微笑んで、『いらっしゃい』と言うのだから。
表情より、ちゃんと仕事している姿に、だ。
慣れないのはきっと、見た目も含まれた。
「で、今日は何にする?」
「気分はレモンかコーヒーだけど、やっぱりミルクティー」
「……どんな気分だ」
「ほんわかしたい」
そんな気まぐれな注文でも、彼は応えてくれる。
入れてくれる紅茶もコーヒーも美味しい。
実の所、何でもよかった。
彼の入れる飲み物は、種類関係なく心が落ち着くからだから、飲みたい種類は気まぐれ。
「あ……」
「何だ?」
「や、えーっと……」
仕事をしている彼を見て、思わず戸惑う。
やっぱり大人なんだな――って。三十代後半だから仕方ないけど。
「時間はある。まだ歩き出したばかりだからな」
「え?」
「聞きたいことや話したいことは、オレもありすぎる。
どれから話そうか。
どれから聞こうか。
言葉が一度に出そうだから困る。どれもみんな一番に聞きたいこと、言いたいことばかりだからな」
だから、ふと浮かんだ時でいいと。そのタイミングが、一番話しやすいし、聞きやすいだろう。
時間は進み、早く感じる人も居るだろう。
わたしと彼との時間は、まだ進み始めたばかり。
ゆっくり、ゆっくりと。
聞きたいこと、話したいことを満たすには十分すぎるほど。
焦る必要は、どこにもなかった。
――彼の年齢を考えなければ、の話。
「しかし、いざとなるとまあ……少し気恥ずかしい気もするが」
ふっ、と考え込んだのは一瞬。
彼の中で、何か決まったらしい。
「今、思ったことを話そうと思う。少し……いや、死ぬほど恥ずかしいが」
「なに何?」
詰め寄ってみる。
彼の頬が少し、赤くなっているように見えた。
「……晴夏から遙に続く、紡いだ想い――とか」
「それってどの辺り?」
「ちょうどキミが消えたあの日から、だな」
それは、彼の優しさと悲しさの物語。
目を閉じて。
遙かに続く明日へ、ここから一つずつ、想いを紡ぎ行く。
ゆっくりと、二人で。
終




