11
これは、赤。
赤が広がり、赤に染まる世界。全てが赤に映る。
誰かの赤で、誰の赤でもなくて。
紅――
夢は、そこで終わった。
起き上がり、何よりも先に手のひらを見る。
いつもと変わらない肌色に、ホッとした。
もし赤に染まっていたのならと思うと、ゾッと背筋が凍った。
赤は嫌いじゃない。赤い小物は持っているけど、服は着ない。原色が似合わないと自覚しているから、着ないだけ。
「……ヤな夢」
一つ、深いため息を吐く。
外はまだ朝を迎える前。ほんの少し明るくなっているだけ。
時計を見ようと腕を伸ばすと、ガタンッ――派手な音が響いた。掴み損ねて落としたのではない。
慌ててベッドから降りる。
スリッパも履かず、リビングへ駆け込む。音はわたしの部屋のほぼ真下からだから、間違いない。
一人用に分離させたソファーが(何故か)倒れていて、
「……えーっと」
そのソファーごと、倒れている二人が居た。
兄さんが、彼に覆い被さる形で。
一瞬、頭を過ぎった。
現実にあることは理解しているし、別に否定はしない。だけど、身内にソレがあったらと思うと。
「うあぁぁぁ……」
頭を抱えて、唸った。
心の準備が出来ていないんだ。いや、準備が出来ていても、あと云十年の時間が必要だろう。
「……何か、激しく誤解をしているようだが、キミの想像していることではない」
「え? 何で分かったの?」
「…………流れ的に」
彼も、何を想像していたのか分かっていたらしい。呆れた口調で否定をした。
しかし、流れ的にとは人をどういう風に見ているのやら。
「あ、そうなんだ。で、何があったの?」
「見て分からないのかと言うと、想像が変な方向に行きそうなので言わないでおこう。
――晴秋さんが、倒れたんだ」
「……え?」
倒れて居るのは、見て分かった。
どうして倒れたのか、事の発端が知りたい。
「とりあえず、部屋に寝かせてくる。話はその後で」
「あ、うん。お願い」
肩を抱き運んでいく彼と、ピクリとも動かない兄さんに、得体の知れない不安がこみ上げた。
二人が居なくなってから、リビングで落ち着かない時間をやり過ごす。
気は紛れるどころか、倒れた兄さんの表情ばかり浮かぶ。
真っ青を通り越えて、真っ白。
それはまるで……死人のような――
「兄さん……」
ただ、ひたすらに 祈る。
働きすぎなのだろうか?
ライターの仕事がどれほどのものかは分からない。時間にルーズになってしまうと、誰かが言っていたような。
それでも、朝に顔を出さない時がよくあるけど、元気な姿を見せてくれていた。
少しも疲れた様子も見せず。
「――晴秋さんは大丈夫だ。少しだけ目を覚まし、出版社の締め切りが重なっていたと言っていた。
つまりは、疲労と睡眠不足……と言うことだ。今日は一日寝倒すと眠ったから」
「ホント、に?」
「嘘を言ってどうする?」
「そう、だよね」
心配なのは変わらない。
けど、そうしていたって何にもならない。
現状を知る。そして、自分で出来ることを考える。今、必要なことを。
「こんな時こそ、わたしがしっかりしなきゃ、だよね?」
同意を求めて疑問系で彼に聞くが、その彼は何かを考え込んでいた。
今まで見たことのないほど、険しい表情で。
鬼気迫る感じの怖さ。
「…………あ……悪い。晴秋さんなら大丈夫だ。オレが付き添うさ」
「いや、そんなこと聞いてないし。大丈夫ってさっきも言ったし」
「あ、そうか。何の話だった?」
「――って言うか、アナタが大丈夫って聞こうか?」
人の話を聞けないほど動揺している、という風にも見えるけど。
何だか、もっと深い事情があるようにも見える。
倒れたその前に、一体何があったというのだろう?
何だか、空気が嫌な感じに吹いているみたい。
「大丈夫だ。オレは朝食の準備で起きていたから、眠くはない」
「…………何で聞いてもいないことを答えるのかな?」
「一応、聞かれるだろうことを見越して。キミは眠ったほうがいい。学校に差し支える」
「そうするつもりよ」
腑に落ちないのは、彼だから仕方のないこと。
とりあえず、部屋へ戻ることにした。
眠らないと学校で居眠りをしてしまう。寝ても大丈夫だけど、友だちに心配されそうだから寝たくない。
布団に入って、目を閉じる。羊を数えてしまうと、逆に目――いや、脳が冴えてしまうから、ただ目を閉じて、意識しないように努めた。
………………。
……………………ムリ、だった。
眠れない。
どうやっても眠れなかった。
目は、冴える一方。
布団の中でゴロゴロ動いては、ため息。
これで眠っても、中途半端すぎて結局は居眠りしてしまう。
仕方なしに起き上がる。学校に行ったらどこか適当な時間に、保健室で一時間でも休ませてもらおう。
意気込んで、起き上がった。
眠る兄さんの邪魔にならないよう、静かに、足音を立てずに階段を降り、キッチンに入る。
作りかけの朝食は、何を作ろうとしていたのか分からず、とりあえず手を出すのはやめておく。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、一息。
「――何だ、眠らなかったのか?」
「あ、うん。やっぱり、ね」
苦笑するしかない。
「……家族、が。家族だから心配するのは、当たり前か」
「アナタは家族じゃないけど、兄さんの心配をしてくれた。それだけでも、結構嬉しいものだけど」
「キミが?」
「…………兄さんも、だよ」
遠まわしで『うん』とか、『そうだよ』とは言わない。
照れくさいとか、そんなんじゃないけど。
「ありがとう」
フッ――と笑って、撫でられる頭。
たったこれだけで、何だか嬉しいとか思ってしまうわたしは、思っている以上に単純なのかもしれない。




