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 あくびを噛み殺して、午前中の折り返しを迎える。

 心配な心があるせいか、今の所、睡魔に勝っているのが救いだった。


「晴夏、元気ないね。どうしたの?」


「ん~……ちょっと早起きし過ぎてね。何か変な夢、見ちゃったし」


「じゃあ、気分転換に出かけようよ! 昨日、隣町に新しいケーキのお店がオープンしたって言うし。

 ここの所、みんな塾だとか部活だとかで、全然、遊べなかったし、ね?」


「そうそう! 特に晴夏、付き合い悪いぞ~ってことで、明日の休日、久しぶりに遊びに行こう」


 いや、そう言われても困る。

 正直な話、ケーキのお店には興味なかった。普段からジュースとかはよく飲むけど、間食はあまりしない。

 別にダイエットとかじゃなくて。食べたいなと思う時以外、食べなかっただけ。

 他人とのズレを感じてしまう。


「……遠慮するよ。食べない人間と一緒に行っても、面白くないしね」


「えー、みんなで遊びに行こうってことに、意味があるんだから」


「ねぇ、晴夏。どうしても?」


 と、顔を近づけ言われてしまえば、迫力に押され、『うん』と答えるしか逃げ道はない。

 本当は、ノリ気もしない。どちらかと言うと、行きたくない気が強いのだ。

 まだ回復していない兄さんが心配、と言うものある。

 あとは。

 ――って、『あとは』なんてないのに。


「でも、何で急って言うか、善は急げ~の今日じゃなくて、明日の休日?」


「明日なのは、みんなの都合がいいから……だね。本当は、前々から遊びに行きたいと思っていたけど」


「あの人が来てから、何だか……ねえ?」


「うんうん。学校以外で晴夏に近づけなくなったって言うか。晴夏、真っ直ぐ帰っちゃうし」


「…………それは、用事があるからで」


 主に、買い物に行けない彼の代行のため、家に直行している。

 それさえなければ、少しの寄り道もできていた。

 考えてみれば、遊びたいと思ってくれている友だちに、悪いなって思う所もある。

 いい友だちが持てて、嬉しいな。

 だから今日は、出かけてもいいかもしれない。


「まあ……たまには、ね」


「そうこなくっちゃ。明日、集合は朝九時前に公園で大丈夫だよね?」


「え……あ、うん。少し早い気もするけど、時間的には。公園……ね」


 出かけても――




 そんな約束をした放課後、帰り道。

 本屋に立ち寄り、一冊の雑誌を手にした。

 普段は買わない情報誌。ここ最近の情報が分からないから、買うことにしたんだ。

 別に知らなくても、遊びに行くだけだから困らない。だけど、百パーセント楽しみたいから読む。


「……こんな映画、あったんだ」


 それは、一ヶ月以上も前に公開されていた。

 人気の映画らしく、レジに近い一角に原作本が積まれている。

 原作本はベストセラーになっているから知っていたし、映画化決定……という話があったのも、知っている。

 けど、それが既に公開していたなんて……知らない。

 まるで、その一ヶ月以上が空白のよう。

 ピタリと、当てはまる。


「痛っ」


 ズキッと走る痛み。

 頭痛じゃない、頭痛。

 これは何だろう。

 何か大切なことを忘れているような。何か思い出さないで欲しいような。

 ズキズキと、痛む。

 不安、だ。

 心が、じゃなくて、世界に、だ。

 ゆらゆらと、揺れている。



「――」



 名前を呼ぶ声が聞こえた。

 それは『誰?』と聞くまでも、間違うはずもない。

 彼、だ。


「寄り道か?」


「…………うん。ちょっと、雑誌でも読もうかなって。買い物ってか、兄さん放って置いて大丈夫なの?」


「晴秋さんなら起きていて、仕事に使うからと本の買い出しをオレに頼んだ。悪いがこれを精算して来て欲しい」


「本屋さんでも、ダメなんだよね」


 差し出された本を受け取った時、頭痛は消えていた。不安も、もうない。

 はっきりとは聞こえなかったけど、彼は間違いなく名前を呼んでくれた。

 晴夏、と。

 今度は、面と向かって聞いてみたい……なんて。

 兄さんとわたし、同じ兄妹なのに、どうして兄さんだけ名前で呼ぶのだろう?

 女の子の名前だから恥ずかしい――だったら、笑ってやる。

 そう意気込んで会計を済ませ、本屋を後にする。

 道の途中。

 町の霊の様子がおかしいことに気づく。

 彼が通り過ぎる度、何だかざわついていると言うか、落ち着きがないと言うか。


「………………使いすぎたか」


「は?」


 と聞き返しても返事はなく、ブツブツと独り言を言いながら、ポケットから小さなビー玉を取り出した。

 次に、首元から手を入れ、紐のついている何かを引っ張る。出たのはちょっと年季の入ったお守り。

 多分、大事なものなんだ。

 その中にビー玉を入れると、


「あれ?」


 心なしか、ざわつきが収まってきたような気がした。


「え、何? どうしたの?」


 一瞬フラついた彼と、この状況がさっぱりだ。

 しばらくお守りを握り続け、ふと、深いため息を吐いた。


「……力を少し、使いすぎただけだ」


「力って、浄化の? ここに来るまでいくつ、成仏させたの?」


「いや、そっちには使っていない。

 力は使わなければ減らない……という訳ではない。無意識に霊の気配を感じるなど、そうして使っている場合がある。

 時には意図せず、微弱な霊の気配も感じようと、力を余計に使ってしまう場合がある」


「えっと、意味が分かんないけど……つまりは無意識に使いすぎて、自覚した時ちょっと危なげだった?」


「そう捉えてくれ」


 言いながら、お守りを仕舞い込んだ。


「で、使いすぎるとどうなるの?」


「霊に取り付かれやすくなる。特に悪霊。力のある人間が憑依されてしまえば、いろいろ面倒になる。だから気をつけなければならない」


 キミも、と念を押される。

 この町の住人はかなりの幸運だろうと彼は言い、さっさと歩いていってしまった。


「……しばらくは、無理か」


 そんな呟きが聞こえたけど、聞かなかったことにした。

 不安、なんだと思うから。

 弱まってしまったことと。霊に取り憑かれてしまうかどうか、が。



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