12
あくびを噛み殺して、午前中の折り返しを迎える。
心配な心があるせいか、今の所、睡魔に勝っているのが救いだった。
「晴夏、元気ないね。どうしたの?」
「ん~……ちょっと早起きし過ぎてね。何か変な夢、見ちゃったし」
「じゃあ、気分転換に出かけようよ! 昨日、隣町に新しいケーキのお店がオープンしたって言うし。
ここの所、みんな塾だとか部活だとかで、全然、遊べなかったし、ね?」
「そうそう! 特に晴夏、付き合い悪いぞ~ってことで、明日の休日、久しぶりに遊びに行こう」
いや、そう言われても困る。
正直な話、ケーキのお店には興味なかった。普段からジュースとかはよく飲むけど、間食はあまりしない。
別にダイエットとかじゃなくて。食べたいなと思う時以外、食べなかっただけ。
他人とのズレを感じてしまう。
「……遠慮するよ。食べない人間と一緒に行っても、面白くないしね」
「えー、みんなで遊びに行こうってことに、意味があるんだから」
「ねぇ、晴夏。どうしても?」
と、顔を近づけ言われてしまえば、迫力に押され、『うん』と答えるしか逃げ道はない。
本当は、ノリ気もしない。どちらかと言うと、行きたくない気が強いのだ。
まだ回復していない兄さんが心配、と言うものある。
あとは。
――って、『あとは』なんてないのに。
「でも、何で急って言うか、善は急げ~の今日じゃなくて、明日の休日?」
「明日なのは、みんなの都合がいいから……だね。本当は、前々から遊びに行きたいと思っていたけど」
「あの人が来てから、何だか……ねえ?」
「うんうん。学校以外で晴夏に近づけなくなったって言うか。晴夏、真っ直ぐ帰っちゃうし」
「…………それは、用事があるからで」
主に、買い物に行けない彼の代行のため、家に直行している。
それさえなければ、少しの寄り道もできていた。
考えてみれば、遊びたいと思ってくれている友だちに、悪いなって思う所もある。
いい友だちが持てて、嬉しいな。
だから今日は、出かけてもいいかもしれない。
「まあ……たまには、ね」
「そうこなくっちゃ。明日、集合は朝九時前に公園で大丈夫だよね?」
「え……あ、うん。少し早い気もするけど、時間的には。公園……ね」
出かけても――
そんな約束をした放課後、帰り道。
本屋に立ち寄り、一冊の雑誌を手にした。
普段は買わない情報誌。ここ最近の情報が分からないから、買うことにしたんだ。
別に知らなくても、遊びに行くだけだから困らない。だけど、百パーセント楽しみたいから読む。
「……こんな映画、あったんだ」
それは、一ヶ月以上も前に公開されていた。
人気の映画らしく、レジに近い一角に原作本が積まれている。
原作本はベストセラーになっているから知っていたし、映画化決定……という話があったのも、知っている。
けど、それが既に公開していたなんて……知らない。
まるで、その一ヶ月以上が空白のよう。
ピタリと、当てはまる。
「痛っ」
ズキッと走る痛み。
頭痛じゃない、頭痛。
これは何だろう。
何か大切なことを忘れているような。何か思い出さないで欲しいような。
ズキズキと、痛む。
不安、だ。
心が、じゃなくて、世界に、だ。
ゆらゆらと、揺れている。
「――」
名前を呼ぶ声が聞こえた。
それは『誰?』と聞くまでも、間違うはずもない。
彼、だ。
「寄り道か?」
「…………うん。ちょっと、雑誌でも読もうかなって。買い物ってか、兄さん放って置いて大丈夫なの?」
「晴秋さんなら起きていて、仕事に使うからと本の買い出しをオレに頼んだ。悪いがこれを精算して来て欲しい」
「本屋さんでも、ダメなんだよね」
差し出された本を受け取った時、頭痛は消えていた。不安も、もうない。
はっきりとは聞こえなかったけど、彼は間違いなく名前を呼んでくれた。
晴夏、と。
今度は、面と向かって聞いてみたい……なんて。
兄さんとわたし、同じ兄妹なのに、どうして兄さんだけ名前で呼ぶのだろう?
女の子の名前だから恥ずかしい――だったら、笑ってやる。
そう意気込んで会計を済ませ、本屋を後にする。
道の途中。
町の霊の様子がおかしいことに気づく。
彼が通り過ぎる度、何だかざわついていると言うか、落ち着きがないと言うか。
「………………使いすぎたか」
「は?」
と聞き返しても返事はなく、ブツブツと独り言を言いながら、ポケットから小さなビー玉を取り出した。
次に、首元から手を入れ、紐のついている何かを引っ張る。出たのはちょっと年季の入ったお守り。
多分、大事なものなんだ。
その中にビー玉を入れると、
「あれ?」
心なしか、ざわつきが収まってきたような気がした。
「え、何? どうしたの?」
一瞬フラついた彼と、この状況がさっぱりだ。
しばらくお守りを握り続け、ふと、深いため息を吐いた。
「……力を少し、使いすぎただけだ」
「力って、浄化の? ここに来るまでいくつ、成仏させたの?」
「いや、そっちには使っていない。
力は使わなければ減らない……という訳ではない。無意識に霊の気配を感じるなど、そうして使っている場合がある。
時には意図せず、微弱な霊の気配も感じようと、力を余計に使ってしまう場合がある」
「えっと、意味が分かんないけど……つまりは無意識に使いすぎて、自覚した時ちょっと危なげだった?」
「そう捉えてくれ」
言いながら、お守りを仕舞い込んだ。
「で、使いすぎるとどうなるの?」
「霊に取り付かれやすくなる。特に悪霊。力のある人間が憑依されてしまえば、いろいろ面倒になる。だから気をつけなければならない」
キミも、と念を押される。
この町の住人はかなりの幸運だろうと彼は言い、さっさと歩いていってしまった。
「……しばらくは、無理か」
そんな呟きが聞こえたけど、聞かなかったことにした。
不安、なんだと思うから。
弱まってしまったことと。霊に取り憑かれてしまうかどうか、が。




