第6話 世界の広さと弾かれた場所
洞窟の隙間から差し込む眩しい光に、僕は目を覚ました。
地平線の彼方から力強く昇ってきた朝日は、昨日見た夕日よりもずっと鮮やかで、異世界の広大な大地を隅々まで照らし出していく。
起き上がると全身がバキバキと悲鳴を上げたけれど、冷たい水筒の水を一口含むと、不思議と頭は冴え渡っていた。
鞄を背負い直し、再び街道へと戻って歩みを進める。
川を越え、森を抜けて。
森を抜けた先、やがて、ぽつぽつと木造の家々が集まる小さな集落が見えてきた。
(ここは、エスト町とは、また別の村なのか? あれだけ、歩いたのだからきっとそうに決まっている)
鞄の中にある、アル手製の地図を取り出して周りの景色と見比べる。
「あ……おはようございます」
畑仕事に向かう途中らしき、クワを担いだ初老の男性と目が合い、僕は緊張しながらも頭を下げた。前の世界では、知らない大人に挨拶するなんて絶対に避けていたのに、不思議とここでは自然と言葉が出た。
「おや、見ない顔だね。おはよう、旅の若者かい?」
「はい、ちょっと宛てもなく歩いていて。……すみません、ここはなんていう場所なんですか?」
僕の問いかけに、男性は人懐っこい笑みを浮かべて、汗を拭いながら答えた。
「ここはエスト町だよ」
「えっ……?」
僕は思わず声を上げた。エスト町なら、昨日僕がギルドに登録して、アルと別れたあのさびれた街のはずだ。あそこから何時間も、夜を徹するようにして歩いてきたはずなのに。
「あの、エスト町って、あっちのギルドがある賑やかな……いえ、小さなお店が集まっているあそこじゃ?」
「ハハハ! ああ、あそこはエスト町の『中心街』だね。このへん一帯は、ぜーんぶ引っくるめてエスト町なんだよ。ほら、その地図を見せてごらん」
言われるがままに、僕はアルからもらった手製の地図を広げて男性に見せた。
男性は太い指で、地図の端にあるいくつかの点と、それを取り囲む歪な境界線を指し示す。
「この地図はよく書けてる。……いいかい、レン坊。ここにあるいくつかの小さな辺境の村が、数年前にごちゃ混ぜに合併してできたのが、今の『エスト町』なんだ。だから無駄に広いんだよ」
「合併……ですか」
なんだか、前の世界でも聞いたことがあるような現実的な単語に、親近感と、それ以上の妙な生々しさを覚える。男性はどこか自嘲気味に、けれどあっけらかんと笑って続けた。
「何せ、王都の偉い奴らからすりゃ、ここは『厄介払い』でまとめられただけの場所だからな。税金を取り立てるのにも、管理するのにも、バラバラじゃ面倒だからって一つの『町』に括り付けられたのさ。見捨てられた土地、ってわけだ」
――王都からの、厄介払い。
その言葉が、僕の胸にすとんと落ちてきた。
綺麗なRPGのような景色の裏側にある、政治の都合、人間の割り切れない思惑。ここもまた、華やかな世界の中心から弾き出された、いわば「陰」のような場所だったんだ。
けれど、ここで土を耕し、汗を流して笑っているこの男性の姿は、ひどく地に足がついていて、人間らしかった。
「……そう、なんですね」
僕は自分のポケットにある、鉄色の「最低評価」のギルドカードに触れた。
中央から弾き出され、役に立たないとまとめられたこの広大な土地。そこに、同じく何者でもない僕が、今こうして立っている。
「色々教えてくれて、ありがとうございました」
「気をつけてな、若者。何もないところだけど、道だけは続いてるからよ」
と笑顔で、男性に見送られながら、僕は再び歩き出す。
見捨てられた広大な町、エスト。この世界の歪さと、そこで生きる人々の体温を肌で感じながら、僕の旅は少しずつ、その解像度を上げていく。




