第3話 助け合いと一人きりの始まり
最後まで読んでくださると嬉しいです!
ギルドを飛び出して、どれくらい歩いただろう。
頭が冷えてくると同時に、急に我に返って恥ずかしくなった。親切にしてくれたアルを置き去りにして、勝手に逃げ出すなんて、どこまで格好悪いんだ、僕は。
結局、夕暮れ時になって、僕はとぼとぼとギルドの前に戻ってきた。
建物の壁に背を預けて、所在なさげに地面を蹴っている影が見える。アルだった。彼は僕の姿を見つけると、怒る風でもなく、ほっとしたように白い歯を見せた。
「あ、レン。戻ってきたか」
「……すみません。急に、いなくなって」
「いや、いいよ。誰だって、自分の現実を突きつけられたら凹むもんだ」
アルはそう言って、足元に置いてあった小さな革の袋と、一本の古びた短剣を拾い上げた。
「アルさん。僕……やっぱり、この町を出て、旅に出ようと思います」
口にしてみて、自分でも驚くほどすんなりとその言葉が出た。
能力がないと突きつけられて、ここに居続けるのは耐えられなかった。また前の世界と同じように、「何者でもない自分」に怯えながら暮らすのは御免だ。それなら、いっそ誰も僕を知らない場所へ、ただ遠くへ行きたかった。
アルは驚いたように目を見開いたけれど、すぐに諦めたように息を吐いた。
「そっか。引き止めても、もう行く顔をしてるな」
「……はい」
「じゃあ、これ。餞別代わりだ。受け取ってくれ」
差し出されたのは、さっき彼が拾い上げた古びた短剣と、少しの硬貨が入った革袋、それから破れのない丈夫そうな古着の上着だった。
「えっ、いや、そんなの受け取れません! 出会ったばかりなのに……」
「いいから持っていけって。その短剣、形は古いけど手入れはちゃんとしてある。それと、その服を着ておけば旅人っぽく見えるだろ? お金は少ししかないけど、次の街までの飯代くらいにはなる」
アルは僕の手を無理やり引っ張って、それらを握らせた。
「なんで……そこまでしてくれるんですか」
「助け合いってやつだよ。俺もさ、昔、旅の途中で干からびそうになってたところを、見ず知らずの奴に助けられたんだ。『次はお前が誰かを助けろ』って言われてさ。だから、これはその時の恩返しをレンにしてるだけ」
健気に、そして眩しいくらいの笑顔でそう言うアル。
「またどこかでな、レン。お互い生きてりゃ、きっとまた会えるさ」
「……ありがとう、ございます。アルさん」
「俺はもう少しこの街に滞在して、依頼をこなすつもりだからさ。じゃあな!」
アルは大きく手を振って、今度こそギルドの中へと戻っていった。
手の中に残った、少しの小銭の重みと、鉄の冷たさ。
不思議と、さっきまでの絶望感は少しだけ薄れていた。
――ここから、僕の旅が始まる。
荷物を背負い直し、エストの街の門へと向かう。
振り返ると、さびれた街並みが夕日に赤く染まっていた。
「旅、か……」
ぽつりと言葉をこぼす。
思い返せば、元の世界にいた頃から、地理の本を見たり、遠い異国の歴史小説を読んだりするのが好きだった。自分の部屋という狭い殻に閉じこもりながらも、頭の中だけはいつも、世界の果てを旅していた。
だから、いざこうして見知らぬ大地に一人で放り出されてみると、怖さの反面、心の中に小さな灯火が宿るような感覚があった。
「案外……楽しいかもな」
誰も僕を知らない場所で、ただ歩く。
自分探し、なんて、前の世界では『意識高い系の痛い言葉』だと冷笑していたけれど、今の僕にはそれくらいがちょうどいい。何者でもない自分が、何者かになるための、あるいはただ逃げ続けるための旅。悪くないかもな、そういうのも。
歩き出す。一歩、また一歩と、石畳から土の道へと足を踏み出していく。
けれど。
静まり返った夜の道を一人で歩いていると、どうしても、あの残像が脳裏をかすめる。
僕を心配そうに見つめていた、あの子の瞳。
拒絶されたわけじゃない。むしろ優しくされたからこそ、自分の無力さが浮き彫りになって、耐えられなくなったんだ。
(……何度も、あの子の顔がよぎる)
振り払うように、僕は少しだけ歩みのスピードを上げた。
まだ、傷は癒えていない。だから僕は、逃げるように旅を続ける。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
別の作品や次の話も是非見てみてください!
面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




