第2話 始まりの町の第一村人
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(言葉が、わかる。これは、僕の耳が間違ってなければ日本語だ。)
大きく息を吸って、乾いた喉からどうにか問いかけに答える音を絞り出す。
「はい? なん……で……しょうか?」
自分で聞いても情けないくらい、少し緊張しながら話した。まぁ、理由としては明確だ。夏休みに入ってからというもの、完全に自分の殻に閉じこもっていて、家族以外の人とまともに会話をしていなかったからだ。
そもそも、普段から人と話すのがあまり得意ではない。そのうえに、最後に誰かとまともに言葉を交わしたのが、夏休み前に学校の教室で、友達と話して以来だから、約1週間ぶりということになる。声の出し方すら忘れてしまいそうだった。
「あぁ。急に話しかけてごめんな」
青年はそう言って、人懐っこく笑った。年齢は僕と同い年くらい、高校2年生の17歳といったところだろうか。身長は僕より少し高くて、どこか垢抜けない、けれどこの街に馴染んだ素朴な格好をしている。青年は続けて言葉を紡いだ。
「あんまり、この町で知らない顔を見かけることはないからさ。見慣れない服を着てキョロキョロしてたから、つい話しかけてしまったんだ」
「そう……なんですね」
どうやら僕の考察通り、このエストという町は、すごく栄えた大都市というわけではなさそうだ。良く言えばのどか、悪く言えば寂れている。
「ところで、君。どこから来たんだい?」
「……」
その質問が飛んできた瞬間、僕の脳内はフル回転を始めた。
(シンキングタイム~!! ここで、『日本です』とか『静岡県です』とか『富士山の麓です』って言っても、きっと『お前何言ってんの?』って顔をされるだけだ。ここが、仮にネット小説で見たような異世界だった場合は確実にそう言われるはず。じゃあ、ここで何を言うのが正解なんだ? 突飛な嘘はすぐバレる。なら……『出身地は、自分はよくわからないですが、小さい頃から旅をしています』。これならどうだ? 記憶喪失風でありつつ、この場を誤魔化せる。案外よくないか……? よく異世界もののアニメや小説でも、世界の端のほうとか、遠い遠い未開の土地から来たって言ってたりするし、似たようなもんじゃないか? 知らんけど。よし、決定。なんとでもなれ~!)
この間、わずか0.5秒。
「出身地は、自分はよくわからないですが、小さい頃から……旅をしています」
(い……言えた~っ!!)
心臓がバクバクと音を立てる。嘘をつくのは慣れていない。いや、自分を偽るのには慣れているはずなのに、この世界の空気のせいか、妙に喉が痛かった。
「そうなのか……旅人、あるいは冒険者、そのあたりか。じゃあギルドで、冒険者登録とかはしているのか?」
「ぼうけんしゃ……とうろく? 多分……してないです」
「そうなのか?! じゃあ絶対しておいたほうがいいぞ。この世界じゃ身分を証明するようなものだし、クエストとかを受けるには、最近この登録をしていないとできないようになったらしいからな。身分証がないと、別の街に入るのにも苦労するぞ」
「じゃあ……登録します」
「おう、それがいい。ギルドまで案内するよ。どうせ、僕も依頼の報告とカードの更新に行くところだったしね」
「あ……ありがとうございます」
青年は「俺はアル。よろしくな」と小さく手を挙げ、先頭を歩き出した。僕はその背中に、つかず離れずの距離を保ちながらついていく。
しばらく歩くと、商店街のはしっこまで来た。
「ここが、この町のギルド支部、エスト町支部だ」
案内されたそこは……なんというか、僕が想像していた『冒険者ギルド』の何倍もこじんまりとした、小さな個人商店のような古い木造の建物だった。アニメにあるような、荒くれ者が酒を酌み交わし、依頼の羊皮紙が壁一面に貼られているような賑やかさはどこにもない。受付に眠そうな顔をした年配の女性が一人座っているだけだ。
「おばちゃん、この人、新規の登録をお願いしたいんだけど」
アルが声をかけると、受付の女性は「はいはい、新規ねぇ」と、机の引き出しから1枚の薄暗い水晶の板を取り出した。
「じゃあ、ここに手を乗せて、少しだけ意識を集中させておくれ。あなたの『能力値』や『適正』を読み取って、ギルドカードを作るからね」
(ついに来た。小説でよくあるステータス確認だ。ここで僕に、何か凄い魔法とか、最強のチート能力が見つかったりするんだろうか。もしそんなものがあれば、僕だって――)
ごくり、と唾を飲み込み、緊張で湿った手のひらを水晶に触れさせる。
水晶が淡く、頼りない光を放ち、やがて表面に文字が浮かび上がった。
それを見た受付の女性は、眼鏡の位置を直しながら、困ったように眉をひそめた。
「ええと……名前はレン、ね。……うーん、これは」
「何かあったんですか?」
アルが覗き込む。そこには、残酷な現実が淡々と刻まれていた。
【体力:E / 魔力:G(測定限界以下) / 筋力:F / 敏捷:E】
【加護:なし】
【固有能力:なし】
「……魔法の才能は皆無。身体能力も、そのへんの農家の子供より低いね。スキルも……何もない。ただの一般人、それ以下かもしれないよ。一応、登録だけはしてあげるけど……まともな魔物退治の依頼は受けられないよ。街のドブ掃除や、倉庫の荷物運びくらいだね」
手渡された、くすんだ鉄色の一枚のプレート。それが僕の評価だった。
「あ、あはは……まぁ、最初はそんなもんだよ! 気にするなよレン!」
アルが気遣わしげに僕の肩を叩く。その優しさが、今の僕にはひどく痛かった。
(……ああ、やっぱりか)
胸の奥が、冷たい泥で満たされていくような感覚。
異世界に来たからって、自分が特別な存在になれるわけじゃない。世界が変わったところで、僕という中身が空っぽの人間は、何一つ変わっていないんだ。
ここでもまた、役に立てないのか。
誰の期待にも応えられず、誰の役にも立てず、ただ世界の隅っこで呼吸をしているだけの存在。
(……誰にも、必要とされない)
脳裏に、あの夕暮れの教室の光景がよぎる。
僕を呼び止めて、困ったような、哀れむような目で僕を見ていた『あの子』の顔。
「ねえ、佐藤くん。もう、無理しなくていいよ」と言われた、あの瞬間。
せっかく誰も自分を知らない世界に来たのに。逃げて、逃げて、ようやく辿り着いたはずの場所なのに。
結局、僕は僕のままで、無力なままここに立っている。
「……すみません、アルさん。少し、一人で考えさせてください」
僕はギルドカードをポケットに突っ込むと、アルの引き止める声を振り切るように、逃げるように小さなギルドの扉を押し開けた。
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