第1話 世界の境界線は、深夜二時のコンビニの自動ドア
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ヘッドホンの隙間から漏れる電子音だけが、静まり返った自室の空気を震わせていた。
佐藤 蓮、17歳。
世間が定義するところの、典型的な「陰キャ」である。
夏休みに入り、好きな、地理や歴史の勉強や小説を読んだりと趣味を満喫していた。ちょうどさっきまで、ボカロを聴きながら、異世界物の小説を読んでいたところだ。
現在時刻は、午前1時、昼夜が完全に逆転した生活の中。
クラスの目立つグループがSNSに投稿する「最高メンツでBBQ!」といった眩しい写真を見るたび、胸の奥がチクリと痛む。だが同時に、「あんなにエネルギーを使わなきゃ維持できない関係なんて疲れるだけだ」と、冷めた言い訳で自分をガードするのが常だった。他人と関わらなければ、傷つくこともない。
「……あ」
時計の針が午前2時を回った頃、最近ハマっているペットボトルのジュースが空になった。
ポン、と虚しい軽い音を立てて机に置かれるペットボトル。明日の予定など何もない。あるのは、この底なしの退屈と、少しの空腹感だけだ。
「コンビニ、行くか……」
誰に聞かせるでもない呟きは、湿った部屋の空気に吸い込まれて消えた。
外に出るための装備は、いつも同じだ。
少しよれたグレーのパーカー、深くかぶった帽子で視線を隠す。ワイヤレスイヤホンを耳にねじ込み、お気に入りのボカロを大音量で流す。これで「話しかけるな、見るな」のバリアは完成だ。
ドアをそっと開け、家族を起こさないように泥棒のような足取りで階段を下りる。
深夜の住宅街は、蓮にとって唯一「息がしやすい場所」だった。
昼間の世界の主役である「陽キャ」たちは皆眠りについている。誰も自分を見ていない、誰とも目を合わせなくていい。この静寂だけが、自分の矮小な存在を許してくれているような気がした。
アスファルトを踏みしめるスニーカーの音。
街灯の放つ、どこか頼りないオレンジ色の光が、蓮の影を長く、薄く地面に伸ばしていく。
「……はぁ」
ため息が、白く濁って消えた。
17歳。本来なら、未来への希望とか、夢とか、そういうキラキラしたものを語るべき年齢なのだろう。けれど、蓮の視界にあるのは、ひび割れたアスファルトと、数メートル先の自動販売機だけ。
自分の人生はこのまま、誰にも気づかれずにフェードアウトしていくんじゃないか。そんな漠然とした焦燥感が、夜の冷気と一緒に肺の奥まで入り込んでくる。
やがて、暗闇の中にポツンと浮かび上がる、見慣れたコンビニの看板が見えてきた。
その人工的な白い光に、吸い寄せられるように歩みを進める。
自動ドアの前に立つ。
チーン、という気の抜けた電子音とともに、ガラスの扉が左右に開いた。
いつもなら、ここで店内の冷気 (あるいは暖気)が出迎えてくれるはずだった。
いつもなら、バイトの眠そうな「いらっしゃいませ」の声が聞こえるはずだった。
だが、違った。
「――え?」
自動ドアの向こう側に広がっていたのは、おにぎりの棚でも、雑誌のラックでもなかった。
視界を埋め尽くしたのは、吸い込まれそうなほど深い、純白の光の渦。
イヤホンから流れていた重低音が、一瞬でピタリと止まる。
心臓がドクンと大きく跳ね、ローファーの底が、アスファルトではない「何か柔らかいもの」に触れた感覚がした。
「おい、ちょっと、待て――」
引き返そうと後ろを振り向いた時には、すでに17年間過ごした現実世界の夜空はどこにもなかった。
境界線(自動ドア)は、蓮が足を一歩踏み出した瞬間に、音もなく閉じていた。
白い光に包まれ、下へ下へと落ちていくような感覚を覚えた。
そこまでは、覚えていた、気が付くと色が視界に戻ってきた。
「ここは…どこだ?」
あたりを見回すと、そこは見慣れた景色ではなく、一言でいうと「中世ヨーロッパのような街並み」が広がっていた。
コンビニも自販機も自分の家でもない。その瞬間自分の脳内を一つの思考がよぎる。
「異世界転移…?」
そうだ、さっきコンビニに行くまで、今日の1時くらいまでよんでいたあの小説のように、異世界に飛ばされてしまったようだ。
(正直、そうであったら嬉しい限りだ、あの元居た世界にもう…未練なんて…)
頭に、色々なものがよぎる。父のこと。母のこと。さっき読んでいた小説のこと。学校のこと。友達のこと。あの子のこと。
(……)
ぼーっとその場に立ち尽くしていた。
「とりあえず…actionを起こすか。」まずは、この転移してきたこの世界のことを知るべく情報を収集しよう。
周囲を見ると、何度見ても「中世ヨーロッパのような街並み」が広がっていた。行きかう人は、そもそもほとんどいない。そのなかだと、よく小説にあるような獣人のようなぱっと見変わった、特徴のある人は、いない。
(歩くか。)
石畳の少しさびれた大通りを歩き始めた。
(ここは、商店街のようなものなのかな?)
いくつかの店が、軒をつらねていた。ここは、あまり、大きな商店街では、ないようだ。
「おい。兄ちゃん!」
突然、そう呼び止められた。
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