第24話 不落の地と鉄壁の計画
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「まぁ……水運は、もっとまとまったお金が入ってくるようになってからにしようと思う」
リカルドさんは、僕が羊皮紙のノートに細かく書き連ねた『エスト川水運ルート計画書』をじっと見つめながら、静かにそう言った。
「……そうですね。ごもっともです」
悔しいけれど、言葉通りぐうの音も出ない正論だった。水運を本格的な流通の柱にするためには、頑丈な船を作るための良質な木材、浸水を防ぐ特殊な防水タール、そして何より船を安全に操るための熟練の技術を持った船頭が必要だ。それらのリソースをすべて外部から調達し、人を雇うためには、今の僕たちには到底用意できないほどの莫大なお金がかかる。
アイデアがどれほど素晴らしくても、それを支える経済力がなければただの絵に描いた餅だ。このあいだ、川で呆気なく沈んでいった手作りの木舟の姿が脳裏をよぎる。やはり、今の僕らにはまだ早すぎたのだ。
僕は視線を落とし、机の上に広げたエストの広大な地図をじっと見つめた。
王都の役人たちが世界を巻き込む大戦争を企てている。そして、グランベルク商会をクビになって転がり込んできたあの天才でちょっと痛い二人の情報が本当なら、その戦火はそう遠くないうちに、この地の果てであるエストにまで及ぶかもしれない。
お金がないからと、ただ手をこまねいて嵐が過ぎ去るのを待つわけにはいかないんだ。今、僕たちにできる最善の選択肢は何だ?
地図の等高線と、エストを取り囲む険しい山々の地形を指先でなぞりながら、僕はハッと閃いた。
「リカルドさん。……じゃあ、水運がダメなら、このエストの町の『要塞化』を進めてみるのはどうですか?」
「要塞化?」
リカルドさんが驚いたように顔を上げ、万年筆を握る手を止めた。
「はい。このエストの町は、周囲を高い山々に囲まれた『盆地』のような地形になっていますよね。中心街へ入るためのルートは、実質的にいくつかの狭い街道の関門だけです。これって、外からの敵の侵入を防ぎ、守りを固めるにはこれ以上ないほどもってこいの地形なんですよ」
元いた世界での歴史の授業や、シミュレーションゲームの知識が頭の中で急速に繋がっていく。四方を山に守られた盆地は、一度入り口の防衛線を強固にしてしまえば、少数の兵力でも大軍を相手に徹底的な籠城戦を展開できる天然の要塞になり得るのだ。
リカルドさんは地図を覗き込み、僕が指差した山間の隘路を鋭い目で見つめた。
「君……この短期間で、よくそこまでここの地形を知ってるね」
「あ、いや、えっと……。前に一人でこの町を彷徨って、死にかけながら色んな場所を歩き回ったので、その時に嫌でも地形が頭に焼き付いちゃって……」
半分は本当の理由だ。あの孤独で死に物走りの逃避行が、巡り巡って今、この町を守るための知識として
役に立とうとしている。
リカルドさんは感心したように深く頷くと、フッと口元を緩めて椅子の背もたれに体を預けた。
「確かに、地形の利は君の言う通りだ。それに……ちょうどいい『最高の人材』が、向こうから勝手に転がり込んできたばかりだしね」
「最高の人材、ですか?」
「ほら、さっき王都のグランベルク商会をクビになって、うちの平社員になったあの二人のことだよ。ダークネスとダーカー。さっきトビーに頼んでギルドで彼らの身元を調べてもらったんだ」
リカルドさんは声を潜め、可笑しそうに笑った。
「驚いたよ。あの痛々しい格好の二人、こう見えて魔法は一級品、剣技も達人レベルで、冒険者資格で言えばなんと最高峰の『金級』相当の実力者らしいんだ。王都の最前線で魔導兵器の開発や戦略構築に関わっていたっていう経歴も本物だった」
「ええっ!? あの二人、そんなに凄かったんですか!?」
僕は思わず声を上げた。あの「我がサードアイが疼く……」とか言っていた包帯男と、「我が右脳の魔導回路が……」とかのたまっていたフードの少女が、まさか世界屈指の最高戦力だったなんて。
「まぁ、戦力としてはこれ以上ないくらい頼りになるのは間違いない。……ただ、絶望的に頭の中身がどうも変っぽいけどね」
「……それは、本当に言えてます」
僕は激しく同意した。どれだけ強くても、あの強烈な中二病発言の数々を毎日聞かされると思うと、それだけで精神的な疲労が凄そうだ。現に、今も事務所の裏庭からは「ククク……この大地の魔素が我が漆黒の剣に宿る……」「ダークネス、そこはただの泥濘です。早く荷車を運んでください」という奇妙な会話が風に乗って聞こえてきている。
リカルドさんはしばらく裏庭の喧騒に耳を傾けていたが、やがて真剣な表情に戻り、力強く机を叩いた。
「よし! 決まりだ。あのクソ王国の身勝手な戦争に、僕たちのエストを巻き込ませてたまるか。民を使い捨てるだけの奴らから自分たちの身を守るためにも……エストの要塞化、いいね、やろう!」
リカルドさんの瞳に、かつて戦場で理不尽に親友を奪われた男の、決して折れない強い意志の炎が灯る。ただの雇われ商人ではなく、この町に生きる人々のリーダーとしての覚悟が、その言葉には宿っていた。
「方針は決まった。レン君、具体的な防衛線の配置や、物資の備蓄、そしてあの変な二人をどう動かすか……要塞化の計画構築は、すべて君に頼んだよ、副会長」
「はい! お任せください、会長!」
僕は力強く頷き、新しい羊皮紙を目の前に広げた。
お金がないなら、知恵を絞ればいい。船が沈んだなら、この強固な大地を盾にすればいい。スキルも加護もない僕だけど、この完璧な町エストと、ここにいる大好きな仲間たちを絶対に守り抜いてみせる。僕の手による『エスト不落要塞化計画』の立案が、ここから本格的に始まろうとしていた。
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