第23話 漆黒の来訪者と、不穏なる前兆
最後まで読んでくださると嬉しいです!
王都の冷徹な役人たちが、暗い部屋で世界の命運を弄ぶ大戦争のチェス盤を広げてから、数日が経った頃のこと。
エストの町に、かつてない奇妙な嵐が吹き荒れようとしていた。
その日、僕は事務所の片隅で、先日川に沈んだ「手作り木舟・第1号」の浸水原因を解明すべく、タールの調合比率をノートに書き連ねていた。人手不足の我が商会において、副会長である僕の仕事は多岐にわたる。
(ふと、そんな静かな場所にくると、元の世界から転移してきたこと、忘れそうになっていたが、こんな静かな場所にいると思い出す。)
北にそびえる、日本一の山、富士山。南に広がる駿河湾。工場群の煙突と煙。多すぎる坂。目をつぶればあの懐かしい景色が思い出される。
(帰りたいという気持ちがどこにもないわけではない、家族のこと、父のこと、母のこと。聞いていたボカロの音楽が、脳内に流れている、友達のこと…勉強のこと。)
(あの子のこと…また…思い出した。あの子…夏休み前のあの日に、話しかけてくれた、いつも気にかけて話しかけてくれた子…別に会いたいわけではない…そう…うん 考えるのをやめよう)
静かな事務所の空気を破ったのは、息を切らせて飛び込んできたトビーの緊迫した声だった。
「リカルドさん!! レンさん!! 大変です、王都の……あの『グランベルク商会』の方が、門の前に!」
「……グランベルク商会のやつか。わざわざこんな地の果てまで、何の用だろうね。トビー、通してくれ。ありがとう」
リカルドさんは愛用の筆を机に置くと、いつもの軽い笑みを消し、元兵士としての鋭い光をその瞳に宿した。かつて彼を最前線へ見殺しにし、親友の命を奪う原因を作った元凶の一端――王都の巨大権力。そして、元々の雇い先。その影が再び目の前に現れたのだ。
「僕も行きます。副会長ですから」
僕もペンを置き、リカルドさんの隣に並んだ。人と話すのはまだ緊張するけれど、リカルドさんを一人で立ち向かわせるわけにはいかない。
小さな事務所の扉が開き、そこへ足を踏み入れてきたのは、仕立ての良い、しかしどこか異様な雰囲気を纏った二つの人影だった。
リカルドさんは服の端を軽く整え、大人の商人としての完璧な笑みを張り付かせて一歩前に出た。
「どうもこんにちは、遠路はるばるご苦労様です。エスト商会の会長を務めております、リカルドと申します」
「同じく、エスト商会副会長のレンと申します」
僕もそれに倣い、軽く頭を下げて挨拶を交わす。
しかし、返ってきた第一声は、僕たちの予想を遥か斜め上へと超越するものだった。
「ククク……頭を上げられよ、エストの迷える子羊たちよ。我が名は、グランベルク商会随一の頭脳を誇り、深淵を見つめし者……ダークネスと申します」
……一瞬、事務所の時間が完全に停止した。
目の前の男は、真夏だというのに漆黒の分厚いマントを羽織り、なぜか左目を怪しげな包帯で頑丈に覆っている。そして、芝居がかった動作で前髪をかき上げ、ふっと鼻で笑ってみせたのだ。
(いかにも中二病っぽい、めちゃくちゃ痛い奴きた……!!)
僕が必死に顔の筋肉を硬直させていると、その後ろから、もう一人の人影が音もなく滑り込んできた。彼女は漆黒のフードを深く被り、両手を胸の前で交差させている。
「……フッ、同じくグランベルク商会の理を破壊せし天才、ダーカーと申します。我らが知識の泉、枯れ果てる前にその器を満たしに来たのです……」
(あ……こっちもこっちで、相当痛いな……!!)
王都の最大手商会からやってきたエリートだと身構えていた僕の緊張は、彼らの圧倒的なキャラクター性の前に一瞬で消し飛んだ。
リカルドさんは流石のポーカーフェイスで一瞬の動揺を隠し、冷徹に本題を切り出した。
「それで……グランベルク商会の方が何の用でしょうか。僕たちは今、水運計画の失敗で少々忙しい身なのですが」
すると、自称グランベルク商会一の頭脳を持つもの?、ダークネスは、包帯で覆われた左目をそっと押さえながら、大裟裟に身震いしてみせた。
「おっと、そう殺気立たないでいただきたい……。私のこの『封印されし左目』が、貴殿の放つ禍々しい殺気を感じ取り、共鳴の疼きを上げている……。悪い話では、ないのだから」
「私は、エスト町の『ミルン村』、向こうの彼女、ダーカーは、『ルノア村』出身のものだ。」
「……。そうかい、僕もグランベルク商会には、いや、この王国には、あまり良い思い出がないんだ。あんな、若者を使い捨てるクソ王国……。エストの町の大切な土地だ。君たちもこのエストの地出身とは、驚いた…。」
リカルドさんは、どこかまだ、あの二人のことを怪しんでいるようだ。そして、戦争で親友を失った怒りは、今も消えていない。
その言葉を聞いた瞬間、ダークネスとダーカーの二人は顔を見合わせ、それまでのふざけた態度を少しだけ収めた。ダークネスは低い声で、今度は真剣な眼差しで僕たちを見つめた。
「ほぉ……。やはり、王都への反逆の意志を秘めておられるか。ならば、話は早い」
ダーカーがフードの隙間から、凍りつくような冷たい声を響かせる。
「王都の『光を失いし操り人形(役人)』どもは今、新たな戦争を企んでいます」
「っ?! 是非もなきこと……、戦争、だと……!?」
リカルドさんの身体が、ガタッと大きく震えた。
「はい。王都では隠密裏に異様なほどの人員が強制徴募され、禁忌たる魔導兵器の開発に拍車がかかっています。以前の、貴殿らが駆り出されたあの戦争など比較にならない……それ以上に、この大陸全てを焦土に変えるほど、軍事に悪魔的な手が込んでいるように、私たちの『情報網』は感じ取っています」
「……っ……」
僕はリカルドさんの顔を見た。彼の拳は、血がにじむほど強く握り締められていた。また、あの悪夢が繰り返される。無能な上層部のエゴのせいで、エストの若い命が、トビーのような未来ある子供たちが、使い捨ての駒として戦場に駆り出される。
沈黙する僕たちに、ダークネスはマントをバサリと翻し、仰々しく両手を広げた。
「そこで、我が深淵の知恵を授けるべく、提案がある。私たち二人の魂の契約を、この『エスト商会』に結ばせてはもらえないだろうか? 簡単に言えば……入れてほしい」
唐突な求職活動だった。
あまりの落差に、僕は思わず声を裏返した。
「え、いいですけど」
リカルドさんはあっさりと、それこそ今日の晩御飯のメニューを決めるくらいの軽さで頷いた。
「ええっ!? ありがとうございます! 良かったなダーカー、ちょうどさっき、王都の上層部にあんなクソ戦争は破滅を招くと正論を叩きつけたら、見事に首になったところでしたので、本当に助かります!」
ダークネスが包帯の目を輝かせながら、一気に素のトーンに戻って大喜びした。どうやら、彼らは中二病なだけでなく、王都のやり方に本気で逆らった本物の「天才」であり、それゆえに居場所を失ったはぐれ者だったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいリカルドさん! 大大丈夫なんですか!?」
僕は慌ててリカルドさんの袖を引っ張った。「うちの商会、ただでさえ大財政難ですし、船は沈むし……。しかもこんな、王都から目をつけられてる痛い人たちを二人も雇うなんて……!」
リカルドさんは僕の焦り顔を見て、いつもの悪戯っぽくて頼もしい笑顔を取り戻し、僕の肩をポンと叩いた。
「いいんじゃね? なんとかなるよ、レン君。うちの役職はまだ『平社員』しか空いてないけど、グランベルク商会随一の頭脳が二人も転がり込んできてくれたんだ。沈みまくる僕たちの泥船を、本物の軍艦に変えてくれるかもしれないだろ?」
「ククク……泥船を冥府の戦艦へと昇華させるか、面白い。我らの闇の知恵、安くはないぞ?」とダークネスが再び左目を押さえる。
「任せてください、計算と防水魔術の数式構築なら、我が右脳の魔導回路が瞬時に最適解を導き出します」とダーカーが胸を張る。
お金はない。船は沈んだ。王都からは世界を滅ぼす大戦争の足音が聞こえてくる。
けれど、僕たちの小さなエスト商会には、これで人員が「5人」に増えた。
「よし、新入社員歓迎会だ! トビー、残りの冷えた麦飯を出してくれ!」
リカルドさんの威勢のいい声が響く。
絶望的な状況のはずなのに、なぜか未来は少しだけ明るい気がした。僕たちの、そしてエストの町の、本当の戦いがここから始まろうとしていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
別の作品や次の話も是非見てみてください!
面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




