第17話 世界の果てと、青い海
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ミルン村での行商を無事に終え、温かい見送られながら僕たちは次の目的地へと向かうために、少し中身の入れ替わった荷馬車を引き始めた。
「リカルドさん、次はどこへ向かうんですか?」
僕がタオルで汗を拭いながら尋ねると、リカルドさんは前方を指差しながら、この『エストの町』の驚くべき真実を教えてくれた。
「次はね、最後の村に向かうよ。実はさ、レン君。この広大なエストの町 (管轄地域)には、さっきの『ミルン村』、中心街のある『エスト村』、そしてこれから行く『ルノア村』の3つしか集落がないんだ」
「え……3つだけ、ですか? こんなに広いのに?」
「そうさ。他には本当に、何もない。人も一人たりとも住んでいないんだよ。まさに王国から見捨てられた、世界の隅っこさ」
リカルドさんの言葉に、僕は改めてこの土地の過酷さと、そんな場所で商会を維持しようとしている彼の覚悟の大きさを知った。人が住む場所が3つしかないということは、そこを繋ぐ物流が途絶えれば、この町全体が本当に死んでしまうということだ。
「だからこそ、僕たちが歩いて繋がなきゃいけないのさ。さあ、潮の匂いがしてきたよ。海に向かって歩こう!」
「はい……!」
なだらかな坂道を登りきると、視界が一気に開けた。
目の前に広がっていたのは、太陽の光を浴びてキラキラと輝く、どこまでも青く、美しい、果てしない海だった。
元の世界で僕が見ていた、富士山の中腹から遠くに見える小さな海。今この異世界では、水平線が丸みを帯びて見えるほどの、圧倒的な大自然の海。
「うわぁ……すごい……」
思わず荷車を引く手を止めて見惚れてしまう僕を見て、リカルドさんは「綺麗だろ?」と少年のように悪戯っぽく笑った。
「あの海の向こうには、別の国とか大陸があるんだ。いつか、エスト商会が大きくなったら、船を出して海の向こうとも取引したいね」
「海の向こう……」
何もない、誰もいないと切り捨てられた世界の果て。だけど、ここから海へ向かって歩く僕たちの目の前には、確かに新しく、無限の可能性が広がっているように思えた。
潮風が僕たちの汗を優しくなでていく。
僕とリカルドさんは、波の音に導かれるように、最後の集落であるルノア村へと向かって、力強く坂道を下り始めた。
「本当に何もない町だろ?」
目の前に広がる圧倒的な青い海を眺めながら、リカルドさんは少しだけ寂しそうにつぶやいた。王都のエリートからすれば、ここはただ人が少なくて、活気のない、忘れ去られた果ての土地に過ぎないのかもしれない。
けれど、荷車の取っ手を握りしめたまま、僕は大きく首を横に振った。
「何もないなんて、そんなことないですよ」
「え?」
リカルドさんが意外そうな顔をして僕を見る。僕は海を見つめたまま、この数日間で自分の目で見て、肌で感じてきたエストの景色を言葉にしていった。
「だって、こんなに綺麗な海があって、豊かな恵みをくれる山があって、自然の要塞もある……。海、山、要塞、すべてが揃った、完璧な町じゃないですか」
元の世界では、ビルとアスファルトに囲まれて、どこに行っても息が詰まりそうだった。でも、このエストには、生きるために必要なものも、守るための盾も、そして何より温かい人たちも、最初から全部揃っている。
僕の言葉を聞いたリカルドさんは、一瞬だけ呆然と目を見開いた。それから、心底嬉しそうに、クシャッと顔を綻ばせる。
「……はは、そうだね。完璧な町か。君に言われて初めて気づいたよ。王都の奴らが何を言おうと、関係ないな。そうか、確かにな」
リカルドさんは愛おしそうに目を細め、水平線の先を見つめた。
「俺も、この町が大好きだよ」
その言葉には、かつて戦場で大切な友を失い、傷つきながらも、この土地を守り抜こうとする彼の本物の愛が詰まっていた。
「さあ、感動に浸るのもここまでだ! 海辺の村までは、まだまだ歩くぞ。このペースだと、今日の夜くらいには着くかな」
「夜ですか……!?」
「当たり前さ。うちの商会は絶賛『大財政難』なんだからね! 馬車もない、馬もいない、あるのは僕たちの若さとこの足だけだ。着くまでノンストップで歩き続けるぞ、副会長!」
「う、うわぁぁ……頑張ります!」
人手不足で、お金もなくて、移動は全部人力。
ものすごく泥臭くて、決してスマートじゃないけれど、僕たちの心は不思議とどこまでも軽かった。
ザザーン、と心地よい波の音が僕たちの背中を押す。
完璧な町エストの、最後の村を目指して、僕とリカルドさんはどこまでも続く道を、ただひたすらに歩き続けた。
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