第12話 エスト商会、命がけの行商に行く
最後まで読んでくださると嬉しいです!
「レンさん。これから、エスト商会としての初仕事の行商に行こうと思っているんですけど……一緒に来ます?」
リカルドさんは、使い古された木製の机の上で、数枚の書類の端をトントンと綺麗にそろえながら、僕にそう問いかけてきた。その手つきは、王都のエリート商会員だった頃の名残なのか、どこか洗練されていて無駄がない。
「……じゃあ……ご……一緒させて……もらおうかな?」
いくら異世界にきて、一度死にかけ、新しい居場所をもらったとしても、自分の中にある『人と話すことが苦手』という根本的な部分は、そう簡単には変わらなかった。言葉がどうしても、少しだけつっかえてしまう。
けれど、僕がそう言うと、リカルドさんはその答えを最初から待っていたかのように、嬉しそうに書類を机にパッと置き、パチンと手を叩いた。
「そっか! よし、じゃあ行こう!」
「……うん」
リカルドさんが僕のことを悪く思っていないのは分かっている。むしろ、この数日間で僕のことを友達、あるいは大切な仲間と思ってくれていることも伝わってきていた。それでも、僕の心の中には、長年染み付いた『緊張』という冷たい感情が、澱のようにうっすらと残っていた。相手が優しければ優しいほど、裏切るのが怖くて身構えてしまう、僕の悪い癖だ。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、リカルドさんは入り口の近くで健気に書類を整理していた少年に声をかける。
「トビー。じゃあしばらく、事務所のことは君に任せるよ。一応、近場の集落をいくつか回るだけだから、3日ほどしたらかえってくるつもりだけど」
リカルドさんは、少しだけ眉を下げて不安そうにしつつ、トビーに伝えた。
14歳くらいの男の子が一人で留守番をして、しかも労働しているなんて、僕の元居た世界(日本)の感覚からすれば、児童労働とかでかなりアウトな部類になりそうだな……なんていう、純粋な疑問が頭をよぎる。でも、中世ファンタジーなこの世界では、これくらい年齢なら自立して働いている人なんて珍しくないのだろう。郷に入っては郷に従え、か。
僕のそんな余計な思考を遮るように、部屋の中に元気いっぱいの声が響き渡った。
「任せてください!! リカルドさん、レンさん!!」
胸をドンと叩いて、満面の笑みで答えるトビー。その濁りのないまっすぐな瞳を見ていると、なんだかこちらまで元気をもらえる気がしてくる。リカルドさんも、最初は不安げにしていたものの、トビーのその頼もしい姿を見て、どこか安心したような優しい顔つきに変わった。
「さぁ。レン、行こうか……!」
「……あぁ……!」
僕がかつて拾われ、命を救われたあの荷馬車。あれに乗って、今度は『行商』という名の新しい旅が始まるんだ。一度は挫折したけれど、今度はリカルドさんがいる。そう自分に言い聞かせ、少しだけ誇らしい気持ちで外に出ようとした、その時だった。
「あ……そういえば、言うの忘れてたんだけどさ」
リカルドさんが、思い出したように人差し指を立てた。
「あの荷馬車、グランベルク商会から借りてたやつだからって、昨日持ってかれちゃったんだよね」
「……つ……つまり?」
「そう。僕たちの足がない。どうするんだと思う?」
「……」
(シンキングタイム~! どうするんだと思う?って言われても、そんなの僕が知るわけないじゃんかー! てか、あの荷馬車って、リカルドさんの私物じゃなくて『グランベルク商会』っていう大手の借り物だったのか。
確かにあの荷馬車は、木製の頑丈な屋根がしっかりついているような仕様だったから、元の世界の本の知識で言うなら『有蓋馬車』の部類に入るのかな。確か、雨風を完全に防げるから、貴族とかの偉い立場の人が移動するときや、濡れたら一発で売り物にならなくなるような貴重品、高級品なんかを運ぶときに使われるやつだ。でも、そのぶん車体がめちゃくちゃ重いから、馬の体力をゴリゴリ削るし、速度が出にくいのが難点……みたいなことを、いつだか日本の図書館の歴史コーナーで読んだ気がする。
……いやいや、そんな馬車の豆知識は今はどうでもいいんだよ! 問題は、あの馬車が使えないとなると、僕たちの移動手段は何になるんだ? まさか、完全な徒歩?! 己の足腰と体力だけを信じて突き進め的な、脳筋スタイルの旅なのか?! スキルなし加護なしの僕の貧弱な体力が3日も持つわけないだろ……。まぁ、でも考えても仕方ない。とりあえず、ここは無難にツッコミを入れてみよう。「もしかして徒歩で運ぶの」……よし、これでいこう。きっと……うん、大丈夫なはずだ。現実的な手段はこれくらいしかない。うん。)
この間、わずか0.5秒。
「……もしかして……徒歩……で運ぶの?」
(い……言えたーっ。これ以上の最悪なパターンはないよね?)
「はは、半分正解といったところかな!」
僕の予想に、リカルドさんは悪びれもせずにウインクをしてみせた。
「流石にあの大量の売り物を背負って歩くのは無理だからね。裏庭に小さめの『荷車』があるんだ。そこに荷物を目一杯載せて、人力で引いていくって感じで行こうと思ってるよ」
人力。つまり、馬の代わりに僕たちが、あの重い車を引くということだ。
信じられないものを見る目でリカルドさんを見つめると、彼は爽やかな笑顔のまま、僕の肩をポンと叩いた。
「……まさか……そのために、僕を雇ったんですか?」
「その通り! たよりにしてるよ、エスト商会、副会長」
「……?! ……いつから……僕が、副会長になってたんですか?!」
驚きのあまり、今日一番の大きな声が出てしまった。僕が配属されたのは雑用係じゃなかったのか。
リカルドさんは人差し指をチッチッと横に振りながら、呆れたように笑う。
「だってさ……レン君。うちの商会、今の人員は僕と君とトビーの『3人』しかいないんだよ? 僕が会長で、留守番のトビーが平社員。消去法で、君が副会長になるのは当然の流れじゃないか」
これが、人手不足、少子高齢化の弊害である。勝手に役職を押し付けられた僕の明日はどっちだ。
「さぁさぁ、時間がもったいない! 荷物はもう僕が夜通しで積んでおいたからさ。出発しよう、副会長!」
「うん……」
幸先が不安すぎて、早くも実家に帰りたくなってきた(帰る実家はもう別の世界だけど)。でも、リカルドさんが一人で夜通し準備をしてくれたんだと思ったら、手伝わないわけにはいかない。
二人で裏庭に回り、ずっしりと商品が積まれた二輪の荷車の取っ手を掴む。
せーの、で力を込めると、車輪がギチギチと音を立てて回り出した。やっぱり重い。歩くたびに足の裏に大地の硬さが伝わってくる。
それでも、再びエストの中心街の門をくぐり、見慣れた景色を後ろにしたとき、僕の胸の中には不思議な充実感があった。
今回は、あの時みたいに一人きりじゃない。
ちょっとばかし無計画で変な人だけど、心から信頼できる『仲間』が、隣で一緒に汗を流してくれているのだから。不器用な僕たちの、泥臭い行商の旅が、今度こそ静かに幕を開けた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
別の作品や次の話も是非見てみてください!
面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




