第11話 独立と小さな奇跡
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「……は? 本部から切り離される、ですか?」
リカルドさんの言葉に、僕は思わず耳を疑った。
魔物に襲われた傷が少しずつ癒え、ようやく自分の足でしっかりと歩けるようになってきた頃、商会の奥にある小さなオフィスに呼び出された僕を待っていたのは、あまりにも残酷な通達だった。
「ああ、いわゆる経営分離。端的に言えば、また『厄介払い』されたのさ。このエスト支部は赤字続きだからって、完全に切り捨てられたんだ」
グランベルク商会の本部から届いた、豪奢な封蝋が押された手紙をひらつかせながら、リカルドさんは苦笑いしていた。けれど、その瞳の奥にある光は、いつになく真剣だった。窓から差し込む斜光が、彼の端整な顔立ちに暗い影を落としている。
このエスト町が抱える問題は、僕が想像していた以上に深刻だった。
つい先日、商会のもう一人のスタッフだった年配の男性が「もう年だから、腰が痛くて動けん」と引退していったばかりだった。それだけじゃない。あのこじんまりとした冒険者ギルド支部の受付を担当していた、おばちゃんも「もう引き際かねぇ」と、同じ時期に仕事を辞めてしまったのだ。
若者は利便性の高い王都や大きな都市へと次々に国を出ていき、残るのは動けなくなった老人ばかり。まさに、僕が元の世界でニュースを通じて見ていた、地方の絵に描いたような少子高齢化と過疎化の波が、この異世界の辺境にも押し寄せていたのだ。このままでは商会だけでなく、冒険者の命綱であるギルドの支部すら機能停止してしまう。まさに大ピンチだった。
「でもね、レン君。僕はここで諦めるつもりはないよ」
リカルドさんは、一枚の真新しい羊皮紙を机に広げた。そこには、彼が夜通しで書き殴ったであろう、緻密な町の地図と計画案が記されていた。
「本部が切り捨てるなら、こっちから独立してやるさ。名前は…『エスト商会』。本業の行商だけじゃなく、受付のいなくなったギルド支部の運営も僕たちで委託されて引き受ける。これなら、ギルドの本部からも多少の補助金が出るし、町の人たちの窓口を一つに絞れる。ただ……現在の正式な会員数は、僕とレン君の2名だけだ」
商会とギルド、2つの建物を統合して一つの場所で運営する。アイデアとしては悪くないし、効率的だ。けれど、行商で外を回るリカルドさんと、まだ世界の文字すら怪しい僕の2人だけで、商会とギルドを同時に回すのは物理的に不可能だった。店番と受付、そして荷物の管理。どうしても、最低でもあと一人、僕たちの手足となって動いてくれる人手が足りなかった。
このまま誰も見つからなければ、理想論だけで本当に行き詰まる。
重苦しい沈黙がオフィスを満たした、その時だった。
「あの……僕、手伝いたいです!」
建物の入り口から、パタパタという足音とともによく通る声が響いた。
振り返ると、そこには少し色褪せて継ぎ接ぎのある服を着た、一人の少年が息を切らせて立っていた。年齢は僕より二つか三つ下、14歳くらいだろうか。小柄だが、日焼けした肌と健康そうな顔立ちが印象的だった。
「君は……?」
「オレ、名前はトビーっていいます! この町で生まれ育ちました。リカルドさんたちが、この町のために新しいことを始めようとしてるって、アル兄さんから聞いて……。オレ、魔法も剣も使えないし、頭も良くないから頼りないかもしれないけど、この町がなくなるのは嫌なんです。ここでみんなと、じっちゃんたちとずっと暮らしたい。何でもやります、だから働かせてください!」
トビーのまっすぐな瞳には、この寂れた町を愛する、泥臭くも強い意志が宿っていた。その拳は、緊張からか、それとも決意からか、ぎゅっと固く握りしめられている。
「……トビー君、か。よし、採用だ! 歓迎するよ、僕たちのエスト商会へ!」
リカルドさんが本当に嬉しそうに顔をほころばせ、トビーの肩をガシガシと叩く。トビーの顔にぱっと明るい笑顔が咲いた。
トビーが名乗り出てくれたおかげで、会員数はこれで3名。最低限の形は整った。商会とギルド、両方の存続の危機を、僕たちはギリギリのところで回避したのだ。
(剣も魔法も使えない、か……僕と同じだ)
トビーの言葉が胸にリフレインする。
特別な力を持たない僕たちが、この世界の片隅に弾かれた町で、ここからどうやって生きていくのか。
チート能力も、聖剣も、大魔法もない、頼りない3人の泥臭い挑戦が、今まさに始まろうとしていた。
「えっと、まずは、商会の業務とギルドの業務をこっちの事務所でできるように、荷物とかを移動させるか。あとは、ギルド側にも業務をエスト商会が委託されて行うこと、町の人には、エスト商会ができたことを掲示物かなんかで伝えよう」
僕が元の世界での「役所の統合」や「広報」の知識を思い出しながらそう提案すると、リカルドさんとトビーは目を見開いた。
「おう!」
「はい! よろしくお願いします!」
さすが、僕が見込んだ男だ、とでも言うように、リカルドは満足げにほほ笑んだ。
「よし、それじゃあ新生『エスト商会』、作戦開始だ!」
窓の外では、エストの町を包む夕日が、オレンジ色に輝いていた。あの日、絶望の中で見上げた夕日とは違い、今の僕の目には、その光がどこか温かく、明日への道を照らしているように見えた。
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