第10話 エスト中心街と二人の天才。
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前方から慌てたような足音がこちらに駆けてくるのが見えた。
「レン!? おい、なんだその怪我は!?」
声の主はアルだった。ギルドから出てきたらしい彼は、僕の血まみれの包帯姿を見て、血相を変えて飛んでくる。
「アル、さん……すみません。すぐに、魔物にやられて……戻ってきちゃいました」
「謝るなよ! 生きててよかった、本当に……」
アルは本気でホッとしたように僕の肩を掴んだ。その暖かさに、また少し胸が熱くなる。
そんな僕たちの様子を見て、行商の青年は「ふむ」と頷き、自分の胸に手を当てて小さく一礼した。
「遅れたね。僕はリカルド。ここ、グランベルク商会エスト支部の支部長をやっている。……それでさ、レン君。ちょっと君に提案があるんだ」
「提案、ですか?」
リカルドさんは困ったように頭をかきながら、とんでもないことを口にした。
「実はね、うちの支部の人員が最近一人、実家に帰っちゃってさ。支部を維持するための最低人員である『3人』を下回っちゃったんだよ。このままだと本部から支部を潰されちゃう。そこでだ――レン君、君を僕の支部長権限で、我がエスト支部に雇うことにする!」
「えっ……!? でも、僕には何のスキルも能力もないですよ?」
「関係ないさ。僕が必要としてるんだ。怪我が治るまでは雑用でいいし、住み込みの部屋と三食も保証するよ。どうだい?」
突然のスカウトに僕が呆然としていると、横からアルが僕の背中をバシッと叩いた。
「良かったな、レン! これで野宿しなくて済むじゃんか!」
「アルさん……」
「よし、決まりだ!」とリカルドさんは満足そうに笑い、さっそく書類の手続きのために商会の建物へと入っていった。
その日の夕方。怪我の手当を終えた僕は、今度こそ本当に旅立つアルを、街の門で見送っていた。
「アルさん、本当にありがとうございました。もらった短剣は弾かれちゃったけど……次は、もっとちゃんと使ってみせます」
「おう。次会う時は、もっと強くなったお互いを見せ合おうぜ。じゃあな、レン!」
アルは健気な笑顔で大きく手を振り、夕日に向かってまっすぐ歩いていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、僕はふと、横で一緒に見送っていたリカルドさんに気になっていたことを尋ねてみた。
「あの……アルさんって、やっぱりここの冒険者なんですか?」
すると、リカルドさんは「え? 君、知らなかったの?」と目を丸くした。
「アル君といえば、このエスト町出身の、若手で一番の超有名人だよ。連戦連勝で頭脳明晰、運動神経も抜群。誰にでも優しくて、剣も魔法も超一流。ギルドでも将来のSランク間違いなしって言われてる本物の天才さ」
「え……」
僕は言葉を失った。
あんなに気さくに、何もない僕に目線を合わせて、不器用な優しさをくれたあの青年が、そんな凄まじい『天才』だったなんて。
(……剣も、魔法も使えて、頭もいい)
眩しすぎる彼のスペックを知って、一瞬だけ、前の世界の「陽キャ」たちに対するような劣等感が胸をよぎった。けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。あの優しさに嘘はなかったと、僕の心が知っているからだ。
「……僕も、負けてられないな」
リカルドさんの商会で、何もない僕の、新しいエストでの生活が始まろうとしていた。
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