記録23 反撃の兆し
"久遠の灰燼
無窮の燼火
天蓋を穿ちし原初の焔よ
輪廻の環を断ち、因果の連綿を焼却せよ
生者には別離を
死者には安寧を
そして此岸に残りし穢れには──終焉を
七星を炉心とし
八門を祭壇とし
九天の理を薪として焚べよ
形あるものは灰燼へ
名あるものは無名へ
魂あるものは、ただ静寂なる彼岸へ
──舞え
神楽の如く、冥府の如く
その焔は慈悲にして災厄
その炎舞は葬送にして断罪
我が言霊を以て、禁理を解き
──此の世に在りし一切を、灰燼へと還せ"
目の前に広がるは揺れる炎に飲まれた、かつての故郷。腕の中には、かつて人であった筈の灰。それは風に揺れ、何処か遠くへ飛んで行く。
残ったのは、その者が存在したというかつての事実と、消えることのない反抗の眼差し。
血涙が、その頬を伝う。憎悪が、その肉体を巡る。
「…殺す」
復讐が、動き出した瞬間であった。
………
………
「……フレア」
漠然とした意識の中、誰かの声が聞こえてくる。
「ゼノフレア!」
目を開くと、そこには自分の顔を覗くヨルの姿が映った。思わぬ距離感に一瞬驚くも、すぐさま状況を理解し冷静さを取り戻す。周りにはヨル以外にもディアやギルノドゥア、カイリも揃っている。
「珍しいわね、こんな近くにいて気付かないなんて」
「…ちょっと呆けてただけだ」
「それが珍しいのでは?」
「んな事もない。それに、此処にいれば色々と思い出すこともある」
「……」
「いちいち気にするな。これは俺の問題だ」
「そうと言われてもだな。やはり感じることは妾にもあるのじゃよ」
シルヴィリオンとの因縁は、ディアにはある意味無縁の話だ。彼女が生まれるよりも前の話であり、その原因も彼女ではない。シルヴィリオンの英霊という繋がりはあれど、あの出来事に関して直接的な関係はなくディアが責任や罪悪感を感じる必要は全くない。
だが、それでも真実を知ってしまった以上意識せずにはいられないのだろう。更には国王の娘という立場的にも、その責任感から逃れるのは容易ではない。立場とは、時に人を苦しめる。
「…んで、要件は」
2人の英霊―シアとアダクの襲撃を受けた後ディアと合流したゼノフレアは、そのまま彼女の案内により城門近くに来ていた。その後暫く、単独行動をしていたヨルとギルノドゥアの合流を待ち、その間にカイリを呼びに行っていたのだ。
「察しているとは思うが、シルヴィリオンは妾らに協力するつもりじゃ。…そしてシルヴィリオンの強大な勢力によって齎される情報の中から、イノベーターに関するものと思われるものを見つけた」
「イノベーターに関する情報だと?」
協力関係を結んだ現場にいたギルノドゥアとヨルは既に知っているようで、それを知らなのはゼノフレアとカイリだけのようだ。
「ええ。奴らの活動拠点と思われる場所を、遠征に出ていた兵士達が見つけたそうなのです」
「聞いた話だと、尋常じゃない気配も感じたそうよ。何か潜んでいる可能性もあるし、もしかしたらゼノフレアの言っていたセカイとやらかもしれないわ」
本拠地ではないにしても、拠点ともなれば奴らの秘密が眠っている筈だ。攻め込む価値は十分にあるだろう。
「…撒き餌か?」
「「え?」」
だが、ゼノフレアはその情報を安直に飲み込むつもりはなかった。
何せ、ゼノフレア―基守護神が現れるまで、イノベーターの目撃情報など無いに等しい程少なかった。それが、守護神が現れてから露骨に増えている。
「考えてもみろ。長年、その正体が一切明かされることのなかったイノベーターが、そんなミスをすると思うか?構成員の目撃情報ならいざ知らず、拠点の発覚ともなれば重大さが違う。罠と考える方が妥当だろ」
「妾達をおびき寄せる為の餌、ということか」
「まぁ、確かにね。ゼノフレアといる奴らとの接触の機会が圧倒的に増えているし、奴らの動きにも変化があったのかも知れない」
「でも、結局は攻めるんでしょ?手を拱いていてはまたアイツらに攻められる。いつも後手に回ってしまってるし、そろそろ攻める時でしょう。…それに、あんたの性格なら例え罠だとしても何か情報を得られるかも、と考えてそうだし」
「ご明察。無論、そのつもりだ。攻められ続けるのは性にあわないしな。カイリの言う通りだ。罠だとしても奴らがいることは確実だ。それに尋常ではない気配ともなれば、放っておけば周囲に被害が出るかもしれない。それが上位魔獣や名憑きなら尚更な。奴らが魔獣を従えてるかもしれないとは言え、人弄の時も結局は暴れまわっていた。完全に制御できるとは思えん」
「ああ。例え拠点がどれだけ小さいものじゃろうと、見逃す訳にはいかぬ」
災いの種は苅っておくに限る。それに、イノベーターについて知れる千載一遇の機会かも知れないのだ。行かないという選択肢はないだろう。
「その気配とやらが、多少気がかりではありますが…」
「セカイの可能性は低い」
「…その理由は?」
「奴は気配を隠すのが非常に上手い。いとも簡単に俺の背後を取るような奴だぞ。それに、イノベーターとの接触機会はあからさまに増えているがセカイと対峙したのはあの時が最初で最後だ。恐らく、奴自身が姿を見せることは稀だろう。そんな奴が、気配を隠さずにいるとは思えない。あんだけの存在感を放つ奴が、今の今まで見つかることのなかったことにも繋がる」
「まぁ、確かにね。それにいくら尋常じゃないとは言えど、彼らの話を聞く限りそこまでの存在とは思えないわ。あのゲンブって奴の可能性も考えたけど、それも無さそうね」
「あぁ。奴も又、莫大な力の持ち主。そしてゼノフレアへの急襲を可能とした輩じゃ。そんな真似をするとは思えん」
それらのことを考慮し、考えられるものは魔獣だろう。だが、魔獣だからと言って油断は一切出来ない。上位魔獣ならいくらでも対処は可能だが、名憑きともなれば話は別。5人全員で攻める以上、かつてのように単騎で挑むなどといったことにはなりにくいだろうが、それでも名憑きは非常に脅威だ。
魔獣という、破壊と殺戮を何よりも望む存在ゆえの危険性。その凶暴性から形成される戦力は、想像を絶する。どれほど人類が発展しようと、今日まで魔獣が人の脅威となり続けている。それが答えである。
「それで、その場所は?」
「ここから3つ程地体を渡った先ね。あんまり特徴のない地体みたいだけど、強いて言うなら魔力濃度が少し高いみたい。魔獣の質も高いでしょうね」
「出発の予定は明朝です。何か不都合があれば変えることは出来ますが、大丈夫ですか?」
「妾らは既に合わせておる。お主ら2人の都合次第じゃ。特にゼノフレア、お主が問題じゃな」
「何かあったか?」
「身体の調子でしょ。まぁ、もう大丈夫だろうけど」
「ああ、成程。…カイリの言う通りだ。既に調子は戻ってる」
「なら良い。では明日、城壁前で集合じゃ。それまでは各自準備を。長くなる故、怠りなくな」
「ええ」
「了解よ」
そうしてギルノドゥアとヨルは再び単独行動に出る。
「私は明日まで休むわ。そんな短時間でできることはないし、何より体力が無いからね私は。出来る限り足を引っ張らないようにするわよ」
「ああ」
そうして、その場にはディアとゼノフレアの2人が残された。
「…お主はどうするつもりじゃ?」
「どうもこうも、いつも通りだな。特段、やることもない」
「流石じゃな。強敵が待っているかもしれぬというのに、その余裕か」
「というより、無駄だからな」
「…無駄?」
「カイリの言っていたことと同じさ。高が半日程度で出来ることなんてない。その時間で鍛えたところで急激に実力が伸びるわけもない。数百年も生きてりゃ、尚更な」
「……数百年、か」
「…信じられないか。人間がそれほどの時を生きるなど、と」
「人間であれば有り得ないじゃろうな。じゃが、お主は元・人間なのじゃろう」
「…まぁ、な」
既に太陽は頂点を過ぎ、徐々に傾き始めている。明朝とは言えど、それほどの猶予はない。
「…ゼノフレアよ」
「ん」
「"死神"とは、…何なのじゃ?」
あの時、カイリが口にした言葉。そして父から真実を知らされた時にも、その言葉は出てきた。だが、それが何なのかは誰も口にしない。というより、父親のフェラスロートもその詳細を知らない様子であった。
「人間や英霊をも凌駕する力を持つ存在だと言うのは言わなくとも分かる。じゃが、それだけではないじゃろう」
「…何故そう思う?」
「シルヴィリオンには、多大な書物―古文書がある。シルヴィリオン誕生、それ以前のものまでもな。じゃが、いくら探ったところで死神に関する記述は一切ないらしいではないか。…まるで―カタストロフィの様にな」
カタストロフィに関する記録に関する書物は世界的に見ても皆無であり、残されているのは当時の状況を僅かに残したものばかりであり、それに限っても、カタストロフィに直接的に繋がるような記述は残されていない。分かっているのは、世界が崩壊したことのみ。
だが、それは考えてみれば奇妙な話である。世界を破壊しかけた様な大惨禍、その記録を誰も残さないことなどあろうものか?
人はそうした災害や未曾有の事件を記録に残すものだ。事実、記録的災害の記録はいくらでも出てくる。
ならばカタストロフィについて記録しているのは何も不自然ではなく、寧ろ当然のことだろう。そうであるはずだが、世界にはそういった記述は一切存在していない。長い歴史の中で失われたともが考えられそうだが、カタストロフィ以前の文明や古文書は発見されている。つまり、歴史に埋もれたとは考えにくい。世界規模の災害ともなれば、記録していた者も多い筈。それら全てが歴史の中で消えたなど、あまりにも偶然が過ぎようものだ。
故に、現代に生きる人々はこう考えている。
『何者か、或いは世界全体が―記録を消した』
と。
世界に散らばる記録全てを抹消するなどという芸当を1人で出来ると思えない。だからこそ、当時の人々全員の協力により抹消されたと考えられている。だがその可能性も捨てきれない故、何者か、という考察も残っている。
それが本当なのかは無論、例え本当だとしても消した理由が分からない。ただ考えられるのは、カタストロフィがその当時の人々にとって何か不都合があった、という可能性だ。
そして、それに似た傾向が、死神にも当てはまるということ。死神に関する記述がある書物は、どれだけ探っても見つからない。無論、ディアが調べたのはシルヴィリオンにあるものだけであり、いくらシルヴィリオンが世界的国家だとしても現存する全ての書物及び古文書を所有しているわけではない。
それでもその保有量の割合は凄まじいものであり、シルヴィリオンになければ世界的にも残されていないという認識であっても間違いではない。
「圧倒的な強さを持つ存在だけであれば、これだけひた隠しにする必要はないじゃろう。違うか?」
「…その通りだ」
己が"死神"という存在である以上、その全てを知っている。だがそれを誰かに知らせるつもりはゼノフレアにはなく、どれだけ問い詰められようとも答える気は今後もないだろう。いや、あってはならないのだ。
「…やはり、答える気はないか」
「……死神についての記述が一切ないのは、至極単純な理由さ」
「何…?」
「記録を残す者がいないからだ。死神ではない者が死神について知ることはそもそも不可能に近く、万が一死神と遭遇したとしても、殺されるのがオチだ。そして、死神自身はわざわざ己のことなど記録しない。ただそれだけの事だ」
「殺される、か」
「物騒な名前の存在なんだから、当然だろ。まぁ、俺は死神の中では随分異端な存在なんだがな」
「…それは、どういう―」
「知りたいのではあれば、死神と出会う他ないな」
「目の前にいる筈じゃが?」
「普通の、だ。…だがまぁ、止めておけとは言っておく」
「…殺されるからか」
「そういうこった」
城門の壁に寄りかかっいたゼノフレアは、そう告げるとその歩みを進め始めた。もう語ることはない、という暗示だろう。それを分かっているからこそ、ディアも引き留めるような真似はしなかった。
「"死神"……」
その時、ディアの目に異質なものが写った。
「!?」
遠のくゼノフレアの背中。無数の傷跡と欠けた刃を備えた大剣を背負った、その背中に───ある筈のないものを。
「…翼…?」
漆黒の、大きな1枚の翼が見えた。鳥のような、幾数もの羽からなる翼。その先端は不揃いであり、羽も幾つも抜けているように見える。遠く離れてる故その詳細までは捉えることは出来なかったが、それは明らかにあった。
しかし瞬きをした次の瞬間にはそれは消えており、再び見つめようともそれが再度ディアの視界に写り込むことはなかった。
「一体、何だと言うのじゃ…」
1人取り残されたディアは、確かに目にした異様な光景に驚愕するばかりであった。
………
………
「何を思い出してたの?」
昨日から滞在している宿に戻ったゼノフレアは、自身の休んでいた部屋に待機していたカイリに、そう話しかけられた。
「言わなくても分かるんじゃないか」
「…やっぱりね」
部屋にある1つの椅子に腰をかけるカイリは、予想通りと言った反応を示した。そして次に、呆れるような素振りと悩む様子を見せた。
背負っていたフランヴェルジェを壁に立て掛け、ベッドの上で横になる。ただでさえ眠りにくい体質故いくら黄昏時と言えどまだまだ眠れるとは思えないが、それでも明日まで特段やることもない。
「どれだけ後悔しても、過去は変わらない。あんたが1番、わかってることでしょ」
「別に後悔してた訳じゃないさ。ただ単純に、当時のことを思い出していただけだ」
「力を出し渋っているのに?」
「…それは後悔だからじゃない。危険すぎるから、それだけだ」
「結果、ディア達が殺されるとしても?」
「言ったろ、今の俺で負けたらそこまで。ただそれだけの事だ」
「……はぁ」
深いため息を付くカイリ。
長い間共にしているからこそ、これ以上の説得は無駄だと分かってしまう。それが、もどかしい。
「…死なせはしないわよ」
その一言を呟くと、カイリは自分の部屋に戻って行った。
「………」
腕を頭の後ろに回し、天井を見上げる。
「お前がいる以上、力は決して解放出来ない。…いや、いなくても使うことはない。それが、お前の遺言だろう?」




