記録21 過去の怨敵 手を結ぶ
世界最大の国家、シルヴィリオン―その王たるフェラスロート・シルヴィリオンと相見えたゼノフレア。その深い関係を目の当たりにし口を挟むことが出来ずにいたディア達だが、遂にその真相に迫る直接的な問いを投げかけた。
ディアの問いを前に、口を開こうとするフェラスロート。しかし彼が言葉を発するよりも先に、ゼノフレアがその口火を切った。
「…約300年前、世界の頂点たるシルヴィリオンに前代未聞の危機が訪れた」
突如として語り出すゼノフレアを前に、その思考が一瞬停止する。それでも構わず、ゼノフレアは言葉を続ける。
「シルヴィリオンの本領土たるこの地体―都市 エグゾルに勃発した大戦争。シルヴィリオンは本城たるこの城及び国王を死守すべく、その軍事力全てを投入。―歴史上、その力に対抗できた国は存在しない」
謎めいた雰囲気と緊張感が、この場を包む。一触即発の様な、しかしどこか漠然とした様な、異様な雰囲気が。
「…しかし、その戦いにおいてシルヴィリオンには甚大な損害を被る。一般臣民を含む、死者2億4589万9983名。当然城下町は破壊し尽くされ、城もその殆どが崩壊した」
「に、2、億…じゃと……」
明かされたその数に、ディア達は呆気にとられていた。コスモスには大量の人間が生息しているとは言え、その数は世界規模で考えても小さくは無い。
「それだけの大規模な戦…いや、殺戮とも言うべきか。一体どれだけの期間続いたと思う?」
突然話しかけられるディア。当然困惑し一瞬は言葉を失うものの、何とか思考を整理し質問に答える。
「…1年か、それ以上、か?」
「違うな。…教えてやれ、フェラスロート」
その視線を国王へと移し、どこか挑発的な態度で会話のバトンを渡す。無論、この話はフェラスロートとて関係がある。
「……8日だ」
───沈黙が生じる。
「「…は?」」
ディア、ギルノドゥア、ヨル。その3人全員が同じ反応を示す。
「たった……たったの8日で我々はあれ程の被害と犠牲者を出した。圧倒的な敗北、正に殺戮だな」
「し、しかし、相手も我らに匹敵する軍事力を持っていたのであれば―」
「敵は単騎。しかもそれは、名憑きやそれの類ではない。"人"の形をした"何か"だった」
「……な、何か……?」
「見て呉れは人のそれだが、そいつはとても人間では無い。考えても見ろ、仮にも世界の頂点に立つとされる国家を8日で壊滅させられる人間が何処にいる?」
「…それは―」
3人の脳は既に理解の範疇を超えていた。2億という数の人間、そして世界的国家たるシルヴィリオンを8日で壊滅させ、挙句の果てにはその敵は単騎かつ魔獣ではない。名憑き、その中でも上位の個体であれば不可能でもない。事実、現存する名憑きでも国を滅ぼしている個体は存在する。
しかし、魔獣ではないとなれば最早それは御伽噺の域である。信じる方が無理な話だ。
「全て本当にあった出来事だ。…ディア、お前が生まれたのは約250年前。お前が知らないのも無理はないが、そう過去の話でもないのだよ」
「私が生まれるよりかはかなり昔ね…」
「…私も、生まれたのはその位の時期…。確かに時期的には理解できますが、それでも、それ程の損害を受けて50年で再興出来るのですか?」
「…壊滅的とは言え、滅んだ訳では無いからな。実際、こうして国王たる私は生き延びている。国を形作るのは民だが、しかしその基盤を作るのは我々の様な存在だ。指導者さえ生きていれば、国を戻すこと自体は然程難しいことではない。…無論、その犠牲は決して戻らないがな。それに、我々は古代魔術等も取り入れている。荒れた大地を直すだけであれば容易いことだ」
淡々と述べられる、現実離れした現実。しかし、3人はこの後に述べれる事実を何となく察していた。…勿論、それもまた現実離れしているのも分かった上で、だ。
「…もう分かっただろ。その単騎で国を壊滅させた存在が、―俺だ」
この話を出した以上、その答えは妥当なのだろう。しかし、ゼノフレアを人間として思っていた3人には説明のつかない無理がある。
「人間が300年前、しかも国を滅ぼす寸前まで追い込んだですって…!?」
普通なら寿命で死ぬ筈だ。人造人間ならいざ知らず、ゼノフレアはそうではない。守護神である以上そうも言いきれないが、その事実を知ったのはつい最近だ。300年も前の話に関与しているとは考えにくい。
「確かに俺は人間だ。…"元"な」
「…元…?」
「生まれやそこらは普通の人間と変わりないさ。身体の強さは感覚は確かに強いが、それでも寿命なんかは人間と違わなかった」
「…その後、何かあったということか」
「まぁ、そうなるな」
「…ここまで来て誑かすつもり?」
僅かに怒りの籠った、ヨルの言葉が響く。
「……"死神"…」
そしてその時。今までその口を固く閉ざしていたカイリが、漸く口を開いた。
「「死神…?」」
聞いた事のない言葉に、更なる疑問が3人を襲う。
「人智を超えた存在、とだけ言っておこうか。死神についてはフェラスロートとて詳しくは知らないだろう」
「…ああ」
「「………」」
頑なに、自身についてを語らない。それを今までの短い付き合いでも理解しているからこそ、これ以上の探りは無駄だと察する。
「……ゼノフレアと妾達の関係はたしかに分かった。……じゃが、何故ゼノフレアはそんなことをしたのじゃ…!お主は、理由もなく人を殺める様な奴ではなかろう!?」
怒りとも言えぬ、悲しみとも言えぬ感情が、ディアの中で渦巻いていた。己の故郷を、生まれる前とはいえ脅かされたのは当然怒りの対象だ。しかし、ゼノフレアが理由もなく人の命を奪わないと知っているからこそ、ただ怒ることが出来ずにいる。
「理由があったのは確かだ。…だが、それは俺から言うことじゃない」
その眼光は鋭く、先刻とは比にならぬ程の威圧でフェラスロートを見る。
「…伝えてないんだな、自分達の過ちを」
「………」
まだ何かある。それは、誰しもが既に察していた。しかし、先刻よりも更に張り詰めたその空気に思わず恐怖を覚える程に、全員が怯えていた。…今までにも見たことの無いゼノフレアの、その明らかな怒り―いや、憎悪に。
「まさかそこまで愚かだとはな。仮にも娘には、罪を背負わせる訳にはいかないってか?」
「貴様、いい加減に―」
国王を糾弾するその様に、リグエが反発する。しかし、その言葉はゼノフレアの眼を見ると共に途切れた。今のゼノフレアからは、それだけの圧を感じる。
その身体が今は万全ではなく今であれば充分に勝ち目があると分かっていても、その場にいるリグエと5人の英霊はゼノフレアに何も手出し出来ない。その、傍から見れば無礼な態度は国王を慕う者達にとっては腹立たしいことこの上ない筈。ゼノフレアに食って掛かるのは当然の反応だろう。しかし、実際は誰しもが一歩も動けず、そしてその顔には僅かながら恐怖が垣間見えた。
「…本題からズレたな。相談の内容はディア達から聞け。俺はこの場に相応しくない。…お互いにとってな」
それだけ言い残すと、ゼノフレアは王の間から立ち去るべく扉へと振り返り歩き始めた。本来であれば止めるべきだったのだろうが、その背中はあまりにも遠く誰もその声を届けることは出来なかった。
その背中を追うように、カイリが早足でゼノフレアへと着いていく。しかし、一瞬立ち止まった彼女はフェラスロートの方へと振り返り、そして―
「…もう、あの時のことはどうでも良い。けれども、それを忘れることだけは赦さない」
そうしてカイリも又、その場を後にした。
「…して―」
幾ばくかの沈黙の後、フェラスロートがそれを破る。語るべきことはまだ残されているかも知れないが、ディア達がそれを知る術はなく又直接的な関わりもない以上こちらから尋ねるのも少し違う。それに、ゼノフレアのあの言いぶりから察するにフェラスロート自ら語らなければ意味が無いのだろう。
それらを何となく理解しているからこそ、残された3人はエグゾルに訪ねた目的とその経緯を話した。無論、ゼノフレアが守護神である可能性が高いということも含めて。
「そうか。イノベーターの名が出るとは思わなかったが、そういうことであれば喜んで協力しよう」
「感謝します、父上」
「しかし……そうか、ゼノフレアが守護神とは…」
「思わぬ偶然ね。少なくとも、シルヴィリオンにとっては好ましくない展開でしょう」
「…ゼノフレアの名は、国民達には大罪人として知れ渡っている。そうした表面的な事柄だけで言えばたしかに、良いとは言い難いな」
「じゃが、背に腹はかえられぬ。守護神が現れてからというもの、イノベーターの存在感は明らかに大きくなっておる。あやつと手を切る事は絶対に出来ん」
「……ですが、ゼノフレアは言わばお嬢様の敵とも言えるのですよ?」
想いが混濁しているのは本当だ。愛する父を脅かし、愛するべき国民を殺した者―怒り、憎むのは至極真っ当なことだろう。しかしそれでも、ゼノフレアという人格を知るからこそ―何よりも、つい先刻の様を見てしまった以上、そう簡単に感情の矛先を向けることはできなくなってしまった。
「あやつが必要なのも又、事実じゃろう。例え守護神ではないとしても、英霊をも凌ぎ単騎で国を滅ぼしかねない戦力を易々と手放すわけには行かぬ。…イノベーターは妾らとは比にならない強さを持っておる。実際、最近遭遇したイノベーターの者にはゼノフレアとて敵わなかった。妾達だけで勝てるわけもあるまい」
その発言に、3人を除いた全員が驚きの表情を浮かべ言葉を失う。
「あのゼノフレアが敵わない、だと?」
「ええ。名はゲンブ、イノベーターの中でも屈指の実力者で自らを四皇帝とも名乗っていました」
「有り得ない…。英霊と式神の大軍を相手にして尚、五体満足で生き延びている化け物ですよ…?」
「確かにそうかも知れないけど、でも私達もその様を見てた。ゼノフレアは明らかに追い込められていたし、とても手加減してるようには見えなかった」
「……ゲンブとやらがそれ程強かった、というわけか」
「そうとしか―」
「…いや」
ゲンブがゼノフレアをも上回る実力者である─そんな可能性をディアは否定した。
「あやつは何か、隠しているのかも知れぬ。たしかにゼノフレアは妾達よりも強いだろうが、それでも国を滅ぼせる程の力をあやつから感じたかと言われればそうではない。…そして、カイリの言っていた"死神"とやら。人智の力を持つ存在と言う割には、矮小じゃろう」
「…確かにそうかも知れませんね。自身の魔力ですら制御しているのですから、何かしらまだ封じているという可能性はあるやも知れません」
「それに、あの時のカイリ…」
決して、可笑しいと思わなかった訳ではない。人弄と対峙した時真っ先にゼノフレアの心配をしていたカイリが、あの時は一切の動揺を見せなかった。焦りも不安も感じられず、何かを悟っているかのように静かにゼノフレアの戦い様を眺めていた。
それを疑問に思わない程、彼女らは鈍くない。その様子にはディア達全員が疑問を覚えた筈だ。実際は、ゲンブの魔術を破るのに必死で尚且つ気にしていても仕方ないということで、あの時は触れることはしなかったのだが。
「恐らくあやつは、ゼノフレアの全貌を知っておる。恐らく、かつて妾達に知らないと言ったのも嘘じゃろう」
「…そりゃあ、大切な人の秘密をそう簡単には喋らないものよね。カイリにとってゼノフレアがどういう存在かは分からないけどさ」
「……だが、もし仮にゼノフレアが力を抑え込んでいるとしてもだ。ゲンブに敗れる可能性があったとしても尚、あやつは力を解放しなかったというわけになる。あれ程の、手加減を知らないような奴がそんな真似をするとは考えにくい」
「それに敗れればお嬢様方にも危険が及んだかも知れない筈。同志を重んじるあいつの考えとは、どうにも矛盾があります」
仲間を第一に考える性格は、ディア達も知っている。ゼノフレアは今までも自己犠牲の精神で前線を買って出ている。大量の式神に追われた時や人弄の襲撃を受けた時もそうだ。ゲンブがゼノフレアにしか興味を示していなかったというのはあるが、しかし先程の過去の話を聞く限りゼノフレアは容赦をするような性格でもない。ともなれば、別の理由があると考えるべきだろう。そもそも、本当に力を抑え込んでいるのであればそれにも理由がある筈だ。魔力を制限していたことに理由があったように。
「それ程に危険な力─ということか?」
「…かもね。一国を8日で滅ぼす寸前まで追い込むようなものだし、私達の危険を考えた上でのことかも知れない」
「……」
どの道、現状でいくら考えたところで答えが出るわけももない。ゼノフレアもカイリも語らぬ以上ゼノフレアについて知ることは出来ず、かつて刃を交えたシルヴィリオンとて実態はほぼ一方的な殺戮。得た情報など無いに等しいだろう。
しかし、手掛かりはまだある。
「…父上、話してくれませぬか。貴方が…いや、我らシルヴィリオンが犯した"罪"について―」
………
………
数分前。王の間を後にしたゼノフレアとカイリはそのまま城内を歩き回り、先程の城門まで来ていた。道中、城の中を巡回する兵士や王家の関係者に懐疑的かつ恐れられる目で見られたが、やはりその恐ろしさ故を知っているからか誰一人として関わってくる者はおらず、すんなりと城を後にすることが出来た。
「…ねぇ」
門を潜り城下町へと繋がる橋を渡り始めた所で、カイリが話しかける。ここまで来る途中、2人は一切の会話をしていない。カイリがゼノフレアに着いて来たのは何一つ不自然ではないと、ゼノフレア自身も理解しているからこそ話すことも無かった。
「これからどうするの?」
「ディア達が上手くやってくれるだろうよ。自分から乗った船だ。途中で放棄するつもりは無いし、例えあっちが拒否したとしても俺は勝手にやるさ」
「そうじゃなくて―」
「力は使わない。分かってるだろ」
「ても、今のあんたじゃ敵わない様な奴が出てきたのよ?このままじゃいつか殺されるわ。それにディア達だって安全じゃないでしょう?」
「負けて死んだら、そこまでの話だ。届かないなら強くなれば良い。…それに、俺が死んだ後の事は知ったことじゃない。あいつらは確かかに良い奴らだ。だが、俺の守るべきものじゃない。それは、とうに失ってる」
「知ってるわよ。私はあんたなんだから。…でもね、だからこそ───私はあんたを生かさなきゃいけない」
振り返ることなく、ただ歩き続けていたゼノフレアがその足を止める。
「…もう十分だろ」
少しの間をあけ、発した一言。しかしゼノフレアを知るからこそ、その言葉の重さと秘められた想いを分かる。そして、それが正しくはない―ということも。
2人は口を閉ざし、その後は宿を探していた。ディア達は恐らくフェラスロートの指示により各々客室の使用を許可してもらっているだろう。しかし一番に休息を必要としているのは間違いなくゼノフレアであり、だからこそ早急に場所を確保する必要があった。
幸いにも宿の確保は比較的早く終わり、ゼノフレアは自身の部屋に入るなりベッドへ横たわった。
「っ…」
力を込め続けていた手足が緩み、抑え込んでいた痛みが一瞬にして襲い掛かる。外傷もなく内が壊れている訳でもないのに、この痛みだ。どれだけの負荷を肉体に強いていたかがよく分かる。そして、その無理のツケが今になって回ってきたというわけだ。
(…やれるだけは、やるさ)
負けたらそこまで。そうとは言いつも、決して諦めている訳ではない。今の全力を持ってしても敵わぬのであれば、そこで終わりだというだけだ。手を抜くつもりもなく、勝負を放棄する訳でもない。寧ろ、あれ程に叩きのめされてもゼノフレアの内はゲンブとの戦いを求めている。
確かにゲンブは今のゼノフレアよりも圧倒的に強い。しかしゼノフレアとて弱いはずもなく、自身の命を脅かす存在は世界中でも少ない。古の、戦全盛の時代であれは違ったのだろうが、現代はそういう争いも減少してきており、人々だけでなく魔獣のレベルまでもが下がってきている。そんな現状で、ゼノフレアの渇きを満たせる様な強者は少ない。
(平和ボケしたような奴らじゃ敵わなくて当然だ)
イノベーターについては不明なことも多いが、その長い歴史と経歴は想像に容易い。世界の崩壊を目論む組織が戦いに無縁なわけもなく、その日常は常に死と隣り合わせだろう。そんな日々を生き抜き、更にはそんな者共の中でもより一層強き4人に含まれるゲンブ。桁が違うのも、納得の話だ。
しかしゼノフレアも又、その身を常に闘いに置いてきた。人間でありながら数百年も生き続け、世界最大の国家を敵に回しておきながら生き抜いている。過去、幾度と死にかけた経験もある。同類を狩ったこともある。その経験は決して生温いものではない。
そんな刃が、通じぬわけがない。"死神"は、その程度の存在ではない。
死神───
それは・・・血塗られた、存在してはいけない存在




