記録20 王都 シルヴィリオン
四皇帝―ゲンブの襲撃を凌ぎ、次への地体へと渡ったゼノフレア達。ギルノドゥアの治癒魔法により傷は癒えたものの肉体に蓄積された疲労や痛みは消えていない。とは言えここまで来て再び街に戻るのも非効率であり、いつまで経っても目的地に届かない。故にその肉体に無理を強いつつも、ゼノフレアは進む事を決めた。
治癒魔法で傷を治したとしても、生じる痛みが消えることは無い。だが、痛みや疲労は耐えれば良いだけの話。骨や神経が壊れているわけではない以上、動くことは出来る。歩く度に全身を刺された様な激痛が肉体を襲い消えることなく、蓄積した疲労がその足を止めようとしたとしても、歩くことは出来る。ゼノフレアはその究竟な精神により、その歩みを進めていた。
しかし、いくら精神力により歩く事が出来たとしても現状では真面に戦えないのも事実。並外れた体力と強度を持つ肉体ですら、疲れ知らずな訳でもなく酷使し続ければ限界を迎える。
「…ちょいとばかし、キツイな」
普段はなんて事ない剣が、やけに重い。腕に重りを付けられた様な感覚。損傷の酷いその剣は、今や鈍器に成り下がっている。
こんな状態で魔獣を斬れるのか。そんな不安が頭を過ぎるものの、それでもゼノフレアは歩みを止めない。これ程の怪我であれば、過去にも負ったことはある。そして、その時は誰もいなかった。どれだけ負傷を負ったとしても、一人で戦わなくてはいけなかった。
「無理をするな。今日はもう休むぞ」
既に日は沈み、辺りは闇に包まれている。これ以上進むのは今まで以上に危険が伴う上、夜目の効くゼノフレアがこの有様ではそもそも進むことすら難しい。
「…仕方ないか」
本音を言えば、まだ進めておきたいところだ。目的の地体は目前。辿り着けば戦力を確保出来る上、一先ずは休息も出来る。それに、あまり長く地体に留まるのも得策ではない。
ディアの故郷たる地体は古よりイノベーターと相対してきた国家がある故滞在しても問題ない、というのは既に彼女から聞いている。しかし、それは他の地体には当てはまらない。ゼノフレアを狙ったイノベーターの強襲により、地体が滅びる可能性もある。自分が狙われるのは問題ないが、それで無関係の人間達を巻き込む訳にはいかない。
(…)
全身を襲う激痛とその性により、安眠など程遠い。その捨て身かつ大胆な戦いぶりによりかつても勘違いされていたことがあるが、ゼノフレアは痛覚を感じないわけでもなく鈍い訳でもない。寧ろ、あらゆる感覚が鋭いゼノフレアは、並より感じる痛みも大きい。それは、風に打たれるだけでも痛みを感じる程だ。
不便、鬱陶しいと思われるだろう体質。しかし、それは闘いにおいて非常に有効に働く。
戦場において、致命傷となるのは必ずしも大きな負傷では無い。毒などは分かりやすい例だ。例え気付かぬ様な小さな掠り傷だろうと、そこに毒が盛られていれば人は簡単に死ぬ。そういう怪我をいち早く気付けるのは、大きな利点だろう。
勿論、それ以上に不利な点は多い。どんな怪我だろうと激痛が肉体を襲うのだ。並の人間では痛みで動けなくなる。それ以上に精神が蝕まれるだろう。そして真に致命傷を負った場合、その痛みは想像を絶する。
ゼノフレアだからこそ、その体質を受け入れる事が出来ている。肉体の強さは体質は生まれながらだとしても、精神面は違う。ゼノフレアが自ら鍛え上げた―|出来上がってしまったものだ。
しかしどれ程の激痛とその性分があろうとその肉体は確実に休息を欲しており、気付けばゼノフレアも意識を失う様に眠りについていた。人々の言う様な睡眠ではなく、何かがあれば咄嗟に反応出来るほどに脳は活動を続けている。しかし、損傷しているのは肉体であり肉体さえ休められれば問題はない。不眠を続けていれば脳の活動も劣化していくが、1日2日では全く問題ないのは今までの経験から理解していた。
………
………
そうして、辿り着いた地体。そこは、世界的に見ても随一の広さを持つ地体だ。にも関わらず、そこには国は1つしかない。
かつては幾つもの国があったが、そのどれもが戦争に敗れ歴史に埋もれていった。残ったその国の影響力や支配力はこの地体1つに留まらず、隣接する地体だけでなく例え幾つもの地体を跨いだ先にも行き届いている。
正に、コスモスにおける絶対的王国。ディアの故郷であり、圧倒的軍事力と財政力を持つその国の名は―
「…王家 シルヴィリオン」
地体の転送機から出てすぐ。目の前に見えた巨大な王城と城下町を見て、ゼノフレアはその名を呟いた。
「ああ」
「……まさか、ディアが世界一の国、その国王の娘だとはね」
「まぁ、英霊という時点で娘というのも変な話じやがな。…しかし、協力者という点ではこの上ない存在じゃろう」
「確かにね」
「ギルノドゥアは知っていたのよね?」
「ええ。随分と昔に教えてもらいましたね。それに、私自身も何度か訪れています」
遥か遠方に見える城下町。しかしこの距離でもその大きさや活気が分かるほど、この国は巨大な存在だ。今まで訪れたどの国も、シルヴィリオンには遠く及ばない。
そしてそれは、戦という観点でもそうだ。シルヴィリオンの持つ式神や英霊は世界の半数を占めるとも言われ、更には人造人間に形成された無数の軍隊も所持している。式神や英霊は強力であり、過剰に使役しては世界の均衡を崩しかねないからだ。それに、いくら圧倒的数を持っているとしてもそれらを生み出すのは決して簡単では無い。
式神や英霊を主とする軍が使われるのは、上位魔獣や名憑きを相手にする場合のみだ。それ以外の、小規模な遠征や亡国の反逆を相手には人造人間が使われている。
(……悪い予感が当たったな。…いや、バレるのは時間の問題か)
シルヴィリオンに縁があるのは、何もギルノドゥアだけではない。誰にも明かすことのない過去、ゼノフレアはこの国と相対したことがある。
「…ゼノフレア」
「…お前の心配しているようなことは起こらないさ」
過去を知るカイリだからこそ過る、最悪の展開。しかし、本来であればその間に誰かが入る余地はないく加えてゼノフレアがこう言っている以上、カイリはそれ以上何も言うことが出来なかった。
「行くとしよう。父上なら必ず、協力してくれる」
城下町に着き、その活気はより一層感じられた。どこを見ても人が行き交い、様々な品物が流通している。当然の様に式神や英霊が街に溶け込んでおり、それはこの国に生きる者としては当たり前の光景なのだろう。しかしそのどこかには、戦を彷彿とさせる気配も感じられた。
これだけ巨大な国だ。他との対立は避けられる運命であり、又、イノベーターとも対立しているとなれば戦争も日常的な事柄なのだろう。
「広いわね…」
街の中心にある噴水。そこから見える道だけでも無数にあり、ディアの案内が無ければすぐさま迷ってしまうだろう。
「まぁ、広いことには広いが、実際そこまで複雑ではない。碁盤状に整備された道故、慣れてしまえば迷うことも少ない」
「そりゃそうかも知れないけどさ」
道自体は綺麗に整備されており、そのどれもが直線的で且つ道同士は直角に交わっている。その様子だけを見れば、確かに複雑とは言い難い。
しかしその道端には無数の建物が並んでおり、同じ様な景色が続く。自分がどこを歩いているのか、基準となるものがなければ迷うのも無理はない話だ。店や娯楽施設などは大通り付近にまとまっており、小さな路地や街の端々には民家が殆どなのも原因の一つだろう。
「街灯も水も、全て魔法によって届けられているのね。私の国じゃ考えられないわ」
「これだけの巨大な街ですから、当然と言えば当然ですね。とはいえ、リスクもあります。術式に不具合があれば全ての供給が止まりますし、魔力の供給が遮断された場合も同じです」
「まぁ、300年以上もそれで続けてきてる以上、大した問題でもないだろうがな」
「実際、何度かそういった問題には出くわしたことはあるぞ。じゃが、そういった対処も予め決まっておるからな。思うよりかは大事にはならん。民達も、そういった危険性を理解しておるしな」
「まぁ、それもそうね」
「…と、もう目の前じゃぞ」
話をしつつも、ゼノフレア達は歩みを止めていたわけではない。気付けば、その目の前には巨大な城門があった。その奥に見える城はやはり巨大であり、そしてその全体を三重の結界が覆っている。
一層目は物理的攻撃、二層目は魔力的攻撃、三層目はそのどちらも。その強力な結界により、例えこの地体が戦場となっても城だけは被害を抑えられる。そして、その地下にはこの城下町に済む住民全てを避難させられるほどのシェルターも用意されている。
それは、城と言うよりか要塞に近しい。無論、結構だけでなく様々な迎撃兵器が四方八方から外敵に備えており、そして城内には大量の式神や英霊が待機している。攻め落とすのは決して容易ではない。
そして、その城門も今は固く閉ざされている。当然と言えば当然のことだが、その様は一切の訪問者を寄せ付けていなかった。
「…どうやって会いに行くの?」
「どうも何も―」
城門の前に立つゼノフレア達。その中から、ディアが一歩前に出ようとする。…しかし、
「こっちの方が手っ取り早い」
彼女の前に手を出し、それを止める。そしてそれと入れ替わるように、ゼノフレアが城門に触れた。
途端―
『緊急事態発生 緊急事態発生』
無機質な機械音声と、不快な警告音が辺りに響いた。
「なっ…!?」
『重要指名手配人物ゼノフレア・ガーランドの魔力を検知 場所は城門 出撃可能な者は直ちに迎え』
続けられる機械音声。ゼノフレアとカイリを除いた全員がその出来事に困惑するも、それも束の間。直後、その城門は内側から開き、大勢の兵士が門の前に集まってきた。
「目標、捕捉。いつでも」
無数の式神や英霊、そして人造人間。全員がその視線をゼノフレアに向け、敵意を剥き出しにしていた。
しかし、その場にいるのはゼノフレアだけではない。兵士の中でも一際目立つ、とある男がディアの存在に気付く。
「…お嬢様!?」
兵士でありながらその身には鎧を一切纏わず、しかしその気配は英霊に勝るとも劣らない。腰に帯びている剣と短剣は、その使い込んでいる様がすぐに分かる程だった。
「あ、あぁ…」
未だ混乱は続くものの話しかけてきた者が誰かを理解し、一先ずは会話を続ける。
「リグエか、久し振りじゃな」
「えぇ、本当に―」
リグエ、そう呼ばれた男はディアの前に移動すると片膝を地面に着き頭を下げた。そして…
「何故、お前がお嬢様といる?」
下げた頭を戻すと共に、その鋭い眼光はゼノフレアに向けられらた。
「成り行きだな。少なくとも、お前らが想像しているような理由じゃない」
「…それを信用しろと?」
「勝手にしろ。そもそも、用があるのはディアの方だ。そっちを優先すべきなんじゃないか?近衛兵士長よ」
「……」
その険悪な雰囲気に、誰もが口を挟めずにいた。リグエの後ろに控える全員が、ゼノフレアを睨んでいる。その状況は何とも異質だった。
その眼は深い怒りを宿していると共に、それ以上の恐怖を感じているようにも見えた。事実、人造人間の中には手足が震えている者もいる。英霊ですら、その頬に汗が伝っていた。
本来、自身より格下の人間に過ぎない。そんな相手一人に、大軍でありながら誰一人として踏み込めずにいる。無論、城下町と接しているこの場で闘う訳にもいかないことは誰しもが理解しているが、それ以上に全員がゼノフレアを恐れているのが、傍から見ていたディア達にも理解できた。
「…まずはご無事にお戻りになられたこと、何よりにございます。…此度は、いかなるご用向きにてお越しでしょうか」
状況を冷静に分析し、リグエはディアに尋ねた。ディアはこの国の姫に当たる存在であり、兵士達にとって何よりも優先すべき事項だ。
「あ、そう、じゃな。一先ず、父上に会わせてはくれぬか。後ろの者達もじゃ」
「……それは、ゼノフレアも含めて、との事でしょうか」
「…あぁ」
唯ならぬ関係があるのは既に予想がついている。しかし、この場でそれを尋ねたところで意味は無い。元々、シルヴィリオンには協力を仰ぎに来たのだ。ゼノフレアもそれを理解しているからこそ、今は対立する様子もない。そもそも、負傷している現状では刃向かったところで無駄だ。
そうして、ゼノフレア達は城内に通された。集合した兵士達はリグエの指示により解散し、残された5人の英霊がゼノフレア達の周りを囲みながら、国王のいる玉座へと向かっている。ディアはリグエが前に立ちながらも先導していた。
ゼノフレアと共に行動している故に、ゼノフレアだけでなくカイリやギルノドゥア、ヨルもその警戒の矛先を向けられていた。特に、ヨルとギルノドゥアはただの人間では無い。それ相応の危険性を孕んでいる、というのがあちらの見解だろう。
「…ねぇ」
玉座へ向かう道中、その沈黙を破ったのはヨルだった。とは言え、その声は小さく周りに聞こえないようにしている。
「一体、どういうことなの?」
「…着けば分かる」
「…この事は、カイリ殿も知っているのですか」
「……まぁ、ね」
本人を除いた、ここにいる人物の中で唯一。ゼノフレアの過去を知る存在であるカイリ。しかし、語るつもりはない。着けば、自ずと分かることだ。
「着いたぞ」
玉座のある王の間。その扉がゆっくりと開き、その奥に、シルヴィリオンの王―その姿が映る。
「…久し振りだな、フェラスロート・シルヴィリオン」
その様は、王そのものだった。並の人間よりかふたまわり程大柄な肉体と、練り上げられた魔力。しかし、その顔には老衰の後がよく見える。それでも玉座に座る王の姿は、王としての威厳を充分に放っていた。
「…どういう風の吹き回しだ?ゼノフレア・ガーランド」
相対する2人。娘がいるにも関わらずフェラスロートはその視線をディアには向けず、真っ直ぐとゼノフレアを捉えていた。
緊迫した空気が流れたのも束の間。ゼノフレアがその口火を切る。
「相談があってきた。…それは、俺個人のもんじゃない。この場にいる5人全員の申し出だ」
「相談だと?お前が?」
「俺から言っても信用ならないのは百も承知。だが、ディアなら話は別だろ」
ゼノフレアがそう言うと、フェラスロートはその視線を娘のディアに移した。
「…久し振りだな、ディア」
「…息災で何よりです、父上」
当然、立場は国王の方が上だ。ディアも又、片膝を着きながら話を進める。
「それで、相談とは何事だ?」
「…それより、父上」
一呼吸置き、その質問を投げかける。
「ゼノフレアとは何が…?」




