記録19 四皇帝
剛剣 フランヴェルジェ
ゼノフレアの扱う大剣。数え切れぬ戦いを経た事によりその特徴的な炎の様に波打つ刃は綻び、片側は最早切ることも叶わぬ程に損傷している。残された刃も既に本来の切れ味を失い、その斬撃は"叩き斬る"に近しいものとなっている。鋭利であった鋒は既に丸みを帯びそこから繰り出される突きは点から円となり、敵手に大きな風穴を開ける。しかし、それは最早武器と呼べるような代物ではない。
数多の血を啜り、長年振り続けたことによりゼノフレアの魔力を宿したこの剣は魔剣に近しい武具となっており、その斬撃には僅かに闇の力が籠っている。
触れることが出来る限り、そこに存在しうる限り
ー奴らは必ず殺せる
ゼノフレアが永い闘争の末、辿り着いた答え
それは絶望にも似た、一つの真理とでも言えようか
イノベーターの手先である人造人間―ゲンブの猛襲に遭ったゼノフレア。カイリ達はゲンブの魔術により身動きを封じられ、未知の敵にゼノフレアは1人で立ち向かわなくてはならなくなった。
「四皇帝…?」
自ら名乗った正体。奴は人造人間、そして"四皇帝"という存在のようだ。
人造人間―それ自体は珍しいことでもない。式神や英霊もその一種だ。人工的に造られた人間であり、その身体能力は普通の人間と大差ない。英霊程の力を持たせず、しかし数を補うために必要とされることが多く、言わば奴隷的な存在だ。
人造"人間"とは言うものの、その実態は感情のない機械と大差なく故にそういった扱いも了承されている。しかし人造人間に感情をもたせられないわけでもなく、必要とあらば限りなく人間に近しい存在とすることも可能だ。そして、その強さを底上げすることも不可能では無い。
ゲンブ―いや、イノベーターの構成員はそういった存在なのだろう。
「四皇帝―我らイノベーターの中でも特筆した強さを持つ者達だ。…敢えて言おう。お前達が相手してきた奴ら全てと、同じ程度だとは思わぬ事だ」
「…随分な自信だな」
今まで相手してきた……つまり奴は名憑きよりも強いということを自負している。そして恐らく、それは事実だ。
その気配は人弄ですら比べ物にならない。その殺気はあの時よりも更に重く肩に伸し掛り、背中には冷や汗が伝う。戦い続けてきたゼノフレアだからこそ恐怖を感じることは無いものの、その実力は戦わずとも見て取れる。
「…何故アイツらの動きを封じた。殺せば済んだ筈だろう」
「言った筈だ。お前以外に用はない。…そして、お前とは無駄話をしに来た訳でもない」
槌を握るゲンブの右腕に力が微かに動く。途端、ゼノフレアは間合いを一気に詰めた。
(目的は分からないが、少なくともカイリ達に手を出すつもりは感じられない。それが奴の思惑だとしても……今だけは好都合だ)
素早く懐へ入り込み、渾身の一撃を無防備な脇腹へと振るう。防ぐ素振りも、魔力で保護する気配もない。まともに喰らえばタダでは済まない。
…が、
「軽いな」
その刃は肉を斬るどころか皮膚すら絶てず、ゲンブの肉体に触れると共に止められていた。音速を超える斬撃を防ぐわけでもなく、ただその肉体の強度だけで受け止めたのだ。
「なっ…」
勢いの反動で動きが止まる。そこへゲンブの槌が顔面に迫る。瞬間的に反応し何とか躱す事に成功するも、無理な体勢から動いた故にその後に大きな隙が生じる。
迫る追撃。避けることも防ぐことも出来ず、その一撃はゼノフレアの背に直撃した。
「…瞬間的に魔力で守ったか」
宙を舞うゼノフレア。そこへ、ゲンブの容赦ない追撃が繰り返し迫る。
(っ!)
空中では身動きが取れない。咄嗟に大剣を前に突き出し直撃は避けるものの、その勢いによりゼノフレアは地面に叩きつけられた。
「がっ…!」
受け身は取れず、その衝撃がモロにゼノフレアの肉体を伝う。背中を強打し、全身が痺れる。体勢を整えようにも体が思うように動かず、眼前に迫るゲンブの打撃を再び紙一重で防ぐ事しか出来ない。
そして再び、全身に衝撃が走る。このままではひたすらに防戦一方だ。
(……不味いな)
一瞬にして追い込まれた。名憑きにも対抗できうるゼノフレアを、一方的に追い詰めている。今までの奴らとは違う―それをこの短時間で身をもって分からされた。
(温いことを言ってられる状況じゃない。カイリが近くにいるとはいえ、このままだと―)
ゼノフレアの防御を掻い潜り、ゲンブの一撃が再び直撃しようとする。…が
「…成程、それがお前の力か」
抑え込んでいる魔力を解放し、力が増大する。迫る一撃を目にも止まらぬ速さで躱し、ゲンブへ剣を振るう。先程とは身体能力が格段に上昇し、漸く反撃へ転じることが出来た。
しかしその一撃が直撃することはなく、驚異的な反応速度でゲンブはその斬撃を防いだ。
「まだ、遅い」
「…ちっ」
驚きはしなかった。恐らく奴は、魔力を解放しようと格上の存在。それを、直感的に理解していた。
(…だが防いだな。てことは、奴にとって今の俺の一撃はまともに受けるのは好ましくないということ)
初撃は、防ぐ素振りもなく受け止められた。しかし今放った斬撃を、ゲンブは防いだ。つまりゼノフレアの攻撃が一切効かないという訳では無い、ということだ。であれば、勝機はまだ残されている。
剣を逆袈裟に振るい、そのまま体を回転させ横へ一閃する。その両方を防がれるもののそんなことは意に介さず、剣を振るう手は止めない。胴を目掛けて突きを繰り出し、その後の反撃を剣の側面で受け流す。ゲンブの槌を弾き、僅かに生じた隙へ神速の3連撃を叩き込む。
"無限斬奈"
しかし、そのどれもがゲンブの肉体には届かない。どれだけ隙を突こうとも、奴はゼノフレアを上回る速度で例え後手だろと容赦なく防いでくる。そしてこちらの隙は一切見逃さず、容赦ない反撃が度々襲いかかる。
「っ…!」
「どうした。人弄を屠った実力、その程度か」
「あのゼノフレアが……、一方的に―」
「ギルノドゥア、まだやれぬか!?」
「急いでいますが、あまりにも魔術が強力で―!」
身動きを封じられたカイリ達。ゼノフレアが彼女らに被害が及ばぬ様に自然と距離を取ってはいるものの、それでも十分にその様子が見える。
そして、その様に衝撃を受けていた。今までどれほどの敵だろうと対抗出来ていたゼノフレアが、今や完全に術中に陥っている。彼ほどの速度・力があっても尚敵わない。それはこの場にいる誰も、ゲンブには届かないことの証明でもある。
だが、だからといって戦いを放棄するつもりはない。今はゲンブの魔術により身を封じられているが、ギルノドゥアの能力を使えばこの状況からも脱することが出来る。
(体の自由だけでなく、魔力にも干渉する魔術…。私の場合、力の代償が魔力消費故に発動にも障害が生じている……)
完全では無いものの、ゲンブの掛けた魔術は対象の魔力操作をも阻害する。そしてギルノドゥアの"凍結"の負荷は、魔力の大量消費。故にその発動も普段通りとはいかない。
とは言え英霊の能力そのものを封じられたわけではない以上、発動は可能だ。通常より時間を要し、集中力も削がれている状況下では尚更精度が落ちるが、この魔術の機能を停止させる程度には使える筈。そうすれば、ゼノフレアに加勢する事が出来る。
全員がその想いを抱えている、その筈である。…しかし、カイリだけは違った。
「………」
人弄と対峙したゼノフレアが魔力を解放した時、一番に焦りを感じていたカイリ。だが、今はそんな様子は一切なく寧ろ誰よりも落ち着いた素振りでゼノフレア達の戦いを見ていた。
(…頃合い、なのかもね)
自分達が助けに入ったところで、魔力を解放したゼノフレアの前では邪魔にしかならない。英霊ですら及ばぬ速度。それに着いていけぬのであれば、その戦いからは置いていかれる。そしてこの場にいる誰1人としてそれが出来ないことを、カイリは知っている。
莫大な力を持たぬ"人間"だからこそ、ゲンブの強さはより一層理解らされた。例え魔力を全て解放しようと、今のゼノフレアでは勝てない。彼の真実を知る者だからこそ、その現実を理解してしまっている。
ゼノフレアの魔力や危険性についてディア達に話した時、カイリは嘘をついた。本当は、知っている。ゼノフレアの中に巣食う衝動も、その正体も。…そして、ゼノフレアが未だ"力"を抑えていることも。
このままでは勝てない―その事を理解しているのは無論ゼノフレア本人もそうだ。己の事は己が一番理解しているし知っている。自身が只の人間ではなくそこらの者共では勝てないと分かっているが、自身を過剰評価しているつもりはない。上には上がいる。かつてこの世界に存在した真の強者達と比べれば、己は赤子当然。それを理解している。
「よくもその程度でセカイ様に楯突こうなどと考えたものだな。驕りが過ぎるぞ、"人間"」
ゼノフレアを後方へ退けるとゲンブはその攻め手を止め、そして語り出した。既に息が上がり数々の負傷を負っているゼノフレアに対し、ゲンブは全くの無傷だ。軽い一撃では簡単に受け止められ、例え渾身の一撃を振るおうとも容易く防がれる。
「…最初に刃を向けたのはそっちだろ。俺が守護神だからか?」
「何を当たり前の事を抜かしている。守護神は世界を守るべく存在。当然、我らと衝突は避けられない」
「…」
「今までも幾度と守護神と相対してきたが、そのどれもが腰抜けの集まり。お前はマシかと思ったが、見込み違いだったな」
「幾度も、だと…」
「お前以外にも、守護神は今まで存在していた。しかし奴らは皆、我々と戦いそして誰しも我々の足元にも及ばなかった。セカイ様の強さに畏れ、絶望した。奴らは自ら、その剣を捨てたのだ」
「………よく喋るな」
「お前もそうなる。俺の役目は終わりだ」
「役目だと…」
「お前との格の違いを分からせる。それがセカイ様より与えられた役目だ。敢えて言うが、セカイ様は俺とは次元が違うなどという強さではないぞ」
ゼノフレアをここまで追い詰めているゲンブが、セカイには手も足も出ない。それは確かに絶望だ。己の本気をぶつけても尚敵わない相手を前にし、対峙した敵の恐ろしさを理解させられる。そうして、かつての守護神は心を折られたのだろう。守護神でなくとも、戦いに身を投じる者であれば誰でも絶望する。
「確かに、普通なら折れるだろうな。自分を圧倒的な強さで潰してくる奴を前にし、そしてその親玉は更なる強さを秘めている。まともな精神を持つ奴じゃ絶望して当然だ」
「お前もそうだろう」
「…いいや」
その肉体に鞭を打ち、再び剣を構える。その様は既にボロボロだが、しかしゼノフレアの気配は一向に弱まる様子はなく寧ろその意志は強さを増していた。
「…まだやるか」
神速の斬撃。それをいとも容易く往なすゲンブ。しかしゼノフレアとて、無鉄砲にただ剣を振るっていただけではない。敵の癖や習性を見抜き、己の機会とする―兵法者であれば当然の嗜みだ。
(数回の攻撃の後、奴は必ずタメが生じる。その隙であれば刺せる)
だが、有効打にはなりえていない。どれほど攻撃を当てようと強靭な肉体により全てを受け止められ、負傷を与えることは出来ていない。
それでも、ゼノフレアは剣を振るうことをやめなかった。
(当てられる限り…、触れることができる限り―命は奪える)
負傷と疲労により、本来であればゼノフレアの動きは先程より鈍くなっているのが当然だ。…しかし、実際は違う。彼の斬撃はその速度を速め、その鋭さを増している。
(こいつ…)
僅かに、しかし確実に。その一撃はゲンブの命へ迫っている。例えゲンブの一撃を喰らおうとその刃を止めず、自身の負傷などもろともしない。頭蓋に槌の一撃が炸裂し視界が大きく揺れようとも、その視線はゲンブを捉えて離さない。
"無限斬奈"
密着した状態からの5連撃。漸く、ゲンブの防御が崩れる。
「…見込み違いだと言っていたな。確かにそうだ。お前は思い違いをしている」
実力差を見せつけられたところで、ゼノフレアは折れない。どれ程の強者を前にしようと決して戦いを放棄せず、喰らいつく。恐怖を、絶望を。叩きつけられようとも退くことはない。
「闘争を求める、それが俺の性だ」
一瞬体勢を崩したゲンブに、全霊の一撃が炸裂する。やはり刃は弾かれ、とても致命傷には届かない。しかし、剣の触れた腕はこの戦いにおいて初めて、血を流していた。
「…」
自身の傷を眺め、動きを止めるゲンブ。明確な隙だが、しかし踏み込めない。これもまだ余興。奴はまだ本気でも無い。下手に攻めることは出来ない。
「…成程な」
そしてやはり、その殺気はより一層重みを増した。既に疲労を蓄積している脚も相まって、その重さだけで今にも潰されそうだった。
「まだ、足りないようだ」
突如、懐へ迫るゲンブ。山勘で咄嗟に魔力で腹を
守り、何とか致命傷を避けるもののその威力は当然殺しきれない。槌の一撃が直撃し、ゼノフレアは再び後方へ吹き飛ばされる。
(…こっからだな)
容赦なく迫る追撃。猛進してくるゲンブに対し、剣を構えて迎撃に備える。
刹那。僅かに顔を横へズラしたゼノフレア。その頬を掠めるゲンブの槌。しかしその速度と威力は、例え掠っただけであろうとその肉を抉り血を湧き出させる。
逆袈裟に斬り上げた剣。ゲンブの脇へ命中するも、やはり皮一枚を絶つだけでその下までには届かない。その剣は弾かれる。
その事実をすぐさま理解し、ゲンブに蹴りを見舞うと同時に自身もまた地面を蹴る。そして再び開く、両者の間合い。
「砕けろ」
ゲンブが槌を掲げる。そして急激に収束し始める魔力。間違いなく、危険な一撃。阻止しようと走り出すも、限界を超えていた脚はその場で動きを止めてしまった。骨が砕け、走ろうにも走れない。
間に合わない―そう思った。…しかし、
「っ!?」
ゲンブの背後から矢が飛来する。咄嗟にその場から飛び退くゲンブに、2つの影がその隙を狩る。
"白文字"
"影舞断"
純白の剣から放たれる一撃。魔法により生み出された風の刃。その両者がゲンブに襲いかかる。無論その程度で仕留められる様な奴ではなく、その攻撃は全て防がれる。
「…抜けたか」
その影の正体は、ゲンブの放った魔術から逃れたディアとギルノドゥアだった。距離を開けたものの、その激しい攻防により再びこの場所に戻ってきていた。
言葉を発する暇もなく、2人はゲンブに襲い掛かる。しかし、
「…言ったはずだぞ。お前らに用はないと」
槌を地面に叩きつけ、大きな振動を生み出す。その衝撃によりゼノフレア含めた3人は体勢を崩す。追撃を警戒しすぐさま防御体勢を取るものの、しかしそこへ追撃が来ることはなかった。
「時を改める。次に会う時は目覚めていることを期待する」
魔力を練り上げるゲンブ。
「っ!待て!!」
魔術の発動。それを理解し、阻止しようと駆け出すディア。しかし、彼女の速度ではとても間に合わない。
鈍い光を放つと共に、ゲンブは姿を消した。
「…逃げられたか」
ディアの放った魔法は空を切り、遥か後方へ飛んでいきやがて霧散した。
「ゼノフレア殿!」
傷は回復していたとは言え、人弄と戦ってからそう日数も経過していない。蓄積していた疲労は確実にゼノフレアの肉体を蝕んでいる。本来であれば大したことない今の傷も、度重なる負傷とゲンブの圧倒的威圧により十二分に響いている。
「…悪い、逃がした」
剣を支えに姿勢を維持しつつ、ギルノドゥアの治癒を受ける。負傷の度合い自体は、人弄の時と比べればマシだ。意識を失う程でもなく、手足の感覚もまだ残っている。
「十分じゃ。今はあやつを退けられたことを幸運に思うとしよう」
「えぇ。今の私達が挑んだところで、全滅でしょうでしたし…」
ディアもギルノドゥアも、自分達の中でゼノフレアが1番の戦力であることを理解している。それは謙遜でも過信でもなく、己が普通とは違う強者故に分かる事実。しかしだからこそ、そのゼノフレアが一方的に追い詰められたゲンブに刃向かったところで無意味だと言うのは理解している。
「それでもだ。イノベーターに関わる重要な事柄を知るチャンスを逃した。それに、奴はまた現れると言っていた。避けて通ることは出来ない」
「確かにそうですが…」
そこへ、後方から援護をしていたヨルと何か様子の可笑しいカイリが寄ってくる。
「ゼノフレア、無事なの?」
「無事と言えるかは分からんが、少なくとも前よりかマシだな」
ゼノフレアの具合を心配するヨル。
本来であれば、今までの流れからも分かる通りカイリが真っ先に駆け寄る筈だった。しかし、今のカイリはどこか様子が変だ。呆けているかのような、それでいて落ち込んでいるような―そんな様子だった。
「カイリ」
そして、その理由をゼノフレアは分かっている。
『言いたいことは分かるが、今は後回しだ』
『…うん』
癒えた足でカイリに近付き、他の3人には聞こえないように呟く。
これは、2人しか知らない秘密。そして、忌まわしき事実。触れてはならない、大いなる'罪'の話。
(いずれ、時は来る)




