記録18 前門の虎 後門の狼
イノベーターの襲撃により壊滅状態へと陥った、とある一国。洗脳により自我を失った国王をゼノフレア自ら葬り、彼らの出来うることは全て終えた。
大きな犠牲を出しつつも、ヨルを仲間に迎え入れられたのは収穫だろう。元より、この地体にはそれが目的で訪れたのだ。
「これで一先ずの人数確保は出来た。こっからは、ディアの故郷へ戻ることを最優先にする」
「そうじゃな。まだ距離はある。ここから先も奴らとぶつかることは幾度とあるじゃろう。守護神が現れてからというものの、余りにも奴らとの遭遇機会が多い。間違いなく、お主は目を付けられている」
「それはセカイと会った時から何となく察している。…それで、ヨル。ここの地体の転送機はどこだ?」
「火山地帯のかなり奥ね。前は道が整備されてて普通に通れたんだけど…」
「私達なら問題ないでしょうが、ゼノフレア殿達は大丈夫ですか?」
「ええ。旅の途中で耐熱の魔道具は手に入れてるから」
「環境については基本的に問題ないな。それより、道中の魔獣の方が厄介だろうよ」
火山とは、地中の魔力が活発だからこそ生まれる。つまり、この地体は魔力の濃度も高いということ。そしてそれは、魔獣の格が通常とは違うということでもある。
とはいえ上位魔獣や名憑きと対峙してきたゼノフレア達にとって、魔獣の強さ自体は大した問題でもないよ。ゼノフレアが懸念しているのは、その数だ。
「当然っちゃ当然だが、火山地帯の方からは魔獣が跋扈してる。俺達の場合、強さより数の方が脅威だ。なるべく最短で向かった方が良いだろうな」
「ええ、それをおすすめするわ。道が整備されていた頃でさえ魔獣の被害は絶えなかったから、今じゃどうなってる事やら。遠いのは遠いけど、急げば1日も掛からないと思うわ」
「なら決まりじゃな。しかし、カイリは良いのか?」
「俺が抱えていく。そっちの方が早いしな」
「そりゃ、私はただの人間ですから。あんたみたいに体力馬鹿じゃないのよ」
ゼノフレアやヨルの予想通り、その道中は絶えず魔獣の襲撃を受けていた。個体ごとの強さも然ることながら、やはりその数は脅威だ。群れを仕留めたと思えば、その音や魔力に釣られて新たな魔獣達が寄ってくる。ゼノフレアやギルノドゥアはともかく、他の3人は静かに戦うという意味では向いていない。魔法を使えば必ず空気中の魔力は乱れ、魔獣達に場所を知らせてしまう。知能が低いと言えど己らが魔法を使えないのは理解しており、魔力が乱れることはつまり人間がいることの証明になってしまうのだ。そして、魔獣にとって人間はただの弱者―餌でしかない。無論式神や英霊であればそうではないのは当然だが、そこは魔獣の知能の低さが上手く働いてしまう。
知能が低く、特に生命危機に疎いが故に例え格上の相手だろうと容赦なく襲い掛かるのが魔獣の性質だ。だからこそ、魔力の乱れの正体が式神や英霊だとしても関係ない。魔獣から見れば、等しく"敵"としか捉えていないのだ。
(流石に少しキツイな。俺だけなら体力や魔力自体は持ちそうだが、カイリはかなり危うい。それに、魔力量が多いと言え、 魔力を主軸としている以上ディアも安心とは言えないな)
彼らにとっては誤差だとしても、魔獣の強さ自体も他より上なのだ。それに加えてこの数。普段以上に消耗が激しいのは至極当然のことだ。
ゼノフレア1人であれば、魔獣達の追尾を振り切ることも簡単だ。しかし、現状でゼノフレアの速度に着いてこられるのは恐らくギルノドゥアだけであり、それでは全く意味が無い。
しかし、そんな過酷な状況でも彼らは少しずつ確実に進んでいた。
…………
…………
―数刻前
そこは、世界において最も危険とされる地体。立ち入ることは即ち死を意味する、地獄の地体だ。
そんな地体に、男―セカイは居た。それだけ危険であれば当然、人は立ち寄らない。つまり、人目に付かない。誰にも知られず何かをするにはうってつけの場所だ。
しかし、かと言ってセカイにとってその場所が安全かと言われればそうとも限らない。この地体は魔力濃度が異常なまでに高く、上位魔獣以上の個体が当たり前のように生息しているからだ。無論、名憑きレベルの魔獣も大量にいる。
そして、ここにはとある存在も眠っている。
「奴らは、次の地体に向かってるか。まぁ当然だな」
襲い掛かってくる魔獣共を遇い、そう呟く。本来であれはゼノフレア達の状況を把握できるわけも無いのだが、セカイには何かが見えているのだろう。
(ギルノドゥアと言い、人弄と言い…、ゼノフレアは現状でも何とか食らいついてくるか。……)
何事も無いように魔獣達を屠りながら、セカイは何やら思考を巡らせる。
そして―
「一度分からせるか。格の違いとやらを」
指を鳴らすセカイ。途端、その場に1人の男が現れた。その形は至って普通の人間だが、気配はその男が只者では無いことを十二分に表しており、またその肉体は決して巨体ではなくとも鍛え抜かれていた。
「ゲンブ、お前に任せる」
「…御意」
それだけ言い、男は再び姿を消した。
先の戦いの気配に釣られ、新たな魔獣が4体ほど寄ってくる。そして、そのどれもが名憑きレベルの個体だ。
英霊だろうと勝ち目のない状況。しかし、セカイからしてみれば他の雑魚と大差ない。
「阿呆が」
握る剣を一度、振りかざす。その鋒から斬撃が打ち出され、その一撃で2体の魔獣が屠られる。無造作な斬撃ですらこのレベル。強さという点では決して下ではないゼノフレアですら、その領域には達していない。彼程の実力があろうと、名憑きには苦戦必死。本来、名憑きはそれ程の強さを持つ存在だ。
そして、この地体では魔獣の強さは更に上昇している。つまり、この地体における名憑きの強さは他とは訳が違う。最早、倒せるかどうかさえ怪しい程の個体だ。
それ程の化け物を、たった一振で2体も殺したセカイ。それがどれだけ次元の違うことか、よく分かるだろう。
そして、ゼノフレア達はそんな存在を相手に挑もうとしている。
残された2体の魔獣。目の前の出来事に無鉄砲に突っ込んでは来ないものの、セカイの前ではそれすらも意味を成さない。
人差し指を振り払い、その先から魔力が放たれる。その濃度はこの地体においても桁違いに高く、その魔力に触れると同時に爆発し、魔獣の姿は跡形もなく消え去った。そしてその爆発に巻き込まれ、残った最後の魔獣はその肉体の大半を失う。
欠損した部位から魔力が激しく漏れ出し、間もなくその魔獣も塵となって消えた。
「消し飛びはしなかったか。流石は"泥犂"の魔獣だな」
"泥犂"――そこは、あらゆる生物の墓場。踏み入った者は二度と帰ることのないと言われる、禁域。傑物、英雄…そんな者達では到底叶うことのない―深淵の地体
………
………
数え切れぬ程の魔獣達の襲撃を退け、漸く転送機前にまで辿り着いたゼノフレア達。既に日は沈みかけており、それぞれが満身創痍だ。
前衛で常に道を切り開いていたゼノフレアが、1番軽度の疲労と負傷で済んでいる。それもやはり、生まれながらのその強さ故だろう。逆に、後衛にいたカイリやディアの方がその疲労度は大きいだろう。2人とも魔力を主体としており、カイリに至っては既に余裕がない。
負傷に関してはギルノドゥアの治癒魔法のお陰で大した問題もないが、その代償としてギルノドゥアの魔力も底が見え始めている。先日の城での激戦とまではいかなくとも、その疲労度はかなりのものだった。
「この先の地体は…」
「妾の記憶が正しければ、至って普通の地体の筈じゃ。環境も人間の住みやすい、緑と水の豊富な場所で魔力濃度も並。恐らく、お主のしている心配は無用じゃぞ」
「ディアの記憶が合ってれば良いけど。私はともかく、貴方達はそろそろ限界でしょう」
「身体の方はまだ行けますが、魔力は怪しいですね。ここから先の負傷は笑えませんよ」
「私は流石にもう無理ね。魔力もすっからかんよ」
「だが、ここに留まるよりマシだろ。ほら、魔獣がもう来てるぞ」
ゼノフレアの発言により、後ろへ振り返る4人。見れば遠方から魔獣の群れが迫っているのが辛うじて視認出来る。
「よく見えるわね。流石としか言いようがないわ」
「ヨルも見えてるだろうに。…と、無駄話してる場合じゃないな。あの様子だと割と直ぐに着くぞ」
「分かっておる。行くぞ」
「ええ」
転送機を起動し、次の地体へ渡る5人。地体を渡るには、この方法か自然に生じた歪みに入る他ない。が、後者の方法は自然的故に危険もあり、こういった発展した地体では大半が転送機を使用している。
純白の奇妙な空間に飛ばされ、そしてそこから再び次の地体へ飛ばされる。その奇妙な空間こそ、この世界における地体同士の隙間―時空の狭間であり、そこへ立ち止まることは決して出来ない。そこは言わば世界の隙間、奈落であり、生命が存在出来うる場所では無いのだ。
転送機や歪みはその空間に干渉するものであり、よって地体を渡ることが出来る。転送機に関してはその地体同士の隙間に、魔術により'道'を造ることにより地体の移動を可能にしている。
「…っと」
そうして、新たな地体に足を踏み入れる。
「記憶は正しかったようじゃな」
目の前には、非常に広大な平原。そしてその奥には山や滝が見える。魔力濃度も至って普通であり、魔獣の気配もさほど感じない。
「ここもあくまで通過点だがな。とりあえず人里を探すか」
「そうね。もうクタクタだわ」
「ディア殿。この地体を知っているようでしたが、街などの場所は分かりますか?」
「いや、訪れたのは100年以上前じゃからの。そこら辺は曖昧じゃし、何よりそれ程の時間が経っていれば色々と変わっておるじゃろ」
「ま、ゼノフレアがいる分マシよ。どうせもう、気配を探ってるんでしょ?」
「ん…ああ。だが、この近くには居ないみたいだな。魔獣の気配しかしない」
「暫くはまだ歩くことになりそうじゃの」
「仕方ありませんね」
「カイリ、乗るか」
「流石に自分で歩くわよ。それくらいは出来るわ。あんたと何年旅してきたと思ってるの。迷いまくった事なんて何度もあるんだから」
「…なら良いが」
そうは言うものの、カイリの足元は既に覚束無い。これ以上歩かせるのは正直危険だ。しかし、確かに背負った状態では咄嗟の出来事に対応しづらく、ゼノフレアとてその肉体に疲労を感じない訳でもない。早急に休める場所か見つかることを祈りつつ、歩みを進めるしか無い。
「夜道は視界も狭まる。俺が前を歩くから、カイリ達はそれ以外の方向に気を配っといてくれ。気配で大体のことは気付けるが、とは言え俺も万能じゃないからな」
「あぁ」
「了解よ」
当然、夜は危険度も増す。先程までの地体と比べれば大分マシだろうが、それでも魔獣がいることには変わりなく上位魔獣や名憑きがいる可能性だって捨てきれない。現状で鉢合わせれば間違いなく壊滅する。それを理解しているからこそ、各々最大限の警戒を払う。
いくら夜目が効くとは言え、やはりその視認性は落ちるし、ディアやギルノドゥアなどの気配の大きい存在が近くに入れば僅かにその探知も鈍る。現状で、長く夜を徘徊するのは危険なのは十二分に理解している。
結局、街を見つけたのは既に夜明け前程の時刻であった。無論何度か魔獣にも襲われカイリは疲労により気を失い、ギルノドゥアの魔力も限界を迎えていた。その極限状態にて、人の気配を感じたゼノフレアにより何とか辿り着いた。
その街は至って普通であり、人や稀に式神も混じっている。さほど大きくはないもののやはり地体が豊潤な影響か、かなり発展しているように見える。
そのお陰もあってか、宿を見つけるのは意外にも簡単でありカイリ達は各々部屋へ入るなり泥のように眠った。
「……」
常に戦に身を投じてきたゼノフレアは、易々と眠りに付けない体質になっていった。今やこれほどの疲労を抱えておきながら安眠も出来やしない。
欲求や感情の変化が乏しい故に睡魔に襲われることも無いが、だからといって睡眠が必要ではないと言う訳でもなくその肉体は確実に休息を求めている。それでも今までの経験から、ゼノフレアはその警戒を解くに解けないでいた。
(…さっさと立ち去らないとな)
イノベーターは確実にゼノフレア達を狙っている。長期間ここに残れば、この街もイノベーターの戦火に巻き込まれかねない。ヨルの時のように既に手中であるならまだしも、未だ平和の形を保っているこの街―地体を巻き込む訳には行かない。それに、多くの地体で奴らの好きにさせては魔力均衡が崩れる。それはカタストロフィ再発に繋がりかねない。
壁に立てかけてある剣に視線を移す。
「……お前も、そろそろ限界かもな」
旅に出るよりも前から共にあり続ける剣。その刃は疾うに限界を超えている。此度は持ったが、いつ折れてもおかしくはない。
しかし、替えの剣も簡単には見つからない。並の剣ではゼノフレアの怪力と技量に追いつけず、すぐに折れてしまう。例え破壊を免れようと、その刃は一瞬にして砕けるだろう。音速を超える斬撃を放つその腕力、そしてその空気抵抗に耐える程の強度。加えて、上位魔獣や名憑きの肉体にも傷を与える程の鋭さ。それら全てを備えた剣など、世界中を探し回っても然う然う見つかりはしない。
何とか眠りに付き、そして迎えた翌日。カイリ達の休息はまだ十分とは言えないが、それでも相当回復しているのは確かだ。特に、カイリは体力は少ないがその分回復も早い。ディアとギルノドゥアの魔力も大方戻っている。
「ディア、あとどれくらいなの?」
「ここと、あと1つ地体を跨げば着く筈じゃ。もうそこまで遠くはないぞ」
「だと良いけど。そこまで何事もなく行けるとは思ってないけどね」
「当然仕掛けてくるでしょうね、奴らは…」
「ああ」
ディアの国に辿り着くのは、あくまで一つの通過点に過ぎない。ゼノフレア達の最終目標は、イノベーターの目論見を止める―世界の破滅を防ぐこと。既に狙いはつけられているものの、イノベーターとの戦いはまだ序の口でしかない。奴らとの全面戦争はまだ始まってすらいない。
だからこそ、早急に辿り着く必要がある。奴らの勢力は未だ未知数であり時間を与えれば与えるほど、こちらにとって不利にしかならない。
………
………
街を出てから数刻。住民から聞いた話を頼りに次の地体への転送機を目指していたゼノフレア達だが、その道中は―驚く程に何事も無い。
(イノベーターどころか、魔獣すら襲いかかってくる感じすらない。一体何が起きてる…?)
人里から離れた場所であれば魔獣の数も必然的に増える。いくら総数の少ない地体と言えど、自然に出来た獣道の様な場所を歩いていれば魔獣に襲われるのは当然のことだ。寧ろ、襲われない方が異常である。
先にも述べた様に魔獣にとって'人'は"敵"でしかなく、そこに格上も格下も存在しない。魔力を押さえ込んでいないディアやギルノドゥアが通ろうと、魔獣にとっては等しく殺戮の対象だ。例えそれがセカイであろうと関係のない、魔獣の本能のようなものなのだ。
そんな魔獣達が、一度も襲いかかってこない。それは明らかな異常事態だ。
「流石に可笑しいわよね、こんなに静かなのは」
「そうじゃな。魔獣の1匹も出やせぬ」
「そうね。……ゼノフレア?」
魔獣が襲いかかってこない。それは確かだ。
しかし、ゼノフレアはその更なる違和感に気付いた。
(違う、魔獣が襲いかかってこないんじゃない。魔獣そのものがいないんだ…!)
改めて気配を探れば、その答えは導かれる。
魔獣は魔力の塊であり、ゼノフレアであれば、他の"生物"と違って気配でなくともその居場所を探れる。故に、魔力には警戒していた。魔獣でなくとも警戒しておけばその接近に気付ける上、魔獣であればより一層分かりやすいからだ。
しかし、今、周りには魔獣の気配がない。確かに魔獣らしき魔力は感じ取れるが、それは塊でしかなく気配を探ってもそこに気配は無い。
「誰かが、魔力を意図的に残した…?」
「「え?」」
本来であれば気付けたであろう、凡策。混乱に陥ったゼノフレアに迫る―急襲
「!?」
「「!!」」
突如、背後から現れた気配と殺気。すぐさま剣を抜き放ち、その一撃を辛うじて受け止める。
「っ!!」
しかしその威力は凄まじく、地面を抉るほど踏み込んでも尚3メートル程退けられた。
突然の出来事に固まるカイリ達。ゼノフレアを襲ったのは、大柄な男だった。魔力は大したことないものの、その気配は何故かその者が強者であることを分からせ、そしてその肉体は鍛え抜かれている。しかしその状況を瞬時に理解したギルノドゥアが剣を抜き、それを見たディアとヨルもすぐさま臨戦態勢に入る。
…が
「お前達に用はない」
男はカイリ達に魔術を放ち、その身を封じた。
「「っ!?」」
「何…じゃと!?」
殺傷能力は無い、拘束用の類らしい。しかし、殺傷能力を持たないということはそれだけ拘束力の強い事の証明でもあり、事実、どれだけ身を動かし魔力を練ろうと破れる気配は無い。
「やっぱり、俺が狙いか。…イノベーター」
男の纏う服。そこにはあの紋様があった。
「新たな守護神ともなればそうに決まっているだろう」
「…だったら、何度も殺してやるよ」
剣を構える。
「今までの奴らと比べてもらっては困るな」
男の手には、禍々しい気を纏った槌が握られている。そして、その発言と共に男の気配がより一層重厚さを増した。肩に伸し掛る殺意はセカイと対峙したあの時と大差なく、必然と汗が背を伝う。
「今までとは何か違うってか…?」
無防備に見えるその立ち姿だが、飛び込んだところで全て防がれるだろう。奴に刃が届く未来が見えない。それ程の実力を、その姿だけで分からせてくる。
「そうだな、軽く名乗っておこうか。俺の名はゲンブ。セカイ様より造られた人造人間。……そしてその中でも突出した強さを持つ"四皇帝"の一人だ」




