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PROJECT "C"  作者: 観測者
-起- 混沌の産声

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18/25

記録17 弑逆

 ゼノフレアが名憑き―人弄を討ち取ったその翌日。


 大量出血により意識を失ったゼノフレアだが、その後のギルノドゥアの治癒と休息により既に回復しており、誰よりも早く目を覚ました。夜遅くまで彼を看護していたカイリは勿論、見回りをしていたディアや治癒魔法による魔力枯渇状態のギルノドゥア、幾数もの式神を相手取っていたヨル。彼女らは未だ眠りについている。それに、まだ夜が明けてからそこまで時間は経過してない。

 本来であれば死んでもおかしくはない血の量と傷の深さだった。それでも尚、五体満足かつこの速度で回復しきっているのはやはりゼノフレアの身体の強さ故だ。


 フィンガーレスグローブを身につけた両掌を見つめ、その後それぞれの指を動かしてみるも動きに支障はなく、それは繊細にゼノフレアの思考通りに動いていた。全身に神経を巡らせるも、そのどこにも違和感はない。


「…流石はギルノドゥアだな」


 治癒魔法は確かに強力であり、本来であれば死に至るような傷であろうと生きている限り―治癒能力 の延長線上で治せる傷である限りは治すことができる。しかしその効果は術者の技量によるものであり、治りきらないことや後遺症が残ることも多い。寧ろ、それが前提とされている。


 壁に立てかけられていた自分の剣を手に取り、背負う。炎の様な形をした両刃の大剣だが、その片側は数多の戦いを経たことにより最早斬ることは叶わず、それは叩き潰すに近しい。残りの方でさえその刃毀れは酷く、砕けた刃が無数に散らばっている。本来であればそちらですら斬ることは叶わないが、ゼノフレアの怪力と技量により未だ、辛うじてその斬撃は斬撃として成り立っている。

 ゼノフレアが旅に出るよりも更に前から共にあり続けるこの剣は、その長年の影響によりゼノフレアの魔力を帯びており、また、彼の魔力の性質も矮小ながら受け継いでいる。


「…さて」


 部屋の扉を音を立てずに開け、ゼノフレアは宿の外に出る。彼女らは未だ深い眠りに着いており、それぞれ疲労が溜まっているのも理解している。無理に起こす必要はない。


 人弄は倒したが、本来の目的であるジェネス王の洗脳はまだ解いていない。カイリ達によれば、ゼノフレアと人弄との戦いが終わったあとには既に姿を消していたとの事だが、そう遠くには行っていない筈だ。

 洗脳下と言えど人間であることは変わりなく、また、あの様から見るに戦いにおいてもからっしきだう。魔獣の彷徨く国の外に出るとは考えにくい上、この地体は活火山地帯だ。生身の人間では到底彷徨ける様な場所では無い。


 戦闘をした式神達は、ゼノフレア達の撤退と共に意識を失い、その後は洗脳が勝手に解けていた様だ。昨夜、彼らの様子を見に行ったディアによる証言で明らかになっている。夜中、ふと目を覚ました際に小耳に挟んだ情報だ。

 式神達を操っていたのが国王だった場合、洗脳が解けたということは国王の身に何かあった可能性が高い。洗脳に限らず、魔法や魔術は術者が死ねば自ずと効果を失う。しかし、只の人間があれほどの式神を同時に操れるかと考えれば、操っていた者が他にいると考えた方が自然だろう。

 だがそうなった場合、式神の洗脳を解いた理由が分からない。ゼノフレア達を始末するのであればそのままにしておくのがイノベーターにとっては都合が良い筈だ。人弄が倒されたことが余程の打撃なのか、将又、彼らは既に用済みということなのか。

 用済みと考えれば少しは納得がいくものの、国王だけ姿を消したことが今度は謎になってくる。式神なら兎も角、国王だけを残していても戦いにおいては役に立たぬだろう。

 無論、王という立場を利用した何かを計画しているのであれば納得がいくが、しかし、陽狼や人弄などといった名憑きの魔獣を利用してまでこちらを襲ってきたという事実から鑑みるに、何もそこに王の権力は絡んでいるように感じない。


(人弄は王の言葉に従っていたが、あれも恐らくイノベーターによるもの。そもそも、魔獣が人に従うなど有り得ない話だ。つまり、イノベーターの支えがなければ国王は何も出来ない筈。何故、国王だけ洗脳されたままなんだ?…いや、既に解けているのか?)


 行方を眩ませたからといって、ジェネス王が洗脳下のままであるとは限らないのも事実だ。しかし、ヨルの言葉から察するに、本来のジェネス王であれば国民や臣下を丁重に扱い、それらの者を優先する様な性格だったと分かる。そんな者が、この残状を見て放っておくとは思えない。


 国民は、昨日の城の爆発や魔法の発生により混乱状態であり、兵士達式神も同じ様な状況だ。寧ろ、実際に城の内部にいたからこそ、国王の不在や突然の侵入者の姿が消えていたことに、より混沌とした状況である。

 洗脳が解けたからといって、その間の記憶が無くなる訳ではない。あやふやではあったとしても、操られていた間の記憶は残っている。ゼノフレア達と戦ったことも覚えている筈だ。そうなれば、混乱するのも無理もない。


 つまり、この国は今、極度の混乱状態ということだ。国民達の判断により、辛うじて物流は保っているものの、それが滞るのも時間の問題だ。何せ、経済の根幹たる政府―王を含めた重臣達が軒並み、その役割を担える状態では無いのだ。このままでは、この国は滅びる。

 この地体には、この国以外にも幾つかの国がある。この地体は世界規模で見てもかなり巨大なものであり、故に国家が複数存在するのだ。そして、その国々は未だ争いを続けているらしい。

 この混乱状態が他国に知れ渡れば、一瞬で攻め入られるだろう。今のこの国は、他国から見れば格好の餌食でしかなく、この上ない絶好の機会だ。


「……まさか、この混乱状態が奴らの目的か…?」


 戦争には当然、魔法や魔術、式神や英霊なども使われる。そうとなれば、少なからず世界の魔力均衡は変化する。イノベーターの目的がカタストロフィの再発だと考えるならば、その小さな魔力の崩れが再び世界を惨禍に包むかもしれない。

 

 カタストロフィについては、未だ不明なことが多い。そもそも、魔力均衡の崩壊によって起きたという前提自体が史実と違う可能性もある。だが、魔力均衡が崩れれば世界が崩壊するのも又事実であり、それがカタストロフィに繋がらないとしてもイノベーターの目的は果たせる。

 地体1つの小さな争い1つでは、到底そのレベルにまで到達することはない。が、これが幾つもの地体で行われるともなれば話は別だ。まだこの地体は戦火を交えていないが、その危険性は十分過ぎる程に孕んでいる。


「…流石に国同士の戦いを、俺らが止められるわけないか」


 兵士一人一人の強さは、名憑きの足元にも及ばないだろう。それでも、名憑き一体を相手にするのと、兵士何千何万を相手にするのとでは訳が違う。そもそも、戦い自体が世界の崩壊に繋がるのだから、この国を守るために戦ったところで結果は同じだ。この国を守れたところで、非常に僅かだろうと魔力均衡は傾く。無名の旅人風情が国の軍事に介入できる訳も、勿論無い。


(俺達が勝とうが負けようが、全てはイノベーターの思惑通りってわけか。だからこそ、人弄の後に更なる襲撃は無かった。…奴らは既に、目的を達成しているから)


 そうなれば、色々と合点がいく。式神の洗脳が解かれていたのも、既に目的は果たしたからと考えれば不自然ではない。どのような者が操っていたかは分からないが、あれ程の数、況してや式神ともなれば少なからず負担はある筈だ。セカイ程の傑物だとしても、邪魔にはなるだろう。



 そんな事を考えていたその時、ゼノフレアは1つの気配を感じ取った。


「…わざわざ出向いてくるとはな。…探す手間は省けたが」


その気配の主は―国王ジェネスだった。

 しかし、その様は明らかにおかしい。相変わらず目に生気はなく、しかし肉体の方にも明らかな負荷が生じている。まるで大荷物でも背負っているかのように、猫背でそして唯ならぬ疲労感を醸し出している。…そして、その体には至る所に黒い罅割れが生じていた。


「……手遅れか」



 洗脳魔法を長時間掛けられ続けた者は、やがてその精神が崩壊し廃人となる。ヨルから話を聞いた時から、既に予感はしていた。

 しかし実際に対峙した時はまだ人語を発しており、自我もはっきりしていた。故にまだ猶予はあると考えいた。…が、


(やはり、只の人間じゃ当然の結果か)


 廃人となった者の特徴として、全身に黒い罅割れの様な痣(・)が現れる。それは、体内の魔力が崩壊した証拠であり、自我を失ったことにより脳や本能による管理が消えたことによる弊害だ。肉体に流れる魔力は無意識下であろうと常に巡っており、それが滞るのは由々しき自体なのだ。

 膨大な力を持つ魔力が一点に留まり続ければ、肉体がそれに耐えきれない。本来流れるべき道が壊れ、それを失った魔力は体内の至る所に無作為に暴れ回る。そうなれば最後。更なる崩壊が肉体に訪れ、自ずと死に至る。痣は、その魔力暴走により現れる。


 未だ人の形を保っており生命活動が続いてはいるものの、ジェネス王の余命はあと数分も残されていない。


「色々と聞こうかと思ったが、その様子じゃもう話すことも出来ないみたいだな」


 何故ゼノフレアの元に現れたのか。それも疑問だが、既にジェネス王は言ってしまえば植物状態だ。寧ろ、ここまでやって来たこと自体が奇跡とも言える。


(…しかし……この進行具合は、一夜でなるようなもんじゃない。奴らは、洗脳魔法の負荷までも調整出来るって言うのか?…まぁ、何も有り得ない話じゃないか)


 本来であれば有り得ない話だ。しかし、セカイという化け物と対峙し、名憑きを使役しているのも見ている。それ程の非現実的なことが起こっているのであれば、そのような事も可能ではないかと考えてしまうのは最早当然のことだろう。そもそも、ゼノフレア自身が常識から逸脱した存在でもある。

 

「元はと言えば、お前も被害者の一人だ。助けることは出来ないが…せめて安らかに逝かせてやる」


 背中の剣を抜き、ゆっくりと構える。血塗られたその刃は、辺りを照らす朝日によって鈍く輝いていた。

 

 そして、次の瞬間―国王の首は地面に落ちていた。ゼノフレアの斬撃は、並の人間では目で捉えることなど出来ない。そして恐らく、痛みを感じる暇も無かっただろう。

 だが、それこそが国王に残された最良の道だっただろう。魔力暴走による肉体の破壊を止める術はなく、そして精神の崩壊した人間をまともに戻す手段も存在しない。あのまま放っておいたところで死ぬのは変わりない。残された時間を苦しみながら最期を迎えることになる。


 ならばせめて、この手で安らかに。そう思い、ゼノフレアはその首を斬った。本来であれば殺すに値する様な人間では無いことは百も承知だ。


「…流石に見られるとまずいな」


 国王を殺したのは事実であり、それはこの国の国民たちにとって最大の敵とも言える。事情や理由があるのも又事実だが、余所者の反逆者の話など耳を貸さないだろう。

 このまま立ち去るのは容易い。が、国王の死体が見つかればこの国は更に混乱に陥るだろう。そもそも、ゼノフレアは放っておくつもりはない。


「人目に付かないところにはなるだろうが、しっかりと埋葬するさ」


………

………

 その後、ゼノフレアはカイリ達に事情を説明し、城下町から離れた山の頂上に国王を埋葬した。この山は、この地体においては珍しく火山ではない。そして、この山頂からは国の様子が良く見える。


「…ジェネス王は、常に民のことを最優先に考える人だった。『民は国の全てなり』ってね。国を動かすのは王ではなく、その国民達。民なしに王は名乗れない。だからこそ、人々の信頼と幸福を何よりも重んじていた」

「良き国王だったのですね」

「そうじゃな。確かに、この国の人々は苦しんでいる様を感じなかった。領主として尊敬する」

「……私達はただ、自分達の国で暮らしていただけ。他国との争いはあったけど、それでも皆幸せだった。…なのに―」


 拳を握り締めるヨル。そのあまりの力に爪が掌に食い込み、血が流れる。


「…この借りは高くつくわよ」


国王の墓の前に立っていたヨルは、そんな彼女の後方にて同じく立っていたゼノフレア達に振り返る。


「決めたわ。私も、あんた達に着いていく。こんなことが他の場所でも起きるかもしれないなんて、絶対に許せない」

「…辛い道になるわよ?」

「……分かってる。でも、私にはこんな惨状が起こり得る未来を、見て見ぬ振りはできない」

「その覚悟があるのなら、妾は止めはせぬ。元より、協力を仰いだのはこちらじゃしな」

「ええ。貴女程の実力者はそうそういませんし、手放すには惜しいです。勿論、強要するするつもりはありませんが…」


 皆がヨルの参入に喜んでいる中、ゼノフレアだけは様子が違った。


「…復讐のつもりなら、止めておけ」


暫く閉ざしていたその口を開き、ヨルにそう告げる。


「…何故?自分の故郷を壊されたのよ。憎むのは当然、復讐を望むのは当たり前のことでしょう」

「別に、その考えは否定しない。…だがな、一度火をつけた復讐の炎は、そう簡単に消えやしない。そればかりに囚われていると、いずれ己をも滅ぼすぞ」

「…経験者みたいな口ぶりね。でも言いたいことは分かるわ。それに、私があんた達に着いていくのは何も復讐のためだけじゃない。…世界を守るっていう大きなゴールがあるじゃない」

「……なら良い」


―復讐は結局、何も生まない。

 ゼノフレアはそれを痛いほどに分からされた事がある。だからこそ、同じ道を辿りかねないヨルの理由には賛同しかねていた。

 だが、少なくとも今は、ヨルは復讐に囚われている訳ではない。まだ、道を違えていない。


(…堕ちるなよ、ヨル。▒▒には、決して触れてはいけない)


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