記録16 血染め
「―殺す」
ジェネス王の引き連れる魔獣―人弄と血戦を繰り広げるゼノフレア。驚異的な強さを持つ人弄だが、ゼノフレアも又、歴戦の剣士。成長した人弄、魔力を完全に解き放ったゼノフレア。その実力は、この短い戦いの中で上下を繰り返していた。
しかし、その鼬ごっこも終わりを迎える。ゼノフレアの魔力が更に変化し、その体は異様な雰囲気を放っていた。荒ぶる魔力が周囲の木々を枯らし、小動物達はその異質な気配を感じ取り一目散に逃げていく。
豹変したゼノフレアに何かを感じたのか、人弄は動きを止めていた。こちらの様子を窺うかのように、警戒は解かずに一定の距離を保っている。
が、次の瞬間、人弄の視界からゼノフレアの姿が消えた。
「どうした、鈍いぞ」
背後から突如、猛烈な衝撃が人弄を襲う。突然の出来事に人弄の脳は状況を把握できずにおり、その隙をゼノフレアが見逃すわけがなかった。
間髪入れずに連撃を叩き込み、人弄の体を削り落とす。その猛攻に抗おうと腕を振るう人弄だが、苦し紛れの攻撃など今のゼノフレアに通用しない。攻撃によって生じた隙。そこを的確に狙い、魔力で強化した大剣の重い一撃を見舞いする。
前方に傾く人弄。その体が地面に着くまでの間、ゼノフレアは人弄に10もの斬撃を叩き込んだ。驚異的な切れ味と範囲を持つ腕は真っ先に斬り飛ばされ、がら空きになった胴へ追撃を仕掛ける。反撃しようとする人弄だが、唯一の攻撃手段を失った人弄は、最早何も出来ない。残っていた両足も斬り捨てられ、再び胴と頭蓋のみになる。…しかし、今度のゼノフレアはそれだけで止まらなかった。
頭部を額の辺りから切断され、大量に血が吹き出す。既に瀕死だが人弄の息の根はまだ止まっておらず、それを理解しているからこそゼノフレアの剣は止まらない。
"無限斬奈"
胴へ、神速の5連撃を叩き込む。大量の返り血を浴びながらゼノフレアはようやく―人弄の核を見つけた。
再生しない魔獣とは言え、これほどの生命力を持つ個体は珍しく、加えて直接殺すのも難しい。それに、もたもたしていれば先程のように成長され今度こそ手が付けられなくなる可能性があった。だからこそ、確実に止めを刺すためゼノフレアは核を探り続けていたのだ。
体を斬り刻まれ、内側にあった核が剥き出しになる。その核は、人間で言う心臓の部分に位置していた。
「人を弄ぶと書いて人弄。その癖して体は人間に類似している。皮肉なもんだな」
最早それは、生きているとは呼べぬ様な、ただの肉の塊に過ぎない。だが人弄はそれでも生命活動を続けていた。
「……久々に、少し楽しめた」
核へ剣を突き立てるゼノフレア。
硝子が割れるような音と共に、人弄の体は霧散していく。人弄を貫いていたはずの剣はその下の地面に突き刺さっており、ゼノフレアはその状態のまま暫く動かなかった。
解き放った魔力は今も尚溢れ続けており、このままでは周囲の生命を根こそぎ奪い去ってしまう。抑え込もうとするが、その魔力は先程から荒ぶり続けている。
(止まれ…、止まれ。これ以上の破壊は必要ない)
目を閉じ、神経を集中させる。強く念じる事で漸く収まり始める魔力。
だが収束を始めたその時、突如としてゼノフレアの脳に声が響いた。
『何を遠慮する必要がある?このまま暴れてしまえば良いではないか』
その声が聞こえると同時に、魔力の収束が止まる。
(……そうだ…、何故止める必要があるんだ?この渇きを拒む理由が…あるのか?)
その目を開き、剣を抜き放とうとする。
―が
「もう十分よ。帰ってきて、ゼノフレア」
いつの間にかゼノフレアの元に辿り着いていたカイリが、その手を優しく抑える。血塗られた手を覆う、か弱く温い両手。その温もりを感じ、ゼノフレアの魔力が荒ぶりを止める。
「…カイリ……」
その声を聞くと共に、ゼノフレアの魔力は再び収束し始めた。膨大だった魔力はその身に抑え込まれ、やがて普通の人間と大差ない量にまで凝縮されていった。
「…終わったようじゃの」
その様子を傍から見ていたディアとギルノドゥア、そしてヨル。下手な干渉を避けるべきと考えたのか、彼女らはゼノフレアとの距離を空けていた。
「…ああ。漸く片付けた」
血塗られた刀身を拭い、鞘に納めるゼノフレア。放たれていた殺気や気配も消え、元通りになる。
「ほんとに1人で倒すなんてね…」
「ええ。貴方には驚かされてばかりです。…それにしても―」
周囲を観察するギルノドゥア。今の周囲の惨状を見れば、気になるのは当然のことだ。
「この木々の様は…」
「いつから見ていたか知らないが、俺の魔力によるものだ」
「魔力にそんな力が?」
「ゼノフレアの魔力は特殊でね。ギルノドゥアの魔力が冷気を纏っている様に、ゼノフレアの魔力も性質を持ってるのよ」
「…生気を吸い取る、っていう厄介な性質がな。とは言っても、その力は非常に脆弱で普段の魔力量なら全く問題は生じないし魔力を全開にしたとしても、ある程度の生命力を持つ生物なら影響を受けない」
「…あれが……、お主の魔力の総量か」
「ああ」
「…珍しいの。お主が妾達の接近に近付かぬとは」
「目の前の奴に集中し過ぎたな。ディア達が敵ならとっくに死んでる。…まだまだ甘いな、俺も」
「甘いって、あのねぇ。人間1人が名憑きと戦うことがそもそもおかしいの。あんたは十分にやったわよ。私なんてろくな奴を相手にしていないし」
「…そういや、国王はどうした?」
「私達が着いた時にはもう姿を消してたわ」
「そうか。…っ」
突如、ゼノフレアが姿勢を崩し片膝を地面に着く。
「ちょ、大丈夫なの?」
「流石に…血を流しすぎたな。悪いが…、少し眠る…」
それだけ言い、ゼノフレアはカイリ腕の中で意識を失った。その体には無数の傷があり、至る所に血が付いている。魔獣の血は数分足らずで霧散するため、今も尚残っているこれらは全てゼノフレアのものということになる。
「…良かった、間に合って…」
倒れかかるゼノフレアを抱き締め、そう呟く。
「カイリよ、先刻言っておったこととは…先程の、魔力の暴走か?」
ここに来るまでの間、カイリは何故自分があれ程までに急いでいたのかの理由を説明していた。その理由は、カイリだけはゼノフレアの恐ろしさを知っている故だ。
「…ええ。とは言っても、魔力自体が問題なわけじゃないのだけど」
「色々聞きたいところだけど、まずはそいつを何とかしないと。治癒はギルノドゥアに任せるとして、休む場所を確保しましょ」
「…そうじゃな。この国には宿はあるのか?」
「ええ。ただ、唯一の宿だから空いてれば良いけど」
「行ってみる価値はあるでしょう。カイリ殿、ヨル殿。ゼノフレア殿を支えながら歩けますか?私はその横で治癒を続けます」
「ええ、大丈夫よ」
「私も」
カイリに倒れ込むゼノフレアの両腕をそれぞれの肩に回し、持ち上げる。そして、ヨルの案内によりカイリ達は宿へと向かった。
人弄が倒されたことはイノベーター側も想定外だったのか、あれ以降、イノベーターによる襲撃はなかった。
………
………
「ゼノフレアは、昔から戦いを好む性格だった。より強い者との戦いを求めて、ずっとずっと戦い続けてきたのよ。こうして旅をしてるのも、あいつにとっては強者を探し求めてるんでしょうね」
「…戦闘狂っていうこと?」
「簡単に言えばそうね。だけど、それだけなら別に問題じゃないでしょう?」
「そうじゃな。…あやつの魔力の暴走といい、それ以外に問題があるように感じた」
宿に着いてから暫くした後、カイリはゼノフレアの本性と危険性について語っていた。幸いにも部屋は1つだけ空いており、一晩体を休めるには十分な広さがあった。
ゼノフレアの治癒は既に終えており、全身にあった傷も塞がっている。しかし、その治癒に担当していたギルノドゥアの魔力はすっかり底を尽きてしまい、生命活動を維持する限界までになってしまった。故に彼女も又、今は眠っている。
魔力を主軸に戦うディアも又、既に魔力の残量はあまり余裕がないがそれでも動きに支障はなく、ヨルに至っては殆ど問題ない。だからこそ、彼女らはカイリの話を聞いていた。
「……ゼノフレアの内には、何かが巣食ってる」
「…何か?」
「私も詳しくは知らない。昔から、その事に関しては何も教えてくれないの。でも、時折その"何か"に悩んでいたのは見てきてる。抑え難い、破壊衝動に」
「破壊衝動?それは、あいつの戦いを求める性格じゃなくて?」
「違うわ。さっきも見たでしょ。あの時、ゼノフレアの魔力はあいつの意思とは関係なく荒ぶっていた。あれが、その"何か"によるものよ」
「……結局分からぬことが多いが、あやつが内側に危険な存在を秘めているということは理解した。つまり、あの時お主が焦っておったのは、その衝動にゼノフレアが呑まれる可能性があったから、ということか?」
「ええ。戦いを好むゼノフレアの性格と破壊衝動は、ある意味…相性は最高よ。今までも、何度か自我を失いかけてきたもの。でも、知ってる人間の声を聞くと収まるみたい」
「まぁ、確かにあの時もカイリの声を聞いたら戻ったわね。…その破壊衝動の正体って、何なのかしら」
「そればかりはどうしても知りえないじゃろう。何せ、一番付き合いの長いカイリですら知らぬ、いや教えておらぬ事じゃ。妾らに話すようには思えん」
ゼノフレアの事は、この中ではカイリが最も知っている。そのカイリが知らぬとなればそれ以上は探っても意味がないのは明らかだ。そもそも、探る方法すらない。
「…疲れたわね」
「色々とありすぎたわね、今日は」
「ゼノフレアの事は何となく理解した。妾達も今後は気をつけるようにしよう。今夜はもう休め。明日にもジェネス王を探さねばならん」
「ディアは?」
「妾は少し辺りを見てくる。奴らがいないとも限らぬからな」
「なら私が行くわよ。貴女だって、相当疲れてる筈よ?」
「お主1人では、万が一の時に逃げきれぬであろう。妾なら、最悪魔術を使えば取り敢えずは凌げる。それにお主とて魔力自体は問題なくとも、体は相当限界じゃろう」
「…そこまで言うなら分かったわ。気をつけて」
「ああ」
4人を部屋に残し、ディアは宿を出た。
そう遠くまで行くつもりはなく、それにゼノフレアが意識を失っている間に襲ってこなかったことから考えるに、既にイノベーターの想定外なのは大方予想が付いている。
(……ゼノフレアの魔力の総量…。確か以前、カイリは英霊より多い程度と言っておったが…)
自身も英霊であり、尚魔力量に至ってはかなり多い部類であるからこそディアはゼノフレアの魔力総量に、驚きを超えた恐怖を感じていた。
「あれは、英霊程度などではない。軽く見積っても、妾の倍はあった…」
たかが人間が、自身より圧倒的に多くの魔力を持ち合わせている。そんなことがありうるのか。
ゼノフレアが真に守護神の場合は確かに只の人間というわけでないが、しかしそれ以上に、ディアはとあることに引っかかっていることがあった。
(………それに、あの時の魔力の感じ、前にどこかで―)
ディアは、過去にゼノフレアとは会ったことは無いはずだ。そんな彼女が、本来のゼノフレアの魔力に対して覚えがあるはずも無い。彼女の勘違いという可能性もあるが、それにしては余りにもはっきりと、いつしかの記憶が蘇りかけた。
いつ、どこで、何故、その魔力に触れたのか。その詳細は一切覚えていない。…いや、思い出せない。その記憶だけ、他とは明らかに霧がかかっている。
「…考えても分からぬか」
少なくとも、ここ100年近くの話ではない。人間であれば寿命で死ぬような時間だ。だからこそ余計に違和感が拭えない。
しかし、現状でいくら考えたところで答えは出るわけもない。記憶が曖昧な以上、その確証もなく本人に聞くのも些か憚られる。先程のカイリの話からも薄々わかるように、恐らくゼノフレアは自身の話を好んで話すような人間では無いのだう。
加えて、自身を様々な問題に巻き込んできた魔力に関する話であれば尚更だ。己にも語りたくないことの一つや二つはある。今は探りを入れるべきではない。
しかし、真実は時に残酷なものである―




