記録15 本性
「な、なんじゃこの気配は…!」
ジェネス王の呼び出した2体の上位魔獣を倒し、ゼノフレア達との合流を目指していたカイリ達。だが、その道中にて式神の残党の襲撃に遭い、足止めを食らっていた。数が増えている訳ではなく、ゼノフレア達によって眠らされた式神達が再び起き始めているのだ。
そして戦いの最中、カイリ達は突如現れた異質な気配に驚いていた。
「この感じ……、まさか―」
「…っ!?カイリ殿!前です!!」
現れた気配に記憶があったカイリは、他の2人よりも動揺が激しかった。その一瞬の隙を狙い、式神達が襲い掛かる。
「っ!」
咄嗟に攻撃を避け難を逃れるものの、式神達の猛攻は止まらない。体勢を崩したカイリへ、更なる追撃が迫る。
「離れて!!」
その言葉を聞き、反射的に全力で距離を取るカイリ。次の瞬間、背後から爆発音と風圧がカイリを襲う。
「…ヨル!?」
カイリの危機を救ったのは、ゼノフレアによってカイリ達の援護を任されたヨルだった。
階段を駆け上がり、視界に入った3人。そしてカイリに迫る式神。その状況を瞬時に理解し、的確な狙いでその式神を打ち抜いたのだ。
「貴方達、無事なの?」
爆発によって怯んだ式神達の隙を突き、カイリ達と合流するヨル。両者、既に激戦の後が故に至る所に傷が見える。
「ああ、何とかな。それよりお主は何故ここに」
「ゼノフレアに頼まれてね。貴方達が危ないだろうって」
「なんて事ないと言いたいところですが、確かに今の私達には少し荷が重いかも知れませんね」
ヨルはまだしも、カイリ達は先程まで上位魔獣を相手にしていたのだ。深手は負っていないものの、その疲労は確実に蓄積しており魔力も消耗している。いくら英霊と言えど、相手は式神。それに数も多い。数というのは、それだけで強さだ。
「っ!ヨル!ゼノフレアは!?」
膝を着いていたカイリが突如立ち上がり、血相を変えてヨルに迫る。
「ちょ、落ち着いてよ。あいつなら、下で魔獣と戦ってる」
「魔獣じゃと?まさか、上位魔獣―」
「残念ながら、その上よ。でも、あいつの相手は私じゃどうしようもないし、援護のしようもなかった。それを理解してるからこそ、ゼノフレアは私をここに寄越したの」
「名憑きを1人で相手しているのですか…!?」
「…そういうことになるわね」
名憑きを1人で相手にさせるなど無謀、というのは誰しもが理解している。だが、ゼノフレア本人がヨルをここへ来るよう言った以上、ディア達はヨルを攻めることは出来ない。
…が、
「…早く、早く行かないと―!」
先程の戦いでは冷静さを保っていたが、余程の事態なのかカイリは落ち着きを無くし、ただひたすらにゼノフレアの元へ急ごうとする。無論、式神達が邪魔をするが、そんなもの関係ないと言わんばかりに無防備に突っ込もうとする。
「ちょ、何やってんのよ!!」
咄嗟にヨルが矢を放ち、式神と共にカイリの足も止めさせる。今の状況で単独行動は危険極まりない。
「落ち着きなさいって!!あんたが行ったところで巻き込まれるだけだわ!!それをゼノフレアは分かってるからこそ、1人で戦ってるの!それにここで式神を止めなきゃゼノフレアのところに集まるわよ!?」
「…違う」
「え?」
「違う!私が急いでるのは、あいつが名憑きを相手にしてるからじゃない!!ヨルは目の前で見たんじゃないの!?あいつの気配が変わったのを!」
「!?何でそれを…」
「この気配、まさかゼノフレアなのか?」
「ええそうよ!そして、このままだと大変なことになる!早くあいつの元に行かないと!」
「落ち着いて下さい!貴方が急ぐ訳は分かりましたが、どの道この状況下では1人では無理です!私達も協力しますから!」
再び駆け出そうとするカイリの腕を掴むギルノドゥア。異常なまでに焦るカイリを前に、只事ではないことは感じているがそれでも、この式神の大群を前に人間1人でゼノフレアの元へ行くのはあまりにも無謀だ。
「…………分かった。でもお願い、急いで」
「お主の様子を見れば当然じゃ。後で理由は話してもらうぞ」
「…ええ」
3人の抑制により、若干冷静さを取り戻したカイリ。だが、それでも焦る気持ちは全く収まっていない。
(お願いだから……、間に合って!!)
………
………
(…久しぶりだな、全てを取り払うのは)
人弄を殺すべく、ゼノフレアは魔力を解き放った。ギルノドゥアの時のように魔力を制限して戦っていたわけではなく、最初から魔力による身体強化などは行っている。
今回、ゼノフレアが解放したのは抑え込んでいる魔力だ。
ゼノフレアは、人間でありながら莫大な魔力を持ち、故に様々な問題に巻き込まれてきた。そしていつしか、彼は自身の魔力を抑え込むようになった。
限界まで抑え込んだ、見た目上の魔力の総量は、他の人間と大差ない。そうしてゼノフレアは、意味のない騒動を起こすのを控えた。
戦いにおいてはその魔力量でも十分に戦える上、身体能力だけでも魔獣と渡り合える故にそもそも使う機会も少ない。つまり、困ることなど殆ど無かった。
だが今は、そんな甘い考えは許されない。相手をしているのは人間でも只の魔獣でもなく、名憑きだ。手加減をして勝てるような相手ではないのは当然、全力を持ってしても敵うかどうか。
…が、その可能性はゼノフレアの中には無い。理由は単純。魔力を完全に解き放つことにより、必然と抑制されていた身体の限界値が上昇し、無論、そこに魔力による身体強化が加わる。つまり、今のゼノフレアは―
「行くぞ」
名憑きより強い。
先程までは拮抗していた素早さも今やゼノフレアが圧倒しており、接近戦において反撃の余地が無かった攻防も余裕で凌いでいる。人弄が一度腕を振るう度、ゼノフレアは三度剣を振るっている。先程まで殆ど無傷だった人弄に、次々と血と傷が増えていく。
だが、致命傷には程遠い。それに、ゼノフレアの異質な魔力に感化されたのか、人弄の動きも先程より凶暴性を増している。
「まだ速くなるか」
速度を増す、人弄の斬撃。その余りある速度が故に、ただ腕を振るうだけで衝撃波が生まれ、受け止める度に凄まじい振動が伝わる。
だがゼノフレアはすぐさま適応し、人弄の攻撃を防ぐのを受け流す様に方向性を変えた。
(まともに受ければ僅かにこっちの動きが止まる。だがな、圧倒的な推進力ってのは…)
人弄の斬撃を、刃で受け流すと共に僅かに上へと斬りあげる。
「横からの力に弱い」
ほんの僅かに、横への力を加えただけだ。だが、それだけで人弄の体勢は大きく崩れ、あまり余った速度により壁へと激突する。
怯む人弄。ようやく生まれた大きな隙に、ゼノフレアの斬撃が炸裂する。
"無限斬奈"
神速の5連撃。人弄の胴体は複雑に斬り刻まれ、大量の血が勢いよく吹き出す。
しかし、それでも人弄は力尽きない。そしてゼノフレアは、人弄にある可能性を感じていた。
(名憑き程の魔獣であることは確かだ。だが、それにしても…)
再び動き出す人弄。負った傷など関係なく、血塗られた両腕をただ無尽に振るう。しかし、確実に損傷は蓄積しており、その腕は今にも千切れそうになっていた。関節部の肉は既に千切れており、皮一枚で繋がっているような状態だ。
「肉体が脆すぎだ。まさかお前―まだ幼体か?」
魔獣にも成長というものは存在する。名憑きの魔獣とて、生まれた瞬間から名憑き程の力を秘めていた訳でなく、成長により膨大な魔力と力を得るに至る。低い知能も年月を重ねる毎に成長し、当然、肉体も成長する。それは大きさだけでなく硬さもそうだ。
名憑きや上位魔獣が、並の魔獣に比べ知能が高く肉体の強度も違うのは、これらが理由だ。基本的に、上位魔獣以上の存在は大抵が歴戦の個体であり、故にその強さを持ち合わせている。だからこそより危険とされており、名憑きに至っては世界中から畏怖されているわけだ。
しかし、人弄は例外の様である。その実力は間違いなく名憑きクラスだが、それにしては肉体が脆い。名憑きとしては弱い個体であった陽狼ですら、まともに刃は通らなかった。
それに、ゼノフレアはまだ人弄の"能力"を見ていない。無論、名憑き全てが特殊な能力を持っているわけではないが、そちらの方が珍しく況してや人語を解するような知能を持つ人弄であれば、持っていない方が考えにくい。
それらの事から、こいつはまだ成長過程である、という結論がゼノフレアの中で導き出された。だが、それはつまり、人弄はまだ強くなるということ。魔力の解放により崩れた均衡が再び戻るかも知れない。傍から見れば絶望の状況だ。
だが、当のゼノフレアは―その顔に僅かな笑みを浮かべていた。
「期待させるなよ、魔獣」
ゼノフレアの中で生じる衝動。それに従うように、ゼノフレアの攻め手も徐々に勢いを増していく。冷静さを失ったわけではなく、内に秘める思いに従っているだけに過ぎない。傍から見れば荒々しい剣技も、実際は人弄の隙や癖を的確に捌いている。
千切れかけている腕が、却って更に不規則な斬撃を生み出し、より一層攻防は激しくなる。縦横無尽に舞う鋭い腕。一瞬でも目を離せば、死角から斬り刻まれるだろう。
「…邪魔だな」
人弄の斬撃を受け流したその時、更なるゼノフレアの鋭い一撃が人弄の片腕を斬り飛ばした。傷口から大量の血が流れ出し、痛み故か人弄の不気味な奇声が響き渡る。
「五月蝿いな。腕を斬られたくらいで喚くな」
隙を晒した人弄に次々と斬撃を叩き込む。四肢を斬り捨て、喉を掻っ切る。胴と頭だけになった人弄だがそれでもまだ死んでいない。胸を貫き、そのまま壁へ縫い付ける。
だが、
「…っ!」
人弄の魔力が急激に膨張するのを感じ取り、すぐさま距離を取るゼノフレア。膨張した魔力は大爆発を起こし、城の一部が消し飛ぶ。
爆風に巻き込まれつつも、空中で姿勢を整え華麗に着地するゼノフレア。城からは吹き飛ばされ、近くの林まで飛ばされた。
「…やはりな。成体になったか」
瓦礫の山に見えたのは斬り刻まれた魔獣の姿ではなく、先程より一回り大きく、魔力も気配もより邪悪になった人弄だった。無論、斬り飛ばした四肢は再生しており、その体には傷はない。
魔獣の成長は他の生物と違い、ある時急激に変化する。特に、今回のように自身の体に大きな損傷を受けた時などは成長の機会になりやすく、その負傷の経験からより強力になる。
つまり人弄は今、ゼノフレアにとって最悪なタイミングで成体になったというわけだ。
(さっきの攻防から学習していると考えれば、恐らく…)
先程までの攻撃は、もう人弄には効かないと考えるべきだ。魔法等ではない以上無効化されるようなことは無いだろうが、今の人弄は、ゼノフレアの剣術に対して適応している。生半可な手段では掠り傷も与えられないだろう。
正に、絶望的状況。魔法では奴の速度を捉えられるのはほぼ不可能に近く、唯一の対抗手段でもあった近接戦闘も対応された。今の人弄を破るには、先程までとは打って変わった手段を取る必要がある。
「ふっ…。ここまで追い詰められたのは久しぶりだよ」
それでもやはり、ゼノフレアの表情には絶望を感じさせる雰囲気は無かった。自らの剣を握り締め、成長した人弄との間合いを詰める。
成長した人弄であるが、その攻撃方法は変わっていない。一回り巨大化したことでその間合いも若干広がっているが、相も変わらず、その鋭い両腕の斬撃が四方八方から襲い掛かる。
しかし、その斬撃は確かに変化していた。先程までの様な直線的な動きではなく、斬撃の軌道を変化させたり速度を緩める事で、こちらの反撃の機会を作らせていない。
「これだから、人型ってのは…」
まるで人を相手にしているような感覚。人型魔獣の、繊細な動きを可能にする肉体の構造であるからこその芸当であり、人型魔獣が恐れられる要因の1つだ。そして、学習を経た人弄はゼノフレアの反撃も、意図も容易く防いでくる。
ゼノフレアも人である以上、その攻め手に若干の癖は生じる。本来であれば、今のゼノフレアの速度を見切れるわけもなく例え癖があろうと問題ないのだが、見切れる相手の場合では話は変わる。そして、癖というのは自身では気付きにくいものだ。普段から常に戦いと向き合ってきたゼノフレアは、並よりか自身を客観的に判断出来るが、それでもそこには僅かながら主観が混ざる。
つまり、人弄は今、世界中で最もゼノフレアの剣技について理解している存在ということになる。相手の隙を的確に突き、加えて緩急のある斬撃。その特徴を網羅し、完璧なタイミンク、的確な位置からこちらの攻撃を潰してくる。
「剣だけじゃ無理か。なら―」
速度と威力を確保するために両手で握っていた剣だが、その片方を柄から離す。その事はデメリットでもあると同時に、メリットも生み出す。利き手と逆の、左手は完全に自由になることだ。
また、片手で振るう剣は軌道も速度も変化する。適応した人弄の前では焼け石に水だろうが、それでも僅かな変化がこの状況を打開する鍵だ。
ゼノフレアの剣は、剣と言うには大きく重厚だ。一般的には大剣と呼ばれる類の大きさと重量をしており、普通の人間では片手で振るうことは不可能に近い。並外れた身体能力を持つゼノフレアだからこそ、その剣を片手でも容易く振るえる。
魔力で保護した左手で人弄の腕を受け止め、そのまま腕を掴む。その力は非常に強く、握力だけで人弄の腕の肉が潰れ、そこから血が吹き出している。ゼノフレアを振り払おうと、自由な片腕を振るう人弄。だが、それより速くゼノフレアは剣を人弄の体に振り下ろす。
斬られた衝撃により人弄の腕の起動がズレ、その斬撃はゼノフレアの頬を掠めるだけに終わる。
「ようやく入ったな」
蹌踉めき、後ろへ傾く人弄。掴んだ腕は離さず、それを全力で引く。当然、人弄とゼノフレアの距離は再び縮まる。腕から手を離し、すぐさま、目の前に来た人弄の頭部を掴む。
咄嗟の出来事に一瞬怯む人弄だが、両腕が自由になったことを瞬時に理解し反撃を仕掛けてくる。
「遅い」
両腕がゼノフレアに触れるまでの一瞬、ゼノフレアが人弄の頭部を激しく揺らす。再び人弄の腕は軌道を大きくズラし、掠り傷に終わる。その隙に、もう一度人弄の喉を貫く。
痛みにより暴れる人弄。これ以上御するのは難しいと判断し、人弄との距離を取るゼノフレア。
「どうした、これで終わりじゃないだろ?」
人語を理解している故か将又傷を負わされた怒り故か、人弄の攻撃は更に荒々しく激しくなる。だが、所詮は魔獣。激しさを増せば増すほど、その攻撃は直線的になり躱すのも容易になる。怒りを制御できるほどの知性は持ち合わせていない。
「辛うじて、俺には対応しているようだな」
攻撃自体は単純になったものの、その狙いは相も変わらずゼノフレアの隙を突いている。先程までよりか捌きやすくなったが未だ反撃の機会は少なく、生命力の高い魔獣にとっては先程の攻撃も致命傷には遠い。
(再生しないとは言え、今のあいつが完全体とも限らない。まだ成長段階を残していたら、また振り出しに戻る)
魔獣の成長は、何も一度だけではない。その個体の強さによって、その回数に制限はない。そして、成長途中の魔獣の強さは誰にも計れない。
人弄が更に成長を遂げた場合、最早ゼノフレアが奴を仕留めることは不可能になる。そして、負わせた傷も全て無に帰す。またもや瀕死に追い込んだ場合、その可能性は高まる。今度は確実に仕留めなければ、今後が危うい。
(壊す、壊す…)
後には引けない状況。そんな中、ゼノフレアの衝動は更に大きくなり、彼の理性を飲み込もうとしていた。
「―殺す」
ゼノフレアの魔力が荒々しく揺れる。その魔力は空間に歪みを生み、周囲の木々を枯らしていた。そしてゼノフレアの体も、その異質な魔力に包まれる。その顔にはまだ正気は残っており、だがその表情はどこか歪んでいた。
その様は、狂っていた。絶望的な状況だろうと、如何なる強者を前にしようと―
"闘争を求め、嗜む"
…それが、ゼノフレアの本性だった。




