記録14 衝動
「そっちは任せたわよ、ゼノフレア…」
大量の式神に囲まれたヨル。それを率いているのは、あの時ヨルを甚振っていた式神の1人だった。
彼からはしっかりとした生気を感じ、行動の端々から意志を感じる。恐らく、彼は洗脳されていない。
「ヨル、貴様は何をしているのか分かっているのか?」
「……ええ分かってるわよ、御主人様」
ヨルは奴隷として扱われており、その主君が彼の式神だ。だからこそ、あの時のヨルは反抗するつもりはなかった。
だが今は違う。ヨルの罪は嘘であり、国王は操られていた。そして彼は、その状況を利用してヨルを弄んでいただけである。もう、彼に従う必要はない。
「そっちこそ、何をしてるのか分かってるのかしら?」
「国の反逆者を始末する。当然のことだが?」
「…連れてる式神、国王が操られているとしても?」
「知っている」
「…は?」
「そんな事、知っている。その上で俺はお前達を始末する」
「今のジェネス王は最早別人よ。それに国民も苦しんでる。それなのに、あんたはそれに従うっていうの?」
「ジェネス王は甘すぎた。国民に課す税や法、罪人に対しての処罰、何もかもが甘い。そんなものでは、この国は育たない。…俺は、この国を更に強めたい。ただそれだけだ」
「何の為に…」
「何の?母国を思うのの何が悪い?」
「……これ以上は無駄ね」
これ以上の対話は無駄だと判断したヨルは、その弓を構え式神達と向き合った。
「奴隷風情のお前が勝てるとでも?」
「あら、忘れたとは言わせないわよ。あんたは一度も模擬戦で私に勝てたことないじゃない」
「…その生意気さも、変わっていないようだな」
一斉に動き出す式神達。あらゆる方向から魔法や武器が襲い掛かる。
だが、ヨルはその攻撃全てを見切り、式神達の群れへ矢を放つ。その矢は今までの様に爆ぜ、一度に多くの式神達を巻き込む。数が多ければ多い程、攻撃を避けることは困難になり、範囲攻撃に優れるヨルとは相性は最悪だった。
「私の力、覚えてないのかしら」
式神に与えられる、特筆した何か。ヨルのそれは、"視力"だった。
遥か後方まで見通せるのは勿論のこと、その動体視力は音速をも見切る。神経を眼球に集中させることで彼女は、自身以外の全てが遅く見えるようになり、ありとあらゆる攻撃を一瞬にして見分けられる。こと、動体視力という点においてはゼノフレアをも凌ぐ。
しかし、その動体視力に追いつける程の身体能力がなくては宝の持ち腐れになってしまう。目では追えても、体が反応出来なければ避けることは出来ず、攻撃を当てることも出来ない。
身体能力を全面的に強化するのは困難な上、時間も要する。故にヨルは、脚力を徹底的に鍛え上げている。
弓を主軸とする以上、必ず距離を保つ必要がある。だが、それを可能とする速度を持ち合わせていなければ意味がない。…が、ヨルはそれ以上を求めて鍛え上げてきた。
瞬時に間合いを調整する、相手の背後を取る、回避の際の飛距離を伸ばす、弓一筋でも前線で戦え抜ける様に鍛えたヨルの脚は凄まじい跳躍力を誇り、戦場を縦横無尽に舞う。単純な速度で言えばゼノフレアやギルノドゥアに劣るが、瞬発力という点では拮抗する。
ヨルの視力と脚力により、次々と崩されていく式神達。陽狼との戦いの際は、数々の戦と主人の虐待により体が壊れたままだった故に前線に躍り出ることはしなかった。だが、本来の彼女は弓兵でありながら最前線で戦う、異質な兵士なのだ。
「悪いわね、後で助けるから」
ヨルの主である式神以外は全員、洗脳下であり自身の意思ではない。無論、殺すことはせず負傷も最小限に抑えようと努めている。
だが、彼女の主はそうもいかない。加えて、ああは言ったものの、彼の実力も決して下ではなく寧ろこの国の兵士の中では上澄みの方であることを、ヨルは知っている。
だからこそ、残された彼との一騎打ちには手加減は必要ない。それにヨルには苦い記憶しかなく、憎むべき相手なのは事実だ。
「…よかろう。貴様は、この俺が直々に罰を下してやる」
「……今まで散々、こけにしてくれたわね」
相手が剣を振るより早く、懐に潜り込んだヨルは至近距離で5本の矢を散弾状に打ち込む。当然、喰らえばタダではすまない。
自身との距離を考え規模を抑えた爆発が式神を襲い、姿勢を崩す。その隙に一瞬で背後に回り込み、次は力を込めた一矢を背中に打ち込む。鎧に身を包んでいるが、爆発を身近に喰らえばダメージは受ける。
「調子に…乗るな!!」
式神の剣が赤く光り、その軌跡から炎が吹き出す。
(魔法付与…、あいつの得意分野だったわね)
武器だけでなく、魔法はあらゆるモノに付与することが出来る。魔法を付与されたモノは魔法の効果を受け、本来とは違った力を引き出すこともある。
武器に付与する、というのは主流な使い道の一つであり、今の様に得物に属性を付与させることは勿論のこと、威力や硬度を引き上げることも可能だ。
しかし、魔法付与はそう簡単なことではなく、扱える者はあまり多くない。構築した術式を自身以外に共有するのは、それだけで難しい上、発動中は常に、緻密な魔力操作と供給が必要となるからだ。集中力が削がれるだけでなく常に魔力を消費し続ける為、現代ではあまり使われることは少ない。魔道具の発展により、予め魔法が施されている"付与武具"の普及も、魔法付与が使われなくなりつつある要因でもある。
だが当然、魔法付与によるメリットもある。付与武具は、施された魔法の力以上の効果を受けることは出来ないが、魔法付与の場合、自身の力量に応じてその効能を調整できる。それに、ディアの様に複数の属性を扱う者の場合、相手によって付与する属性や効果を変えることも出来る。
炎、とひとまとめにしても、それによって引き出される効果は違う。得物が炎を纏う以外にも効果を引き出すことは可能だ。その炎を一点に凝縮させることで火を散らすことは出来なくとも、その鋒は爆炎を放つようになる。
ヨルの主たる式神は、そんな魔法付与を主軸として戦う、現代においては珍しい戦法を取る存在だった。無論それだけではなく、その身体能力や剣術も磨かれており相手に回せば厄介であることはヨルも知っている。
だが、それと同時に弱みも知っている。まず、彼の扱う魔法は主に"炎"であること。そして、付与される効果も1つしかないということ。
たった1つを極める、というのは何事においても、決して悪手ではない。しかし、対応力に欠けるという点も事実であり、手の内を知られれば一気に無力に成り下がる。
(あいつの効果は、斬撃の軌道に炎を生み出す。つまり、一度に二度、攻撃が生じるということ。でもそれは、知ってればどうということはない)
それだけではなく、ヨルは相手の式神より身体能力も魔力量も優れている。
斬撃の軌道に生じる炎の威力は馬鹿にならないが、速度で勝っている以上食らう可能性も低い。それに、いくら接近戦が得意と言えど、剣と弓とでは間合いにも差がある。炎が生じる範囲外からでもヨルは攻撃出来る。
「ちょこまかと…」
「真っ向勝負なんてすると思う?」
相手の間合いの外から矢を放ち、背後に回り込んだ時は一気に懐まで潜り込む。少し変わったヒット&アウェイの戦法に相手は翻弄されていた。身体能力では上回っていても、単純な力勝負では分が悪い。自身の瞬発力と特性を最大限に活かし、可能な限り有利な状況へともっていく。相手の土俵に乗る必要はない。これは模擬戦でも見世物でもなく、実戦だ。勝つのが優先、生き残った方が勝者だ。
間合いの不利を埋めるべく、魔法も駆使し始める式神。魔法付与を得意としている以上、魔法単体の扱いも当然上手い。自身の隙、ヨルの隙を的確に狙い、こちらの手数を抑制してくる。
が、ヨルの眼はまだ全力ではない。極限まで集中した彼女は、周囲の動き全てが遅く見える。当然脳に掛かる不可は計り知れず、肉体もそれに付いてくるべく限界まで稼働する。つまり、その状態を長く維持することは出来ない。故に、まだ出し切らない。この式神を倒したとて、名憑きレベルの魔獣が残っている。
(極限状態に入れば、あいつを倒すのは簡単かも知れない。だけど、その状態でいられるのは1分が限界。それに1分経たずして終わらせたとしても、極限状態を解除したら反動で暫く動けなくなる。…やっぱり、まだね)
"極限状態"のヨルは、その動体視力により、脳内に膨大な量の情報が一瞬にして流し込まれる。式神である以上、人間よりか脳の処理能力も高いがヨルのそれは、式神だろうと脳が焼き切れる程の代物だ。それにその情報から状況を判断し、行動に移すには更に負荷が掛かり、それに反応する肉体にも負荷が掛かる。
諸々の負荷、その後に出る支障の大きさも考えた結果、ヨルは極限状態の活動限界は1分と判断した。1分を越えようと、極限状態でいることは可能だ。だが、それを超えれば肉体が崩壊するか脳が焼き切れる危険性が爆発的に上昇する。万が一、それらは無事だとしてもその後の反動があまりにも大きく、後遺症が一生残る可能性もある。
そんな危険な技を、追い込まれているわけでもない相手―加えて名憑きというジョーカーが控えている状態で使うのは、流石に悪手極まりない。
「考え事か?」
「…そうね。あんたには関係ないけど」
式神の剣が目の前を過ぎる。その軌跡が燃え上がり、その熱をすぐ身近に感じる。
付随する魔法を躱し、式神の腹へ蹴りを叩き込む。弓だけとは言えど、無論体術も使う。脚力を鍛えているヨルの蹴りは、凡人の放つそれとはわけが違う。鎧を着込んでいようと衝撃は伝わる。寧ろ、鎧の重さも相まって、その打撃はより一層衝撃を増した。
「がっ…」
「無防備に近付き過ぎよ」
怯んだ式神へら更に10本の矢を撃ち込む。それまでにも、何度も爆ぜる矢を受けてきた鎧はどうに限界を迎えており、この攻防により遂に破壊に至った。
ヨルの扱う矢は彼女の魔力により形成されており、つまり、彼女の魔力がそのまま段数と捉えられる。しかし実際のところ、矢1本に消費する魔力は大したことはなく、式神として並以上の魔力を持つ彼女であれば、本数切れという事態は殆ど起こらない。魔法を全く扱わないという特性も相まって、戦闘において魔力を消費するのは矢の生成と身体強化だけであり、故に彼女は長期戦にも対応出来る。
矢が爆ぜるのは、矢そのものに仕掛けがあるわけではなく、付与武具たる彼女の弓によるものだ。
弓は銃に比べて貫通力に優れるが、それは限界まで引き絞った場合の話であり、実戦においてそんな余裕があることは少ない。況してや前線で戦うヨルであれば尚更だ。
隙の少ない速射でも威力を出す為に、この機構が組み込まれている。爆発の威力や範囲は使用者が自由に調整出来るが魔力を必要とはしない。
また、この弓には弦が備わっていない。この弓は使用者の魔力量を感じ取り、それに応じて魔力の弦を生み出す。そして、魔力量が多ければ多い程、弦は強固なものになり威力を増す。
「貴様……」
「奴隷としてあんたに負けたことはあっても、式神として―一人の兵士としてあんたに負けたことは一度もない。当然の結果よ」
度重なる負傷と爆発の反動により、地面に膝を着く式神。この者は、自身の意思で国王に従っていた。つまり、
(始末しなきゃならない。こいつは、この国の本当の危険因子だ)
その頭部に、止めの一矢を撃ち込もうと矢を番えたその時―
「…っ!?」
ヨルの目の前を何かが通り過ぎた。
それは物凄い勢いで壁に衝突した。音を立てながら壁が崩れ、煙が舞う。その煙の中から見えたのは、人影だった。
「…ゼノフレア!?」
煙が晴れると共にヨルの視界に映ったのは、幾つもの傷を負ったゼノフレアの姿だった。
「ほんっとに、馬鹿みたいな力だ」
ゼノフレアの見据える先には、国王の操る魔獣―人弄の姿がある。あちらにも傷は窺えるが、明らかに数が少ない。
「っ、おい!そこの魔獣!お前は人の言葉を理解しているのだろう!なら俺に従え!」
自分の不利を悟ってか、式神は人弄に協力を仰ぐ。
…だが、次の瞬間、ゼノフレア達に見えたのは、勢いよく吹き出す鮮血と宙を舞う生首だった。その生首を掴み、齧り付く人弄。どうにも、機嫌を損ねたらしい。
「…どうやら、国王以外の命令は聞かないらしい」
「そうね。…面倒な奴を始末してくれたのは、…ありがたいけど」
今の出来事の隙を狙い、ゼノフレアと合流するヨル。近くで見れば、その傷の多さや深さがより一層分かる。
「あんた、大丈夫なの…?」
「致命傷は避けてる。それに動きにも支障はない。…とは言え、これ以上血を流すのも良くはないな」
「当たり前でしょ。あちこちに血が付いてるし、このままじゃ失血死するわよ」
「生憎、なかなか死ねない体質でね。…来るぞ」
ゼノフレアへ一直線に突っ込んでくる人弄。国王の命令に従っているからなのか、やはりヨルは眼中にないようだ。
刃物状の両腕は間合いも広いながら、その速度も尋常ではない。その速度はゼノフレアですら簡単には逃れられず、加えて2本ということから、その攻防はとてつもなく激しいものだった。
目にも止まらぬ速度で剣と腕を振るう両者。その2つがぶつかる度、鈍い音と火花を散らし空気を震わせる。
(援護しようにも、奴の隙が無さすぎる…。このままじゃゼノフレアにも当たる…)
本来であれば目で捉えるなど不可能なレベルの攻防だが、ヨルの眼はその剣筋1つ1つを見極めていた。しかし、だからこそ下手な手出しが出来ない。
ゼノフレアの斬撃は人弄の攻撃を的確に捌いており、僅かな隙には的確な追撃を挟んでいる。しかし人弄の反応速度はそれに匹敵しており、的確な追撃だろうと容赦なく防いでくる。魔法で隙を埋めようにも、目の前の攻防を凌ぎながらでは真面に術式も組めない。
そして、ヨルの援護の隙もない。人弄の隙はゼノフレアがしっかりと潰しており、人弄はそれに対応している。背後は確かに無防備だが、超高速で動き続ける人弄の背後を狙うのはあまりにも難度が高すぎる。しかもそのすぐ近くにはゼノフレアがおり、外した場合、彼に当たる可能性もある。
(チャンスは、ゼノフレアと奴が離れた時。その一瞬なら…刺せる)
矢を番え、機会を窺うヨル。
その様を見て、ゼノフレアは彼女の狙いを察した。人弄は人語を解する。狙いを言葉にしては対策される可能性もある。だからこそ、陽狼の時の様に人弄を誘導する必要がある。…が、今回は敢えてヨルの狙いには乗らない。
ゼノフレアとしては、ヨルを人弄にぶつけるのは避けたいところだ。人弄との戦いの最中、彼女の戦い様を度々観察していたが、決して実力が足りないというわけではない。寧ろ、ゼノフレアの判断としては式神の中でも指折りの実力者だと考えている。
しかし、物事には相性というものがある。人弄は超攻撃的な、接近戦を得意とする魔獣。故にゼノフレア1人でも何とか凌ぎきれていた。
同じく接近戦を得意とするヨルも相性は良いように見えるが、実際はそうではない。弓と体術だけでは、人弄の猛攻を防ぐ手段としては弱すぎるのだ。
奴の両腕は鋭く、そして速い。そのスピードは、ゼノフレアとて逃げられない。つまりそれは、ヨルもまた逃げられないことの証明でもある。そうなった場合、奴の攻撃を躱すことは困難であり、必然的に受け流す必要が生じるが、弓ではそれは敵わない。
そうなった場合、ヨルは間合いを取りつつ戦う羽目になる。が、先刻の速度からも分かる通り、人弄は一瞬にして間合いを詰めてくる。つまり、万が一ヨルが攻撃の対象になった場合、対抗手段が無いに等しいのだ。
(奴の攻撃は複数には対応していないが、一方で単体相手には恐ろしく強い。あまりにも隙が少なすぎる)
攻撃全てを弾いたとしても、反撃の余地はない。実際、速度だけで言えばゼノフレアの方が上だが、魔獣故の人間には出来ないような体の動きや、腕そのものが武器として成り立っているということが奴の厄介さを加速させている。
変則的で動きの読めない斬撃。それだげで十分に厄介でありそこに速さが加われば、強いのは最早当たり前の事だ。
(カイリ達の方は…、恐らく式神達と搗ち合ったな。暫くはこっちに来られないだろう。…今の場合だと却って好都合か)
人弄と対峙してから―いや、陽狼と真っ向で戦った時から。ゼノフレアの中で、何かが蠢いていた。そしてそれは、徐々に大きくなりつつある。
(……潮時だな)
そして、その正体をゼノフレアは理解していた。
人弄の攻撃を受け切り、一瞬の隙を突いて重い一撃を放つ。その反動で人弄が後方へ吹き飛び、ゼノフレアとの間に距離が生じる。
すかさず矢を放とうとするヨル。だが、そんな彼女の前にゼノフレアは立ちはだかる。
「下がれ、ヨル」
「…は?」
「カイリ達が式神と交戦中だ。上位魔獣を相手にしたあいつらじゃ、少しばかり荷が重い。悪いが、助けに行ってくれるか」
「あんたはどうするのよ。あんたが相手をしてるのは名憑きなのよ?」
「ヨルも理解してるだろ。お前じゃ分が悪すぎる。こいつは俺の得意分野だ。…それに―」
ゼノフレアの気配が豹変する。先程までとは比にならない殺気と気配。そして、解き放たれた魔力は、目には見えないはずの魔力だが、その異質さが目でもはっきりと分かるほどに不気味かつ膨大だった。
そんなゼノフレアに寒気を覚えるヨル。思わず1歩退いてしまう。
「こっから先は、お前を巻き込まずに戦える自身がない」
「…………死ぬんじゃないわよ」
「…随分と優しいな」
「勘違いしないでちょうだい。私が行った事で死んだら後味が悪いでしょ」
「はっ、確かにな。……行け」
改めてゼノフレアを見据え、そして駆け出すヨル。やはり、人弄はそんなヨルにも興味を示さない。
「…やろうか、人弄」




