記録13 各々の先で
洗脳された国王を救うため、城へと突入したゼノフレア達。押し寄せる式神達を食い止めるべく二手に分かれたそれぞれに襲い掛かったのは、3体の上位魔獣だった。
名憑きを倒したゼノフレア達ではあるが、それは5人がいてこその成果であって特に、他の者達のような強力な力を持たないカイリと、そんな彼女を守りつつ立ち回らなくてはいけないディア。彼女らは苦戦を強いられていた。
相手をしているのは、巨大な食虫植物の様な魔獣。無数の触手と蔦が四方八方から襲いかかり、切っても切っても再生するそれに、ただひたすらに体力や魔力を消耗させられていた。
「再生するタイプの魔獣とはな…。つくづく、運が悪い」
「核を探さないとジリ貧ね。ディア、探せる?」
「可能じゃが、時間はかかるぞ。何せ、ただでさえ気配の大きい上位魔獣が2体もおるのじゃからな。周りの魔力が濃すぎる」
「それもそうね。……じゃあ、私が探るわ。でも、その間は暫く無防備になる。つまり―」
「お主を守りながら戦え、ということじゃろ。任せろ。妾とて一人であれば上位魔獣でも戦える。寧ろ、下手に動かれぬほうが守りやすい」
「悪いわね。頼んだわよ」
魔獣の肉体は、その構成の大半が魔力を占めており、故に肉体の再生に魔法等を必要としない。上位魔獣ともなればその魔力量も多く、肉体を再生するのは容易なことだ。
―が、実際は、肉体を再生する魔獣は少ない。魔獣は肉体や魔力においては生物より優れる一方で、知能は比較的低い。名憑きともなれば話は変わってくるが、特に自身の負傷に関して関心が薄く、多くの場合は肉体の損傷など気にせず戦いを続行する個体が多い。陽狼は、名憑きにおいては珍しく再生しないタイプの個体だった。ゼノフレア達にとってはこの上ない幸運だったのだが。
そして、魔獣には、所謂生物の心臓にあたる"核"というものがある。
魔力は一定量以上凝縮すると、固体と成す。それは一般的に"魔石"と呼ばれ、魔法の扱いを不得意とする人間や魔道具の動力源として使われていることも多い。
魔獣は、言わば魔力の塊。当然、魔力は凝縮されており、つまり、魔獣の体内にある魔石が"核"なのだ。
核は、魔獣の体内に巡る魔力の源であり、それを破壊されれば体内の魔力が漏れ出す。魔力で肉体を構成している魔獣にとってそれは致命的であり、核を破壊された魔獣は確実に死に至る。
しかし、核を破壊するのは容易ではない。自身の生命危機に疎い魔獣であるが、本能に刻まれているのか、核は守ろうとする傾向がある。加えて、核は体内にあることが殆どであり、魔力を多く持つ魔獣の場合、魔力の塊でしかない核を外側から探し出すのは非常に難しい。
故に、一般的な魔獣であれば、核を壊すよりも直接殺した方が安全かつ早いとされている。核を狙えば当然、魔獣の凶暴性は増す上、時間もかかる。そもそも、魔獣の核を正確に捉えられる人間はそういない。
しかし、肉体を再生する魔獣には非常に有効な手段となる。魔獣が魔力切れになることはなく、その再生にも限度はない。疲労や負傷の度合いによって、その時間や効果に差は出るものの、再生が不可になる―と言ったことは起こりえない。
つまり、再生能力を持つ魔獣を殺すには、一撃で屠るか再生速度を凌駕する速度で死ぬまで攻撃する、もしくは核を破壊するしかない。
だが、並の人間では魔獣を一撃で屠るなど出来る訳もなく、後者も同じだ。必然的に、核を破壊するしか手段は残らない。英霊や式神であれば不可能でもないが、今、カイリ達が相手をしているのは上位魔獣。一撃で殺すなど、夢のまた夢だ。
カイリは今、目を閉じて集中力を高め魔力を練り上げている。魔法を主に扱うカイリは、魔力の変化には敏感だ。
魔獣の核は魔力の源であり、心臓のように常に魔力が蠢いている。体内の魔力は絶えず体を巡っているが、一箇所に留まることは普通はない。魔法を扱う時や魔力で体の一部を強化する場合は別だが、魔獣はそんなことをしない。つまり、魔力がその場を動かず、蠢いている場所―そこが核だ。
外皮は頑丈でも、核は脆い事が多い。高濃度の魔力の塊故、ある程度の硬さは確かにあるが、それでも肉体の内側を守る外殻に比べれば非常に柔く、上位魔獣の核とて、的確に狙えばカイリでも十分に破壊可能だ。それに、魔獣は魔法には弱い面がある。それは、魔法に対する―魔力に対する耐性が低いということであり、核に魔法を打ち込めば高確率で破壊することができる。
本来であれば、このように集中力を高めてじっくり狙える場面などない。だが今は、ディアが魔獣の攻撃を全て請け負っている。幸いにも、知能の低い魔獣は、攻撃の意思が感じられないカイリに対しては攻撃の手を止めている。それは、カイリにとって絶好の機会であった。
だが、悠長にしている余裕は当然ない。ディアがいくら強かろうと、上位魔獣を相手にそう長い間耐え続けるのは簡単なことではない。相手の注意を引きつつ、味方の安全を確保する。殺すのとは訳が違う。現に動きの端々から、少しづつ疲労が溜まっているのが見える。
「早く頼むぞ、カイリ」
得物を持たないディアは、魔力を軸に戦う。今のように、魔力を凝縮させることで形を成し、武器に見立てることも出来る。当然、魔法や魔術も使う。
だが、それはディアの魔力残量によって状況が大きく変わる、ということ。凝縮した魔力も、僅かでも魔力を流し続けなければ、その強度は貧弱極まりない。魔石は、圧倒的な力をその内に閉じ込めている反面、簡単に砕ける。
ディアの作る武器達は、いわば魔石の武器。故に威力は申し分ないが、そのままでは一度振るう度に壊れてしまう消耗品となる。それを防ぐために、ディアは常に魔力を流し続けている。
体外に出た魔力は、再び体内に戻ることは無い。つまり、魔力による武器を顕現させている間、ディアは常に魔力を消耗しているということになる。
当然、英霊であるディアは魔力量も膨大であり、寧ろ相当多い方だ。だがそれでも、魔力は無限ではなく、魔力操作には神経と体力を使う。そして、英霊や式神は、魔力が尽きれば死ぬ。その事は無論、カイリも理解している。
が、焦燥は最悪な事態を招かねない。過去、己の焦りによって幾度とゼノフレアを危険に晒してきた。その経験があるからこそ、カイリは焦らない。焦ってはいけない。
四方八方から飛び交う触手を払い、斬れそうにない蔦は炎で焼き払う。その見た目通り、この魔獣は炎に弱い。だからこそ、ディアは自身の魔力を変質させ、熱気を帯びさせていた。
個々の魔力には性質がある。炎関連の魔法を得意とする者であれば、必然と魔力も熱を持つようになり、ギルノドゥアのように冷気を纏う者もいる。
ディアは、あらゆる"属性"の魔法を得意とする為、自身の魔力の性質を自在に変えることが出来る。しかし、そんな事が可能なのはディアだけであり、唯一無二の強みでもある。本来、魔力の性質というのは無意識の内に、長い期間を経て変化していくものであり、何度も短時間で変化させていくなど出来ない話だからだ。
「鈍くなってきたか?」
絶えず攻撃を続け、ひたすらに再生を繰り返している。その疲労は勿論、ディアにだけ溜まるものではなく魔獣にも蓄積していっている。この状況が変わることが無ければ、勝ち目はまだある。
だが、懸念がない訳でもない。先程から国王は、ただカイリ達を眺めているだけで手出しをしてくる様子はない。しかし、上位魔獣を呼び出したのも国王であり、この魔獣を倒したところで新たに呼ばれる可能性も捨てきれない。
本来であれば、上位魔獣などは、とてもではないが御せるものではなく数も少ない。しかし、立て続けに起こる非現実的な出来事を前に、カイリ達の考えは変わりつつあった。
時同じくして、ギルノドゥアも上位魔獣との激戦を繰り広げていた。
相手は、巨大な人型の上位魔獣。その手に握られている魔力の剣がギルノドゥアを仕留めようする。が、その巨体故に動きは鈍重であり、速さが強みでもあるギルノドゥアにとっては、自身の能力も相まって相性は完璧であった。
ギルノドゥアは、今まで何度も、単独で上位魔獣に勝利してきた経験がある。それ故、一体一のこの状況であれば勝機は十分にあった。
"零れぬ涙"
100にも及ぶ小さな氷塊が次々と魔獣目掛けて飛んでいく。その氷はまさに散弾銃の様に、魔獣の肉体を破壊していく。これだけの巨体、こういった弾幕がよく刺さる。
肉片が辺りに飛び散り、片腕を失った魔獣の肉体に更なる損傷を与える。この魔獣は再生をしない様で、負った傷がそのまま残っている。
だが、流石は上位魔獣。体の正面がが抉られ、所々穴が空いていようとも、未だ倒れない。砕け、欠けた剣を振りかざしギルノドゥアを殺そうと襲いかかる。
「まだやりますか」
鈍重な一撃を華麗に避け、既に千切れかけている両足を凍結させる。振りかざした剣の重心に引っ張られ、体勢を崩す魔獣。しかし足元は強固に固定され、自身の体重の負荷が脚にかかる。
巨大な音を立てて倒れる魔獣。当然脚は千切れ、立ち上がることはもう出来ない。それでもまだ、その魔獣からは殺意を感じていた。
「これで…終わりです」
辺りに冷気が満ち、急速に温度が低下していく。それと同時にギルノドゥアの魔力は練り上げられ、それは全て鋒―ただ一点に集まっていく。
吐いた息は白く、生命の活動限界をとうに下回っている。だが無論、冷気を扱うギルノドゥアはそんな環境下でも変わらず動ける。
刀身が白く染まる。無防備になった魔獣へ、その一振りの斬撃が襲う。
"純白之一撃"
振り下ろされた刃は、倒れた魔獣の体を一刀両断にする。その傷口から血は吹き出ず、ただ静かに肉体が消えてゆくだけであった。
それと同時に、辺りに満ちた冷気も温度も元に戻り、刀身も元の銀色へと戻る。
「カイリ殿達は―」
カイリ達と自身を隔てていた氷の壁を消し去り、援護へ向かおうとするギルノドゥア。…しかし、その必要は無さそうだった。
「見つけたわ!ディア、下がって!!」
「!」
練り続けていた魔力を一気に術式へ流し、魔法を放つカイリ。その一撃は、カイリが持つ中でも最大級の破壊力を秘める、灼熱の魔弾だ。
"豪・焔弾"
小さな、しかし極限まで凝縮された魔法が、魔獣の核へと的確に飛んでいく。
その魔力の塊は、魔獣の肉体に触れると共に一瞬の光を放ち、その場で大きく爆ぜた。爆発音が鳴り響き、魔獣の体が一瞬にして炎に包まれる。そして、その着弾点には砕けた核が見える。
「全く…待たせおって」
「ごめん。これもディアが惹き付けてくれたお陰よ」
炎上する魔獣の肉体は灰となり、やがて魔力の奔流となり霧散していった。これで、カイリ達を襲った2体の上位魔獣は倒した。
「ディア殿、カイリ殿。無事ですか?」
戦いの疲労でその場に座り込むカイリ達に駆け寄るギルノドゥア。魔獣は倒したものの、まだ目的は達していない。
「ええ、ちょっと疲れただけよ。後は国王を―」
先程まで国王のいた場所へ視線を移す。…しかし、そこに国王の姿は無かった。
「…いない!?」
「……逃げられたか?」
「そうかもしれませ―」
轟音が城中に響き渡り、城全体が大きく揺れる。
「!?」
「どうやら、あやつらにも何かあったようじゃな。…まさか、2人の元へ…?」
「……有り得なくはない。あの国王、例の男とか言ってた。もしかして国王の狙いは、ゼノフレア…?」
「っ!また揺れが…!」
「急ぎましょう!彼らに何かあったのは確かなようです!!」
激戦により崩壊寸前の王の間を後にし、ゼノフレア達と分かれた地点へと向かうカイリ達。
「お願いだからそのままでいてよ、ゼノフレア…」
………
………
―時は数刻、遡る。
カイリ達と分かれ、式神の相手をしていたゼノフレアとヨルは、突如として上位魔獣に襲撃された。
城の壁を破り現れたその魔獣は、人の形をしていた。しかもそれは、ギルノドゥアが相手をしたような人型の大型魔獣ではなく、大きさも人のそれであった。
その両腕は異形であり、腕そのものが鋭い刃物の様になっている。体中に血管のようなものが浮かび上がってており、絶えず脈打っている。溢れ出る魔力は、それだけでゼノフレア達の体を蝕もうとする。
「人型の上位魔獣…。こいつは手強いな」
「…流石に骨が折れそうね」
伸し掛る殺気や魔力は陽狼と比べても遜色がない。
(未確認の名憑きか…?)
生物と同じように、魔術も絶えず生まれている。上位魔獣・名憑きは数が少ないと言えど、それはあくまで存在が確認された個体に限った話であり、認知されている個体以外にも当然、上位魔獣等は存在する。
特に名憑きは、そもそも目撃情報がなかなか出回らない。何故なら、目撃した者達は悉く死ぬからだ。運良く生き残った者が、どこかの国や世界的組織に報告することで漸く、名憑きは名憑きとして世界に知られる。
イノベーターは、これまでの年月を世界に認知されることなく暗躍してきた組織。表側の人間が知らないような魔獣を認知していてもおかしくはなく、既に陽狼を従えていたと考えれば、今目の前にいる魔獣が名憑きレベルだとしても話は通じる。
「「……」」
臨戦態勢に入る2人。だが魔獣の方は動く気配はなく、ただ呆然と2人―いや、ゼノフレアの方を見つめているだけであった。殺気や魔力は垂れ流しだが、四肢や恐らく目と思われる部分の視線は、とてもではないが襲おうとする様子ではなかった。
(さっきは勢いよく突っ込んできたっていうのに…、不気味な奴だな)
「…やるしか、ないわよね」
「そうだな。今はあの様子だが、逃がしてくれるとも思えない」
ゆっくりと魔獣を刺激しないようにゼノフレアに歩み寄ったヨルは、そう囁いた。奴に戦う様子が見られないのは確かだが、同時に何故か、"逃げられない"と直感が告げている。
膠着状態。それを破る為にゼノフレアが1歩踏み出した、その時―
「…誰だ?」
奥の階段から、誰かが降りてきた。
「あれは……ジェネス王…!」
「王?奴が国王か?」
「ええそうよ。あんた達が探していた国王本人」
そのままこちらへと歩いてくるジェネス王は、魔獣の横を当然のように通り過ぎ、ゼノフレア達の前に立ち止まった。
「お前がゼノフレアか」
「…俺が目的か?」
「最優先事項だ。お前の連れもまとめて始末してやりたがったが、どうにも選ぶものを間違えたな」
「その言い方からするに、あいつらは無事な様だな。なら、後はお前を捕らえれば、俺達の目的は達成だ」
「ほぅ、お前はこいつを倒せるとでも?」
「…魔獣が、人の言葉に従うと?」
「現に、こいつは我を襲おうとしていないではないか。お前達に襲いかからぬよう指示したのも我だ」
(魔獣が…、人に従うですって?)
ジェネス王はゼノフレアしか眼中に無いのか、ヨルの事は気にかける様子もない。そんな中、状況を冷静に分析しようとしていたヨルは、今の王の発言に耳を疑った。
魔獣は、他の生物―特に、人とは相容れぬ存在。加えて知能も低い。当然、高度な言語である人語を解するわけも、ましてや、人間に従うわけもない。
しかし、目の前では確かに、魔獣は明らかに国王の命令に従っているように見えた。その視線や殺気は明らかにこちらに向けられており、ジェネス王を狙っている様子は皆無である。
「誰の指示だ?」
「何?」
「一国の王がただの、名も通っていない様な人間一人を認知してるわけないだろう。それに、俺はここに初めて訪れたんだ。誰かから、俺の事を聞いたんだろ?」
「…だとして、お前がそれを知ってどうする。お前はここで死ぬのだぞ」
「……随分な自信だな」
「お前たちが何人集まろうと変わりはない。それに、お前達の相手はこいつだけではないというのを、まさか忘れてはいるまい?」
ジェネス王の言葉と共に、先程下層に落ちていった式神達が戻ってくる。更に、先程はいなかった式神達も加わっており、その中には見た覚えのある面もあった。
「あんたは…」
弓を握り締めるヨル。彼女の鋭い眼光が捉えていたのは、先刻、ゼノフレアによって追い払われた式神だった。
「無駄話が過ぎたな。もう良いだろう。…殺れ、人弄」
その言葉を合図に国王は後ろへと下がり、入れ替わりに"人弄"と呼ばれた魔獣がゼノフレア目掛けて突っ込んでくる。
「ちっ!」
鋭い腕が眼前に迫る。辛うじて受け止めるもその威力は殺しきれず、ゼノフレアは廊下の遥か後方まで吹っ飛ばされた。空中で姿勢を整え、剣を石畳へと勢いよく突き刺す。それでも尚、速度を落としきれず、剣は石畳の床に縦長の穴を空けた。
着地すると共にすぐさま体勢を整え、魔獣を見据える。自分が格上だと思っているのか、魔獣はケタケタと不気味な笑みを浮かべながら、ゼノフレアへゆっくりと迫ってくる
「っ!?ゼノフレア!」
式神に気を取られていたヨルは、その出来事に反応が遅れる。咄嗟にゼノフレアの元へ駆け寄ろうとするも、その間を割って入るように、式神達が立ちはだかる。
「く…」
分断された2人。先程名前を呼ばれていたことから、この魔獣は名憑きで間違いない。つまり現状では、ゼノフレアは名憑きを1人で相手取らなくてはならず、一方のヨルは、式神の大軍を己が身1つで倒さなくてはならない。絶望的な状況だ。
…が、
「…やるしかないわね」
「やってやるよ」
反抗の炎はまだ消えていない。戦いはまだ、終わってはいない。




