銃
クレアは火かき棒を振りかざすと、柱を発生させた。すぐさまそこから逃れようとした和助だったが、その前兆である火花が自分の前方に位置することに気づき、足を止めた。
そしてその通り、わざわざ避けることもなく、触れることの無い目の前で火柱が上がって初めて、自分が視界を遮られ周囲を囲まれていることに気づいた。そして両斜め前には火球が入り込むだけの間がある。
和助は鼻を鳴らすと、目を変色させた。引き伸ばされた体感時間の中で、燃え盛る火の玉が炎と右の壁の間から体に向かってくるのを瞬時に察知し、宙に体を躍らせて避ける。
これまでのクレアの攻撃から、火球の軌道は直線でしかなく、別の火球を反対側から回り込ませることはできないと和助が判断したことは、正しいとも、間違っているともいえた。火かき棒と同じで、クレアが和助に誤認させるために意識してとっていた行動だったからだ。
そもそも右から入り込んだ火球はクレアが大きくカーブさせたものであり、枝のように分かれて動いた本人は、左の隙間から姿を現した。、
驚きに目を見開く和助の体を、炎へと蹴りつける。
粘土のような、ある程度の硬さと柔らかさを併せ持つものにつま先がめり込む感触がして、クレアはざわめく嫌悪感を持った。
“可能種”の脚力が与えた速度は、和助を簡単に吹き飛ばしたが、炎の中を抜け出るまでに毛の先を炙る程度の時間しか与えず、床に激突してすぐさま受け身を取った姿には、大したダメージは見受けられなかった。
しかし狙いは体勢を崩し、本命の火球を直撃させることだ。
追撃を躊躇うことなく、クレアは複数の火球を撃ちだそうとした。
すると体を打ち付けられた和助が、痛みに引きつった笑みを浮かべながら、背負った荷を体の前に持ってくるのを見た。
両端を掴まれ引っ張られたバッグは、弾けるような破け方をした。その中に入っていたものを、和助は取り上げ、両手に持った。
それは映画から抜け出してきたようなライフルだった。銃身は火球に照らされ、窮屈だったと訴えるように輝く。その輝きは、クレアの前途も同系統の色合いだと暗示しているようだった。
どこから手に入れたのか知らないが、今更ただの銃で“可能種”を殺せると思っているはずはない。だとしたら、あれは。
ライフルを腰に当てて構えた和助が、引き金を引く。解き放たれた圧力が弾丸の尻を押し出す。行く手を阻むすべてを破壊しながら、銃弾は直進した。耳をつんざくような轟音が鳴り響き、クレアの火球は一つ残らず吹き飛んだ。残ったのは壁の弾痕だけだ。
何とか床に滑り込み、物陰に隠れて銃撃を避けたクレアは、脂汗には気づいても、自分の顔がスイッチでも押されたように青色へ切り替わっていくのには気づかなかった。
間違っていなかった。あれはただの銃火器ではない。“遺産”だ。頭の上を擦過した弾丸から、やすりのように荒々しい力の表層を感じた。触れれば誰であろうと、どこであろうと吹き飛ぶ。
壁に打ち込まれた穴が、目前で人が撲殺されたような衝撃をクレアに与えた。思考がパニックに陥るのを止められない。呼吸の間隔が短くなる。
「舐めてたけど、お前やるじゃん!クレア!」
クレアがそう遠くにいるわけではないと気づいているはずだが、和助は絶叫じみた声量で語り掛ける。
「見せてやるよ!日本じゃ五つだけの銃の“遺産”!」
そうして狙いも絞らず、やたらめったらに撃ち放つ。短く連続した明かりが室内を埋め尽くした。
音だけではどこが狙われているのか全く分からない。しかし次の瞬間に自身の頭蓋骨が破砕されていてもおかしくない。
クレアが何とか足を動かして通路側に逃げ込んだとき、離れたばかりの場所を弾丸が貫くのを見た。
真っ直ぐな通路へ走り込むクレアを見つけた和助は、狂気じみた笑い声と共にそちらへ銃口を向けた。
通路の終点、上階へ続く階段までの距離は、“可能種”のクレアにとって五秒もかからないものだが、背中に殺意を突き付けられた五秒は、無限に近い印象を与えた。
ときに両脇の壁を走りながら、自身を取り囲む四角を進んでいく。足をつけた先から沈んでしまって、そのまま落ち込んで戻れないような、走る先から道が伸びていくような、そんな気がした。こんな場所が棺桶では、死んでも死にきれない。
スピードを殺しきれずに、ゴロゴロと転がって階段前にたどり着く。
無事だった。弾丸は一発も発射されず、和助は追ってきてもいない。
左手だけで体を支え、クレアは息継ぎをしながら呟いた。
「遊ばれてる…」




