和助の命題
どういうわけか自動ドアは作動していて、ガタガタという音と共に二人を迎え入れた。
その先には、にやけ顔で待つ和助がいた。ズシリと重そうな荷物を背負って、気負うところのない様子で立っている。
ビルに入ってすぐの広間で、二人と一人は向かい合った。
「来なかったらどうしようか考えてたところだよ」
声が反響し、静寂を際立たせる。一階には三人の息遣いだけがあった。
昼間と同じ、舐めるような視線に鴎が嫌悪感を覚えていると、クレアから熱風が生じ、蛇がとぐろを巻くように炎が舞い上がる。それが収まると、“威装”を身に着け、火かき棒を握った姿が見える。服の装飾が暗闇に光った。
まるで年来の旧友のような気安さ、というより、こちらを少したりとも脅威とは認識していない雰囲気を漂わせながら、和助は観察する目を“威装”に注ぐ。
「気が早いなあ」
「あんたはどっか隠れてなさい」
クレアは鴎にちらりと視線を寄こすと、あとは前だけを見ている。
「…気を付けて」
いつも通り気の利いた言葉は浮かんでこない。鴎は後ろを振り返りながら、言われた通り通路の方へ走った。それを興味ぶかげに見送ると、和助は粘ついた視線をクレアに移した。
「なんで来たの?彼」
クレアは無言で火球を出現させた。その顔にゆらゆらと揺れる影を映しながら、火かき棒を振り下ろし、連動した火球を猛進させる。
戦闘は前触れなく始まった。
室内が一息に照らし出され、火炎が咲き、火の粉が散った。触れれば骨身を焼くような熱だったが、和助は突然の攻撃を難なく避けていて、焦げ付いた床から離れた場所に飛びのいていた。
そこで休ませるつもりはなく、クレアは炎柱を和助の足元に展開する。炎が円形に燻り、和助の足先をちらちらと舐める。和助がこれに対しても跳躍することで対処し、その場を離れた途端、円がそのまま上へ噴火したように燃え上がった。
あと少し遅ければその身を包んでいた炎に、和助は冷ややかな目を向けている。
軽自動車二台程の距離を置いて、二人が向かい合うのも数秒、三度和助がバックステップを踏むと同時に、猛然と天井を焼く炎が足元から噴き出し、その顔の形を浮かび上がらせる。
火球での奇襲、二度の炎柱の発動。立て続けに攻撃を防がれたクレアだが、それは織り込み済みだった。
鴎に言った通り、こちらだけが“命題”を知られているという一方的に不利な状況、だからこそ、和助の“命題”を暴くために、柱と球、クレアが今使える攻撃手段のどちらも惜しまず用いる。
日本における“命題”について一種類も知らないクレアが、和助のものを推理するのは不可能に近いが、それができなければ話にならない。
和助の動きを冷静に考察しながら、次の攻撃を続ける。余裕の表れか、戦闘開始がいきなりに過ぎたからか、和助は“威装”を纏うこともなく跳ね回っている。
「こんなのいつまでたっても当たらないよ」
幾度目かの柱を避けた和助が、にやつきながら挑発する。それに不敵な笑みを返したクレアは、その跳躍はそれまでに比べて高かったことを見逃さなかった。自身の背後に火球を一つだけ出現させる。
日本へ向かうと決めるまでの半年間、サムの訓練のほとんどは戦闘を想定したものだった。柱と球を使った閉所での戦闘は、クレアが最も得意とした状況だ。何故なら、
「これでも?」
火かき棒を持っていない左手を、素早く前に突き出す。一つ二つならば、素手でも操作できる。これまでの操作全てに火かき棒を絡めていたのはミスリードだ。理想を言えば滞空時間に使いたかったが、この好機を逃すわけにはいかない。
和助にとっての死角であるクレアの背中から放たれた火球が、そちらへ吸い込まれるように進む。驚いた顔をしている和助が軌道修正を掛けられるのは、接地した瞬間だけ。“可能種”でも、避けるのは厳しい時間制限だ。
当たる、そう確信しつつも、染み付いた反復練習がクレアに二の矢をつがえさせたとき、文字通り、和助の目の色が変わった。
足が地面に触れると、腕の動きだけを必要とする僅かな体の捻りで、火球を紙一重で交わした。
「これでもだね」
「!?」
その光景が意味するところを処理する前に、クレアは火かき棒を振るい、大きめの火球を撃ち放った。
今度は先ほどに比べれば無駄の多い、最初と同じ程度の動き方で、和助はそれを避けた。
そこまで見届けたクレアは、攻撃が単調にならないように気をつけながらも、思考の領域の多くを和助の動きの解析に充てた。
地面に降り立つか降り立たないかの一秒程度の間、和助の目が琥珀色に輝いていた。あれは、“遺産”か、“命題”のどちらかだ。集中力か、それとも身体能力を上げたのか、どちらにせよある程度は絞れた。
そしてやはり、これ見よがしに背負っている荷物が厄介だ。最初は“遺産”だと思っていたが、そう考えさせておいて実際は“遺産”を持っておらず、“命題”だけで戦っているのかもしれない。
仮に“遺産”なら戦況を一変させる力を持っている。そんな不確定要素を抱えたまま勝負に出るのは御免だった。荷物の正体を掴むまで、この距離を保つべきか。
そこまで考えると、どこか引っかかりがあった。
「…」
もう一度和助をよく見ると、クレアの長考に気づき、それを嘲るような笑みを浮かべていた。
その笑みに、考えが纏まり、決心がついた。
柱を連続して発生させつつ、時折火球を混ぜる。和助は踊るように回避しているが、何か発動する様子は見受けられなかった。
「そんなんじゃ先にばてるのは君の方だよ」
喋りかけてくる余裕まであるようだ。殺し合いの最中によく喋る奴だと内心呆れながら、同時に和助が動く範囲を少しずつ狭めることに集中する。
そして二十六発目の火球を放った後、その瞬間はようやく訪れた。
和助が移動を選択したのは、壁を背にした、一階の隅だった。移り終わってからそれに気づいたようだが、さして慌てている様子はない。
素手で操ったときのように、これも最善ではなかったが、欲をかいている場合ではないことも同じだった。勝負に出る。




