廊下
今や二人だけとなった六城邸の住人たちは、どちらも夕飯を食べた後は自分の部屋に引きこもるので、玄関へ続く廊下は閉ざされ切ったように暗かった。
その中を音もなく歩いていた人影は、誰かが框に腰掛けていることに気づいて静かに急停止した。
立ち止まったことで、その輪郭が見て取れるようになる。髪を一つに纏めた私服姿の結は、少し目を開いて、座りこんだままの叔父を見ていた。
叔父の前で思ったままの感情が態度に出るのは、ずいぶんと久しぶりだ。
背中越しにその気配を感じ取った庵は、自分が胸のどこかでそれを喜んでいることに向き合いつつ、ざらざらと、ひどく聞き取りづらい声を発した。
「どうしてだ?」
主語は無くとも何を聞かれているのかは分かる。眼差しから動揺を消し去った結は、自分の足元に一度落とした視線を、くたびれた背広に向けた。
「言われた通り考えました」
母親似の顔立ちで、しかし両親どちらとも似つかない表情で、結は続ける。
「確かに危険な戦いへ徒に身を投じるのは賢いとは言えません。でも、前当主の行いを知った上で何もしないことの方が、愚かで間違っていると思います。無関係ではいられません」
物言わぬ背中へ、結は力強い声を向けた。
「私は六城家の当主ですから」
しばらく身じろぎもしなかった黒いスーツが、長い間油の刺されていなかった歯車のような動き方で立ち上がった。
「車に乗れ」
「…いいんですか?」
「俺は当主の意向に従う」
それだけ呟くと、庵はもう家を出ていた。
他の誰にもその気持ちの置き所を推し量らせない瞳で、結はその背中を追った後、首の動きでそれを振り払った。
靴を履きつつ、昼間の鴎の顔を思い出す。
きっと一人でも、彼は向かっているだろう。そういう危うさがあることは自分がよく知っている。
そして同時に、自分と血を分けた、まだ碌に話せていない姉妹のことも考える。鴎から聞いたこと、彼女と会ったときのこと、そして自分の過去のことを踏まえて、伝えたいことがある。
間に合うことと二人の無事を祈りながら、結は玄関を出た




