竜狩り
荷物を漁るサムの手が止まる。それを見たクレアは、正体の掴めない焦燥感に駆られ、早く喋れと自分を急き立てる。
「偶々聞いたの。サムと、お母さんが、小さい頃から一緒にいた幼馴染だったって。それにお母さんは、結婚する相手が本当は決められてたんでしょ? サムがお父さんじゃないの? 私、理由があっても黙ってられるよ!」
早口で言い終わる頃には、クレアの頬は上気していた。動かないサムを見つめる。
サムの不可解な行動について、一族の“可能種”が噂しているのを立ち聞きしてしまったのだ。
変人で、人嫌いな“竜狩り”が、善意だけで嫌われ者の相手をするはずがない。彼と彼女は幼い頃親しかったはずだ。もしかして、不義の相手は“竜狩り”その人だったのではないか、と。
それを耳にしたとき、クレアには電流が流れた。その仮説が何かもを解決してくれる気がした。
それからずっと、覗いてしまえば無関心ではいられないと分かっている穴を、気づかない振りで誤魔化していたが、それも限界だ。
心臓の音が響く。この先どうなるのか、知りたいような、知りたくないような、整理のつかない心中で、答えを待つ。
止まっていたサムはかなり時間が経ってから動き出し、まず、深々と、そして長い息を吐いた。それから老人のようにゆったりと立ち上がった。
「……ふう」
何かを堪える代りに吐き出すような息が切れると、雷鳴に似た音が轟いた。
“威装”を纏い、そして“近縁種”の“遺産”である長い矢のような槍をその右手に持つサムは、この世の全ての激情を引き受けたような顔で、クレアに向かい合っていた。
「いいか」
表情とはかけ離れた落ち着きのある声だった。その喉から出たとは俄には信じがたいほどに。
突然のことで、クレアには何が起きたのかもよくわからなかったが、サムが露わにしている感情の重さだけは肌で感じた。
「お前の母親と幼馴染だったのは俺だけじゃない。俺のただ一人だけの友人もそうだった」
一言ごとにサムは距離を詰めてきていて、クレアも怯え切った様子で必死に後退りした。向けられる思惟の強さは、矢を打ち込まれているようだった。
「後にも先にも、俺が情を持ったのはその二人だけだ。生まれてこの方人と関わるのが苦痛で仕方がなかった俺でも、二人にだけは気を許せた」
次第に語調が熱を持ち、糾弾するようになるのに従って、その手の槍が放つ、金属特有のギラギラとした光沢も増す。
「あいつは、初心で、一本気で、誠実だった、誠実でいようとしていた。親同士がもう決めていたことでも、もう一回プロポーズして、グレースも、笑い泣きして受け入れていた。俺は、陰で見ていて、胸が暖かくなるっていうのがどんなことか、理解して」
記憶を辿るように遠くなっていた瞳が、突然クレアに焦点を合わせた。
「そして、結婚まで一年を切るってときに、グレースは! お前の母親は!流れ者の東洋人の子供ができたなんて言いだして! それでも一緒にいたいって言ったあいつを、拒んだんだ!」
目が血走る。槍が奇妙な唸り声を上げ始める。
「お前たちも散々な扱いを受けただろうな。だがな、当主候補だったあいつの受けた屈辱は、そんなものじゃない! 一度も俺の前で人の恨み言を言わなかったあいつが、腐った手を震わせながら、俺の手を握って、何て言ったと思う!?」
クレアの首元を掴み、サムは怒号する。クレアはもう息の仕方もよくわからなくなっていた。
「自分を裏切った女の娘を育てて、そいつが幸せになったときに、全てぶち壊せ、あいつはそう言ったんだ! もう見えていない目で必死に俺を睨んで、ボロ布のベッドに沈んだ体で、そう言った! もう二度と得られない、本当に尊いものが目の前で死んだ瞬間の、俺の気持ちが、お前に!」
突然クレアを突き飛ばしたサムは、背を向けると的を吊るしていた木の方へ大股で歩き、喉が割れんばかりの叫び声を上げながら、その根元に槍を突き立てた。
すると、地中から何かが噴き出したように土が膨らみ、弾け飛んだ。爆音と共に、木と土塊が辺りに散らばる。
泥まみれになったサムは、荒い呼吸を繰り返し、肩を激しく上下させながら振り返った。
「俺を裏切った、淫売の娘の父親が俺だと? 二度とそんな下らないことを言ってみろ、お前を…」
そのとき、殺意だけを宿したサムは、不気味な程静かにクレアを見ていた。それは、彼に決心させようと、線を踏み越えさせようとする何かをねじ伏せるための数秒だった。
何かが過ぎ去ると、サムはもう何も言わず、クレアの近くにあったバッグを拾うと、歩き去っていった。
足の間隔がなくなったころ、クレアはよろよろと立ち上がり、家の中に入った。ドアを閉めると、玄関にあった写真立てを手に取る。まだ周囲から向けられる針を針とは認識していなかった幼い自分と、その自分を抱えて気弱な笑みを浮かべる母親。
黙ってそれを床にたたきつけると、クレアは自分の部屋に戻り、座りこんだ。嗤ってごまかすことも出来ない。どれが理由で泣いているのか分からなかったが、とめどなく溢れてくるそれを堪えることはできなかった。




