訓練
「その場に留まるためには、絶え間なく全力で走り続けなければならない」
クレアに炎を操る訓練をさせているとき、サムはいつも隣で訓戒めいたことを言っていた。
「お前も、この先生き残るだけの力を身につけろ。その為に走り続けてな」
「はいはい」
邪魔が入る中でも集中させるためにやっているのだと分かっていたが、口にするのはいつも自分の言葉ではない何かの引用か、言っても仕方のない愚痴のどちらかなので、正直鬱陶しい。
伸ばした右手の指を銃の形にして、左手で肘を下から抑えつつ、狙いを定める。背後に浮かんだ火球をぶつけるのは、離れた場所に植えられた木の先、枝に紐で括りつけられて揺れる的だ。
呼吸と、的が振り切る瞬間を合わせる。
「いつまで時間をかけてる」
「…!」
直前で話しかけられ、呼吸が乱れた。発進した火球は、3メートル進むころには大きく右にずれてしまっていて、その内萎んで消えた。
段々と振れ幅が小さくなった的が、やがて止まった。
クレアは振り返って不満げな目つきをするが、サムは気にしていない。
「殺し合っている最中にそんなものが役に立つか」
確かに、今のように一つ辺り5秒ほども掛けていては、その間にクレアは死んでいるだろう。そこはいくつもの戦場を潜り抜けてきただけの説得力がある。
サムがクレアの保護者となってから初めにしたことは、クレアが“可能種”としてどれだけの力を身に着けているかの確認で、それはクレアが“命題”を満足に把握すらしていないことを明らかにした。
それ以来、訓練所に行く前、そして帰ってからというもの、サムはつきっきりでクレアに指導を行った。
その甲斐あって、“葬炎”の内の四形態を操作する力がクレアに備わっていることが分かり、その内一つ目の柱に関しては及第点に達していると判断されたが、二つ目の球に関しては、サムを満足させられていない。
「分かってるけど、動かすのは難しくて、どうしてもすぐには撃てないの」
クレアは眉をしかめて抗議した。甘えた言い方になるのを自覚し、少しばかりの嫌悪感を抱く。
誉れ高き“竜狩り”が、ハーパー家の汚点に目を掛けていることはすぐに広まり、誰もクレアに接触してこなくなった。陰口が止んでいるわけではないだろうが、少なくともクレアの耳に入る範囲では行われていない。
筆頭だった赤髪も、これまでクレアにしてきたことを“竜狩り”に告げられていれば、何をされるか分かったものではないと思っているのだろう。あちらから避けるようになってきて、ばったり出くわすことがあっても、まるでその場にクレアがいないかのように振舞っている。
クレアはサムに告げ口などするつもりはなかった。そんなことをしても、サムは恐らく何もしない。クレアが帰るのが遅れて訓練の時間が減れば、何かしら手を打つのかもしれないが、そうでなければどんな格好で帰ってきても気にせず的を吊るしに行くだろう。
まだ会って一月程度だが、サムは気難し屋、変人に該当する人種だということが、クレアには分かってきていた。
他人が自分をどう考えているかにほとんど興味がないから、目的を第一として、その過程で自他が被る被害や苦痛は考慮していない。そしてどうでもいいと考えていることには関わらない。クレアが他に家人のいなくなった家でどんな暮らしをしているのかは一度も訊いてきたことが無かった。
クレアの保護者を買って出た理由は今に至るまではっきりしないが、そうさせたのはサムにとって余程大切なものだろう。そうでもなければ、会ったこともないクレアの教育にここまで力を割かないはずだ。
そして、クレアにはその理由についての仮説があった。但し、おいそれと口にできるものではない。場合によっては、サムはここから去ってしまうかもしれないのだ。
心身をナイフでズタズタにされるような毎日は、予期せぬ人物との出会いであっさりと終わった。味方がいないことは変わっていないが、だからといってサムに感謝しないほど、そして嬉しくないほど、クレアの心は壊死していなかった。
「お前が火を操るために、一番必要だと思うものは何だ。すぐに答えろ」
「…火かき棒、かな」
急かされ、戸惑いつつもクレアは答える。すると、サムは家の中へ入っていき、しばらくすると火かき棒を持って出てきた。
「これを使ってもう一度やるんだ」
まさか咄嗟に思いついただけのことを本気にされるとは。しかし、サムの一点を見据える緑の瞳に気圧され、クレアは突き出された火かき棒を受け取る。
使うと言われても、どうすればいいのかわからない。視線に責め立てられ、クレアはとにかく火の玉を出し、止まってしまっている的の方を向いた。
何とはなしに、火かき棒を先ほど向けた右手に持つ。また狙いをつけ、火球を撃ちだす瞬間に、クレアは砕け散る的を幻視した。
現実はその通りに進み、寸分違わず狙った場所に直進した火球は、的に激突し、粉々にした。
火かき棒を下ろしたクレアは、驚きに目を丸くして呟いた。
「ウソ…!」
「感覚次第だ。火かき棒はお前に合っていたみたいだから、これからはもっと楽になるだろうし、その内軌道を曲げられるようにもなるだろう。だが、得やすいものは失いやすい。反復練習を怠るな」
原理の説明などほとんどせず、サムは的の方へ歩き出した。きっと、火を消したらすぐに新しい的をぶら下げて、それを狙う様に指示するだろう。今度は揺れる的かもしれない。
球の操作は感覚次第なのだから、なるべく行うことに関係するものを持っていた方が良いということだろうか。
クレアが自分で理論づけていると、サムがこちらに戻ってきた。
「次は揺れる的だ。一度で成功させろ」
「はいはい」
一度上手くいった分、二回目はより深く技法への理解を得られた。先ほどよりも短い溜めで、火球は的を破壊した。
「やった!」
クレアが余韻に浸っていると、隣でガサゴソと音がした。見ると、サムが置いていた荷物を片付けて帰り支度を始めていた。
「今日は終了だ。また明日の朝も繰り返せ。感覚を染み込ませるためにな」
いつも通りなら、ここで返事をした後、サムが出ていくのを見送るだけだったが、今日は違った。
サムがクレアと訓練以外の話に応じてくれるのは、こういう隙間の時間しかない。
「サム」
「なんだ」
背中は振り返りもしないが、その方が気は楽だった。
「サムはどうして私の保護者になったの?」
「最初に説明したはずだ。俺の友人に頼まれた」
そうだ、サムはそう言った。そしてその友人の名前は頑なに明かさない。
クレアは悟られぬように息を吐くと、決心を固めた。
「本当に?」
「…時間がない。本題を言え」
「サムが、私のお父さんじゃないの?」




