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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
葬炎の担い手
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怒りのままに

 身を包む冷気に、体を覆っていた硬質な膜が少しずつそぎ落とされる。椅子に全身を預けた鴎が口を利けるようになるまで、クレアは静かに横に座っていた。


「ありがとう、助けてくれて…」

「どういたしまして。落ち着いた?」


 弱々しい声を情けなく思う元気も無かったが、話す程度はこなさなければいけない。鴎は強引に体を動かして頷いた。


「クレアが駅に行ってすぐに目が合って、“可能種”だってわかったから、そのまま逃げたんだ。僕がベンチにいなかったら、クレアは高いところから探すんじゃないかと思って、エレベーター前まで行ったんだけど、周りに人がいたから迷って階段を選んだら…」


 あの男が待っていた。


 たどたどしく話すうちにも手がまた震えてきそうで、鴎は右手を左手で強く握りこんだ。


「あいつ、鉄塔で僕らを見てたらしくて、そのとき一緒にいた“可能種”のことを話せって脅された。クレアがすぐ来てくれたから何もされなかったけど…」


 そうだ、あと少しクレアが遅れていれば、自分は肩を粉々にされていただろう。話しているだけで伝わってきた残虐性を考慮すれば、鴎があの後口を割っていてところで、それで暴力が止んでいたとは思えない。

 ぞっとしてまた顔が青くなってきた鴎を落ち着かせるために、クレアは割れ物を扱うような優しさで声を発する。


「一階のコンビニで飲み物でも買うつもりだったんだけど、お財布を預けたバッグに入れたままだって気づいたの。それであんたのとこに戻ろうとしたら、自分を“可能種”だって少しも隠さないニオイがしたから、急いでそいつの方に行って、あんたがいたってわけ」


 口から漏れ出た「そうなんだ」、はそのまま床にぶつかって消えた。


 男の名前が脳裏に浮かぶ。水野和助。元五大家だとか何とか、口にしていた言葉には、鴎にはまるで聞き馴染みのないものもあったが、目的に関してはっきりと覚えている。


「あいつなに言って、何なんだろう。結を殺すとか、そんな…」

「あいつ自身大きい家の出には見えなかったから、六城家のせいで没落した家の復讐とかじゃないの」


 復讐。確かに、あの男から度々感じた狂気は、執念に憑りつかれた者が見せる特有のそれだったかもしれない。


「まあ、残念ながらそれは果たされずに終わるけどね」

「え?」


 顔を上げた鴎は、クレアが目を合わせようとしないことに気付き、泡を食って身を乗り出した。


「クレア、まさか本当に戦う気なの!?」

「そうだけど、何?」


 何、ではない。


「クレアの“命題”って、鉄塔を見られてたんなら気付かれてるんでしょ!?それに、あいつ不自然なくらい余裕だったよ。あんなのと戦わなくたって…」


「あのねえ、向こうは私を従わせたいんだから、ここにいる以上遅かれ早かれ仕掛けてくるでしょ。やるんならさっさとやった方がいい」


 言われてみれば、それは確かにその通りだ。あの男ならきっと、偏執的にクレアと鴎を狙ってくる。


 しかし、クレアは鴎の観測を否定していない。こちらは手札を知られた状態で手練れと戦わなければいけないということだ。


 クレアをねちねちと詰っていたことも、鴎を目の前で痛めつけてみせたのも、勧誘が本気なら逆効果でしかないのではないか。あんなことをされて従順になるとは思えない。

 和助は、一目見たときからクレアを潰すつもりだったのではないかという極めて確信に近い予感がある。


 だとすれば相手は勝算があるということで、クレアがそのまま戦いに赴くことは至極危険だという他なかった。


「だったら、せめて結たちに相談して…」

「それで、私があいつの言う通り惨めで可哀そうな奴だって、証明しろって、あんたはそういうわけ?」


 はっきりと怒りを含んだ声に、鴎は二の句を継げなくなる。


 クレアにしてみれば、和助の言葉は結と比較されたように感じられるのだろう。そしてその上で、徹底的に侮辱された。結たちの力添え抜きで和助を退けなければ、それは拭えないと思っているのだろう。


「あいつが間違ってるって、ぶちのめして教えてやる」


 意気込みは悲愴だ。第一、和助より強いことと、和助に指摘されたこととは何のつながりもない話だ。それに。


 そこまで考え、考えるままに口にしようとして、鴎の中の、出会ったときからクレアを注視していた部分が告げる。誰でもいいわけではないのだ。海を越えてきた理由でなければ、クレアは止められない。


 それでも鴎は、口にせずにはいられなかった。


「あんな奴の言うこと、気にする必要ないよ!だってクレアは一人じゃないじゃないか!」


 そして、虚しさだけが残った。分かっている、クレアが求めているのは自分ではない。この言葉を掛けてほしいのは自分ではないのだ。


「一人だよ、ずっと」


 それはクレアなりの優しさだったのかもしれない。しかし、それは、自分を救おうともがく人に、掴まっていた板を手放して溺れるみせるようなもので、どちらにもどうしようもないことだと、改めて突きつけただけだった。


「生まれてからも、きっとこれからも」


 その言葉と共に、クレアは椅子から立ち上がった。


「クレア…!」

「六城にこのことを話したら、一生許さない」


 追いかけようとする鴎にそう言い残すと、金糸で編まれたような髪はエレベーターへと消えていった。


 しばらくの間、鴎は閉じてしまったエレベーターを見つめていたが、自動ドアが開く音で我に返った。

 そのまま外を見ると、夏の空はまだまだ明るさを保っていた。それでも、いつかは知覚できない場所に太陽は沈んでしまう。


 夜とは何時を指しているのか分からなかったが、迷っている時間は余りない。


 一生許さない、と言われた。しかし、このまま会えなくなるよりはその方が良いと、鴎はそう思った。


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