果たし合い
「離れなさい」
二人が揃って向いた先には、“威装”を纏ったクレアが立っていた。金色の髪は暗がりにも明かりを投げ入れそうだが、ここからでは顔がうっすらとしか見えない。
どうして、という文字だけが辛うじて言語化される。
乱入者の登場にも動じていない男は、にやりと笑みを浮かべ、鴎の腕を捻ってクレアへ盾にするように突き出した。
「その金髪は見覚えがある。君が花火を打ち上げてたやつだな、まずそっちから名乗れよ」
鴎が思わず苦悶の声を上げると、クレアの影が少し揺らいだ。
「クレア・ハーパー」
「ハーパー?君外国産か!道理で炎なんて使ってたわけだ」
男は話に夢中になる余り、鴎の手を握っていることを忘れてしまったようで、ミシミシと骨がきしむ。
鴎は顔を歪めた。
「早く離せ!」
クレアに言われてようやく気が付いたのか、男は手を握る力を緩めた。
「僕は水野和助、この町に来てるらしい六城家の人間を殺すつもりで探してたんだけど、君たちが鉄塔で騒いでたから気になって近づいてみたんだ」
六城、殺す。痛みに痺れている頭でも、その物騒な単語は拾えた。
こいつは、結たちを殺すことが目的なのか。
「だったら、あんたが掴んでるその子も私も関係ない」
嘘を吐く前からクレアの声は硬く、和助もそのことには気づかなかったようだ。
「だよねえ、知らないだろうけど、六城家って仮にも元五大家だよ。君たちじゃ弱っち過ぎる」
「…」
影が少し揺らいだ。鴎には、その言葉がクレアのどこかに引っ搔き傷を残したのが見えるようだった。
「“遺産”持ってる?持ってないよね。気配からして“楔”もないし、一目でわかったよ。一人で寂しく生きてる可哀そうな子なんだって」
どうやら、和助と名乗る男は、鴎よりもよほど面白いおもちゃが現れたことに気付いたようだった。
いや、もしかしたらクレアを見つけたときから、こうするつもりだったのかもしれない。
押し殺せない興奮を滲ませながら、口は止まらなかった。
「どうせ国でイジメられて、逃げてきたんだろ?耐えられないほど一人でいるのは嫌だったのかい。哀れだね、いや、ホントに」
結の推論を思い出す。クレアは故郷で迫害されていたのではないかと。この男もそのことを察して、傷口を指でぐりぐりと押し広げることを楽しんでいる。
「黙れ…!」
それは鴎を人質に取られていることを忘れた声だった。和助は口元を少しだけ、そして切れ目を大きく曲げた。
「日本でなら、惨めなクレアでも誰かが必要だって言ってくれると思った?その結果がそこらにいる男の子って、枕でもしたの?そんな情けないクレアを、僕までいじめるつもりはないからさ」
なんだこいつは、と鴎は思った。
狙いが六城家なら、クレアを侮辱する必要はない。しかし、男は決して反撃されない場所から少女に石を投げ続けていて、そしてその必要がない行いを心の底から楽しんでいる気配がある。その一事だけで、鴎がこれまでに出会った誰よりも醜悪な臭いを放っている性根の持ち主だと判断できる。
環境のせいか、なるべくしてなったのか知らないが、到底許せない。
そんな鴎に芽生えた反発に気づいたかのように、男は鴎の背中に右ひざを押し付ける。胸が締め付けられるようで、鴎は息ができなくなった。
「殺さないでおいてやる。僕を手伝えよ。さっきも言ったけど、六城を探してるんだ」
和助はようやく本題に入った。殺す、殺さないなどと口にしながら爛々と輝く瞳は、和助がどこか正気ではないことを雄弁に物語っていた。
膝はどんどん深くめり込んでいき、鴎は激痛に襲われながらも悲鳴を上げることすら許されない。
そこで、
「ふざけるな!」
クレアは腰に下げていた火かき棒を握りしめ、先端を和助に向けた。
「六城なんかに会う前に、私があんたを叩きのめしてやる!」
「へえ、どうやって?」
せせら笑いと共に発せられた問いに、クレアは纏う空気を一変させることで応えた。
すると、和助の足元の辺りが急速に熱を持った。それと同時に、クレアが階段を一気に飛び降りてくる。
急襲にも関わらず、和助の対処は冷静なものだった。鴎をクレアの方へ投げ飛ばしつつ、自身は後ろへ跳躍して攻撃を避ける。
鴎は、自分たちが一秒前に立っていた場所に猛火が噴き上がるのを見た。クレアはその場に急停止しながら鴎を抱きとめ、すぐさま下の段に下ろすと、和助が消えていった地下の階段を覗き込んだ。
「クレア!君の挑戦を受けてやるよ!」
和助の声は、どの階からか発せられたのか判別できない程に反響していた。
「けど、ここでじゃない。今夜長浜ビルで、だ」
それを最後に和助の気配を示すものは消え、後には階段に座り込んだ鴎と、そこからでは表情の窺えないクレアだけが残された。
震えの収まらない体で鴎が放心していると、クレアがゆっくりと近づいてきた。
「外で休もう」
肩を貸してもらい立ち上がったところで、話しかけられたことに気付き、頷く。
エレベーターを待っている人々の横を通り抜け、広場に出る。周りを歩く人々はいつもと何ら変わったところはない。
しかし、肩にも背中にもあの男の感触が残っている以上、先ほどの恐怖体験は現実だ。後ろを振り返って確かめる気は起きなかった。
蒼白になった鴎の顔色に、クレアは密かに内省するように視線を逸らした。
「鴎、ホテルのロビーで休むからね」
返ってきたのはびくりという震えだけで、二人は黙ったままホテルへ歩き出した。




